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「目が腫れてる。 何があった?」  家に帰り夕食の支度をしてる僕を見た瑛士が、険しい表情で言った。 「何もな…」 「何も無いわけあるか。 こっち向け」  手にトマトを持ったまま、強引に顔を覗かれ思わず視線を外したのが間違いだった。  クイッと顎を持ち上げられ、強引に視線を合わせられる。 「誰に泣かされた?」 「――泣いて」 「他に何もされてねーだろうな? 相手は誰だ?」 「だから何もな…」 「柚琉」  YES以外の答えはみなまで言わせてもらえず、次々と質問を被せられる。  1日に2度も至近距離からイケメンの追求を受けるとは、中々レアな体験だ。  端から逃れられないのは分かっているし、どうせならぶちまけて相談してしまおうかと考えを改める。  が、僕には今重要な任務があることを思い出した。 「瑛士」 「何? 話せ」  優しさなのは分かってるけど、ホント俺様…。 「分かったから離せって」 「分かったなら話せ。 逃げんな」 「とりあえずっ! ごはん、作るから待って…!」  持っていたトマトを目の前に突き付け瑛士を睨むと、逃げる気が無いのが伝わったのか溜息を吐きながらも手を離してくれた。 「簡単な物にしろよ。 さっさと冷やさねえと腫れるぞ」 「――オムライスと、…サラダだよ」  オムライスはごはんとソースさえ用意すれば直ぐにできる時短メニューだ。  生野菜のサラダなら直ぐできるし、これなら文句は無いだろうと逃げようとしたら追い打ちをかけられた。 「ソースはケチャップにしとけよ」  手を掛ける所はお見通しなんだよ、と釘を差し一番の時短メニューを指定してくる瑛士。  さすが幼馴染、手強い。 「むぅ…。 ごはんは?」 「バターチキンとケチャチーズ」  そこは譲らないのか。  僕が作るオムライスはバリエーションがいくつもある。  “トロトロのプレーンオムレツをごはんの上に乗せてソースをかける”というのは同じで、違うのはソースとライスで味が変わるというところだ。  今回指定されたケチャップは、市販のトマトケチャップをかけるだけの言わばお手軽メニュー。  ゴロゴロ野菜のカポナータソースを作るべく煮込む気満々で取り出したトマトの運命は冷たいサラダへと変わってしまった。  彼のお供はナスとズッキーニからレタスとキュウリに変更だ。  ちゃちゃっとサラダを作り、ライスの準備に取り掛かる。  えっと? バターチキンとケチャチーズだっけ。 「瑛士ぃー。 ニンニクはー?」 「入れる」  リビングに居るであろう瑛士に声をかけると、ニンニク気分らしい答えが返ってくる。  一欠片だけ入れるか。  バターチキンはその名の通り。  バターライスに、小さめの一口に切った鶏もも肉をバターと塩胡椒で炒めて加えるだけ。  今日は鶏肉の下味におろしニンニクも追加したのでガリバタチキンだな。  もうひとつのケチャチーズは、ケチャップライス。  具は微塵切りの玉ねぎ、コーン、ウィンナー。  最後にチーズを入れると、とろっと卵ととろけるチーズが絶妙なハーモニーを奏でるのだ。 「瑛士、お皿用意してー」 「おー。 スプーンだけでいいのか?」 「フォークも持ってってー」 「ん」  さて、準備は整った。  大きめのプレートの上には紅白のごはんとサラダ。  ボウルの中には卵が3つ分。 「よしっ」  熱々に熱したフライパンはサラダ油を馴染ませ一度空け、二度目はたっぷりのバターを泳がせる。  泡立てないようにしっかり溶きほぐした卵には塩胡椒で味付け済み。  バターが溶けきる直前にフライパンへ流し入れると、ジュワッという軽快な音とバターの焦げる香りが充満する。 「この匂い、腹減る…」  ここからはスピード勝負、瑛士に構ってる暇はない。  菜箸を鍋底に当て、フライパンを止めることなく揺する。  液体だった卵がもったりとした半固形になってきたらフライパンの奥へと移動させ軽く形を整え、持ち手をトントンと叩く反動を利用して卵を返していく。  何度も失敗して習得した技はとろとろオムライスを作るためのいわば必殺技。  薄皮1枚分だけ表面を固めてごはんの上にそっと乗せれば、あっという間に完成だ。 「はい、ケチャップは自分でかけてね」 「おー、部屋で食おうぜ。 運んどく」 「…出来たら持ってく」  わざわざ部屋で食べるということは、さっきの続きを話せということだろう。  残り3つオムライスを作り、母さんに部屋で食べる断りを入れるとデザートにプリンを持たされた。  メニューが卵だらけだ。  部屋へ戻ると簡易テーブルを用意した瑛士が、手付かずのオムライスの前で待っていた。 「先に食べてても良かったのに…」 「飯は一緒に食うもんだろ。 早く座れよ、腹減った」  急かす割に、僕が座るのを見てから「いただきます」と手を合わせて食べ始める瑛士。  これで俺様じゃなければ、めちゃくちゃいい男なのに。 「いただきます」  瑛士に倣って手を合わせ、お皿の上の卵に線を描く様に切れ目を入れると、とろり、と卵が解けオープンタイプのオムライスに変わる。  相変わらず「美味い」としか言わないけれど、ガツガツ食べているところ見るとお気に召したようだ。 「んで? 誰に泣かされたんだよ」  忘れてなかったか。  食後のプリンに手を伸ばしたタイミングで話を切り出される。  卵味濃いめのプリンは僕好みで美味しい。 「別に泣かされたわけじゃ…」  話すつもりではいるけど、泣いた泣いたと連呼されると何となく話し難い。  実際誰に泣かされたという訳でも…いや、途中から先輩に泣かされたような気がしないでもないけど、多分誰も悪くない。 たぶん。 「じゃあ、何で泣いた? 泣いてないとは言わせねぇぞ」 「それは…」  言うまで引く気がなさそうな瑛士におされ、ポツリ、ポツリとここ数日の出来事を話した。  凛先輩のこと、先輩のこと、僕が思ってること。  きっと支離滅裂で、事実と感情が混ざった分かりにくい話だったと思う。  けれど瑛士は、相槌を入れるでも茶々を入れるでもなく、ただただ黙って聞いていた。 「鈍感プリンセス。 やっぱりプリンス様キレたんじゃねえか」 「プリンセスじゃない…」  話し終えた僕に、瑛士がくれたのは辛辣な一言。  慰めてくれるんじゃなかったのか。 「バカ柚。 今回は自業自得だな」 「むー…、瑛士まで怒らないでよ…」 「怒っちゃいねえよ。 アホだなとは思ってるけど」  バカとかアホとか酷い。 「だって、凛先輩がそう呼べって…」 「ふうん? じゃあ、プリンス様がある日突然お前以外の子を名前で呼んで親しげにしててもお前は気にしないんだな?」 「それは…、なんか… … … やだ…」 「同じことだろ、我儘プリンセス。 そこまでいってなんで答えが出ねえかな…」  飽きれた顔をしてデコピンを食らわせられた。  地味に痛いんですけど…。 「先輩には怒られるし、瑛士には貶されるし、オマケにデコピン…。 今日は災難だらけだ…」 「一番災難なのは凛先輩だろ」  ストーカーに盗撮、おまけに柚ごときに失恋。  踏んだり蹴ったりじゃねえか、って。  柚ごときって…今日の瑛士、冷たい。 「まあ、それはお前のせいじゃないからな。 いつまでも気にしてんなよ? それより…」  基本俺様で意地悪な僕の幼馴染。  だけど最終的に僕に甘い彼が「是」と言った事で、僕のためにならないことは今までに一度もなかった。  だからちょっとだけ期待してたんだ。  瑛士なら答えを教えてくれるんじゃないかって。  けれど、そんな瑛士がくれたのは全然違う答えで、僕の甘っちょろい考えなんか通用しなかった。 「それより、お前は自分の事を考えろ。 そんな簡単に答えが出るもんでもないし、ちゃんと悩め!」  人間関係に悩みは付き物だからそういう事で悩めるようになっただけ進歩だって。  褒めてるんだか貶してるんだか分からないことを言いながら、タオルに包んだ保冷剤を顔に押し付けられた。 「――瑛士、冷たい…」 「俺が冷たいみたいに言うな。 ちゃんと冷やさないと明日腫れるぞ」  それは目のことか、あるいは赤くなってるであろうおデコのことなのか。  両方まとめて冷やしながら、悩むことが正解なら時間をかけてちゃんと考えようって、答えは出ないまでもちょっとだけスッキリした気持ちになれた。  だけど――…。  その感情に名前がつくまでそう時間はかからなかった。

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