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名探偵ぽややんの事件簿~依頼人Eの悲劇・十一章~
6月15日 18:14
名探偵ぽややんの推理ショーにより明らかになった事件概要は真実とほぼ相違なく、リーダ格は全面的に容疑を認め自供を始めた。
彼の自供の殆どは先輩の推理通りで、更には疑惑を残したままになっていたパソコン部と繋がりがあることまで発覚した。
「しかし、一瀬にこんな特技があったとはな」
「特技、っていう程のものではないよ~」
新聞部に事情聴取の様子を伺いついでに、弓道部へと見送りに出た廊下で、凛先輩が感心したように呟く。
『1つは金額が小さいから領収書を紛失した可能性も有り得るんだけどね~。 残り2つ、特に新聞部は限りなく…黒、かな~』
そう先輩が呟いたのはまだ捜査開始前。
そんなにも前から先輩は事件の全容を言い当てていたことになる。
探偵小説で推理を目の当たりにした登場人物はこんな気分だろうか、と隣を歩く名探偵に尊敬の眼差しを向けてしまうのは致し方ないことだろう。
一通りの自供を終えたリーダ格は吉川先輩の行っている事情聴取の結果と事実の擦り合わせをし、関係を示唆されたパソコン部の取り調べ後に水嶋会長によって追って沙汰を出されることとなった。
ちなみにパソコン部はアイドルオタク集団で、部費で盗撮写真を購入する常連客だったらしい。
週明けには家宅捜索ならぬ、部室捜索が入る可能性が大だとか。
「そうか? 推理小説を見ているような気分だったが…」
「――っ!! で…ですよねっ? 先輩、名探偵みたいでしたよねっ?」
思わず身を乗り出してして先輩の向うを歩く凛先輩を覗き込むと、お化けにでも出会った様な驚いた顔をされた。
そんなに驚かなくてもいいのに…。
そっと元の位置に戻ると、一瀬先輩は苦笑して、凛先輩は笑って頷いてくれる。
「ゆずは本当に探偵さんごっこが好きだね~」
「君も同じことを思ったのか?」
「一瀬先輩は…名探偵です。 推理小説みたい、でしたっ」
「ああ、僕も同じことを思った。 推理小説でないなら刑事ドラマだな」
刑事ドラマ、それも分かる気がする。
有名なテーマソングが頭の中を横切った。
「あ、でも…1つまだ分からないことがあるんですけど…」
「うん? 何かな~? ゆずの質問なら何個でも大歓迎だよ~。週末の予定とか~?」
「えっと…違う、です。 あの、どうして証拠品のある場所が分かったのかなって…」
何でここでおちゃらけたんですか、探偵さん。
今のは違うの分かってて聞きましたよね?
「残念、違ったか~。 ふふっ」
「また、勘…ですか?」
「まぁ…そうといえばそう、かな~。 証拠品全部出てきたのは想定外だけどね~」
「え?」
「ストーカーくんが来た時ね~、脇目も振らず棚に向かって行ったし、それを見たリーダーくんが大声で止めてたから、何かあるんだろうな~とは思ってたんだよね~」
そう…だっけ?
一緒にいたのに全然気付かなかった…。
「その後も2人してあの辺に何度も視線送ってたし、これは間違いないかな~って。 こういう勘、昔からよく当たるんだよね~」
「先輩…すごい、です」
それは最早“勘”ではなく立派な“洞察力”の賜物ではないだろうか。
名探偵を称えたいのに、表現する言葉が“すごい”しか出てこない。
ここの所ずっと語彙力が留守にしているみたいだ。
「推理ショーを生でお目にかかれる日が来るとはな。 不謹慎だが感動した」
「凛ちゃんは大袈裟だな~」
「そんなこと…ない、です。 先輩は本当にすごい、です」
「今日のゆずは“すごい”の大盤振る舞いだねぇ~」
今日のことはもちろん、そこに至るまでのそこかしこで先輩の推理がきっかけで事件が何度も進展している。
あの時も、この時も、本当にすごかったのだと、伝える言葉が出てこない代わりにたくさんの逸話を上げてみせる。
「――そうか、それは凄いな」
「はいっ。 一瀬先輩はすごい、です」
一つ話す事に頷き「凄いな」と同じ言葉で共感してくれる凛先輩は第一印象を裏切らない良い人の見本の様な人で、話す度に満足感が満たされていく。
「君は…一瀬の話をする時だけ饒舌になるんだな」
「え?」
「これだけ懐かれたら、一瀬が構いたくなるのも分かる」「――凛ちゃん、忠告したはずだよ?」
「ああ。 手出し無用、か?」
「…本気?」
「どうかな。 だが、振り向かせてみたくなった…と、言ったら?」
一緒に歩いていたはずなのにいつの間に止まったのか、数歩先へ進んだところから二人を振り返る。
いつものぽややん口調を外した一瀬先輩の目が、凛先輩の本心を探るようにスっと細められた。
「渡すつもりはないよ?」
「そうか」
探り合う視線が二人の間を行き交う。
そう長くはない無言の後、一瀬先輩が盛大な溜息を吐いた。
「――はぁ、分かったよ」
「良いのか?」
「良いわけないよ~。 けど、言って止まるものでもないだろうし、俺は待つって決めてるからね~」
「余裕か?」
「そう、見える~?」
「フッ。 すまん、見えんな。 後輩一人に必死とは学園のプリンスも形無しだな」
「…プリンスの名なんかよりよっぽど大事だよ」
「そうか。 ならば、一瀬も大概お人好しだな」
「はいはい、それはどうも~」
立ち止まったままの凛先輩を置き去りにし、後ろ手に手を振った先輩。
すれ違い際に僕の前に立ち何かを言おうと口を開きかけ、噤んでしまう。
その後に続いたのはきっと飲み込んだものとは違う言葉。
「――ゆず、先に行ってるね? ちゃんと…追いかけておいで?」
「――先、輩?」
サラりと僕の前髪を梳き、輪郭に沿って頬を擦り離れていく。
数秒だけ絡んだ視線は物言いたげで、思わず離れた指先を追いかけそうになった。
追いかけて何を言うんだ――?
逡巡しているうちに先輩は目の前から消えていて、母親の後追いをする子供のように泣き喚きたい気持ちになる。
「一瀬を追いかけたいか?」
後ろから声がかかりハッとした。
とっくに姿の見えなくなった、先輩が消えた廊下。
何故か目が離せなくて、名残惜しい気持ちのまま後ろを振り返る。
「分かり、ま…せん」
「そう露骨に不安そうにするな」
「して、ない…です」
「――一瀬が好きなのか?」
――好き?
好きか、嫌いか。
択肢が2つだけなら、迷うことなくYESと言える。
だけど、きっとそういうことではないのだろう。
「わからない…です」
好きか嫌いかではない、好き?
それって――…
「君を、好きになっても良いだろうか」
「――え?」
「学食で会った時も、さっきも…一瀬のことを楽しそうに話してる君を可愛いと思った。 君のことをもっと知りたい。 ――君を、好きになっても良いだろうか?」
真面目な顔で対峙して
真剣な声音で話す凛先輩。
真剣な話をしてるのに
届いた音は意味を解さぬまま耳を通り抜けていく。
好きか、嫌いか。
択肢が2つだけなら、YESと応える。
だけど、きっと求められてる答えはそういうことではないのだろう。
なんて答えたのかは覚えてない。
どうして走ってるのかも分からない。
「廊下は走らない」 っていつもなら怒る先生も居なくて、走ってるからなのか胸がずっと痛い。
とにかく、先輩に会いたくてたまらなかった。
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