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67 ───Side 煌來───
名探偵の憂鬱・下
「――さっきゆずに可愛いって言われたんだよね」
「はい?」
「ゆずが…、いや、いい。 なんでもない…」
かっこ悪いついでに、もう一つの優しさに肖ろうと話を切り出したものの、あっきーの表情が揶揄う気満々のそれに変わったのに気付き途中で話を打ち切った。
それ程深刻な話ではないと判断されたみたいだ。
「クッ!! アッハッハッハッハッ!!!」
「ちょっと! あっきー笑いすぎっ!」
皆まで言わずとも伝わったらしい。
真剣に聞いてくれるんじゃなかったのか。
優しさはどこいった。
「いや…ククッ。 失礼…クッ――ゴホンっ。 つまり、少しずつ落すつもりが感情に任せて距離感を誤ってしまった、と」
「――いいよ、説明しなくて…」
普段はそれが楽でつるんでいたというのに、こんな時ばかりはそれが仇となる。
次々と心情を言い当てられ立つ瀬が無くなっていく。
頭の回転が速すぎるのも時には考えものだ。
「クククッ、可愛いなんて男相手にそうそう使う言葉ではないですからね」
「ゆずにはよく言ってるけどね…」
「そういう意味ではないのは分かっていらっしゃるでしょう?」
「分かってるけどさ…」
「良かったじゃないですか」
一頻り笑い終わったのか再び「良かった」と告げるその口調はさっきよりも重さを含んだもので、稀に見る優しい表情でククッと笑われた。
「あなた今まで全然本気にならなかったでしょう? 求められたら断わらないだけで、本気で求めた人なんて一人もいなかったように記憶していますが」
一応疑問形の口調で「違いますか?」と訊ねてはいるけれど、既に正解は確信しているのだろう。
本気で人と向き合うことが出来ないのかと少し心配していたのだと言うこの友人は、本当に人のことをよく見ている。
確かに家族や友人はもちろん、恋人に至っても不自由を感じた事など一度もなく、必要だと思う人は望めばそばに居るのがあたりまえだった。
――護ってあげたい。
そんな風に誰かに感情が動いたのはゆずが初めてで、こんなにも誰かを振り向かせたいと思ったのも初めてだった。
意図的に笑ってみせようにもこっちを見てもいないし、気を引こうと構ってみれば怒らせてしまう。
人の心を本気で動かすのがこれ程大変だとは、正直思ってもみなかった。
警戒心の強いゆずが変わったのはあの時だ。
探偵ごっこをして生徒手帳を探したあの日。
冗談半分で始めた探偵ごっこに何時もより饒舌なゆずが、興味津々で質問を重ねてくれるのが嬉しくて調子に乗った。
推理なんかじゃなく適当に当たりをつけて見に行っただけの体育館。
たまたま見つけた生徒手帳をそれっぽく語ってみせたら、想像以上に食い付いてきて可愛かった。
あまりの食い付きっぷりに、種明かしをしたらまた怒られるんじゃないかと心配したくらいだ。
最後まで推理ショーを披露した後。
心配を覆すような笑顔をみせたゆずに、二度目の一目惚れをした。
ゆずが男であることに葛藤が無かったとは言わない。
いくら可愛いとはいえ、男同士だ。
世間的に考えて歓迎されることより、敬遠されることの方が圧倒的に多いだろう。
けれど葛藤の理由が「男同士でいいのか」ではなく「ゆずに辛い思いをさせないだろうか」だった時点で答えは明白だった。
クリーン活動の日。
ゆずが人を避ける理由を聞いた時、それは確信に変わる。
理不尽な出来事の積み重ね。
最大の魅力を欠点だと思い込んでしまうほど人間不審に陥っているのに、ゆずが気にかけているのは周りの人が嫌悪感を抱いていないかということばかりだった。
怖い思いをして震えながらも周りばかり気にして。
久しぶりに見た綺麗な目も泣き腫らしたせいで、可哀想なくらい真っ赤になっていた。
あの時みたいに笑わせたい。
できればそれをするのは俺でありたい。
葛藤なんて気が付いたら無くなっていた。
生まれて初めて、本気で手に入れたいと思った。
「――違わない。 違ってないよ、その通りだ」
俺の悩みなんてお見通しだろうと開き直って告げたけれど、本気だとカミングアウトしたことでこの男はどんな反応をするのだろうか。
人目を憚らず構い倒してきた自覚はある。
正直隠す気なんて更々無い。
けれど。
後輩に対する可愛いスキンシップが、本気故にとなると話は別だろう。
さすがに少し緊張しながら出方を伺う。
「ならそれは喜ばしいことなのでは?」
そうあっさりと言ってのけられ、緊張は一瞬で杞憂に変わった。
全校生徒の前で発言する時より軽く緊張したんだけどな。
「俺もゆずも男だって、――分かってる?」
「今更ですよ。 その位の悩みはとっくに自己解決されているでしょう?」
「よくお分かりで」
「俺はゲイですからね。 その葛藤はだいぶ昔に済ませました。 心中お察し致しますよ」
「――は?」
予防注射は済ませました、みたいな軽さでサラリと爆弾発言された。
あっきーご執心のうさぎちゃんが男であることは薄々察していたけれど、まさかこのタイミングでカミングアウトをしてくるとは。
今日イチの衝撃かもしれない。
ヴ───ヴ───ヴ───…
俺の衝撃を知らないスマホが、無機質な振動で空気を読まずに着信を告げる。
画面に視線を送るとここ数日で見慣れ過ぎた名前が表示されていて、無意識のうちに眉間に皺が寄ってしまう。
「――出なくて、よろしいのですか?」
「いや、それどころじゃないでしょ~?」
興味を惹かない着信者の名前と友人の衝撃的なカミングアウト。
天秤にかけるまでもない。
「俺の話は聞き流してくださって結構ですよ」
「いや、そっちの方が興味津々なん、だ…けど、ねぇ~…」
ヴ───ヴ──…
鳴り止まない振動。
思わず気を取られながら煮え切らない返事を返すと、「失礼」とアイコンタクトで意思表示をしたあっきーがスマホの画面を確認する。
「――よく、掛かってくるんですか?」
「最近割とね~」
さっきまでより真剣な顔をした察しの良い生徒会長様。
表示された名前を見て状況を把握したらしい。
「あっきーも探偵さんになれるんじゃない~?」
「冗談言ってる場合ですか…」
「ん~…やっぱりそんな場合じゃない、かなぁ…」
「――と、思いますが?」
縮まりそうで縮まらないゆずとの関係に吹き込むのは、追い風か向かい風か、あるいは嵐なのか。
期末テストも進路指導説明会も終わり、今学期残すイベントは終業式のみ。
波乱の夏が始まる――。
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