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「ゆーずるんっ♡ 先代プリンス様に会えたー?」
次の日。
登校したその足で真っ直ぐ僕の席へやってきたあーちゃんが、元々キラキラな瞳を更にキラッキラさせながら聞いてきた。
「あ、えっと…ちょっとだけ見た、かも…です」
「へー!! どうだった??」
「どう…??」
「だーかーらー!! 一瀬先輩と比べてどうだったーとか、先輩よりイケメンで惚れちゃったーとか、なんかないわけ?」
おもてなしに向かった応接室の中で一際目立っていた先輩。
厳しいので有名な先生を相手に堂々と話し、 爽やかな雰囲気と優雅な所作からは自信が溢れていた。
在学中は一瀬先輩に負けず劣らず、キャーキャーと騒がれていたことが容易に想像ができる佇まい。
誰にそうと紹介されたわけでも、もちろん本人が名乗った訳でもないけれど、あの人が先代プリンスなのは間違いないだろう。
けれど相手はプリンセス、ではなくプリンスだ。
お茶をお渡ししてお礼を言われた位で惚れるも何も無い。
本当はちょっとだけ一瀬先輩の方が綺麗かなって思ったけど、それは言わないでおこう。
「えっと…綺麗な人、だったです」
「ふーん、それだけ? あの人兄貴の友達なんだよね。かぁっこいいよねー。うちのマスの次にだけど」
「マス?」
「何でもなーい、こっちの話。 それよりさー、夏休みどうすんの?」
自己完結でばっさり切り捨てて、あっさりと次の話題に移っていく。
うちのってことはあーちゃんの家族のことなのかな。
いつか聞いてみようと心の片隅にそっと置いて、次に振られた話題に対応すべく思考を切り替える。
何か話さなきゃと気負う必要がないのは楽だけど、頭がショートしそうになるこの感覚にはいずれ慣れるのだろうか。
とりあえず次の話題はもう始まっているらしい。
「夏、休み…?」
「私服もいいけど、浴衣もありだよね。 いつもと雰囲気変わってドキッとかさー…」
「えっ??」
辛うじて切り替えた頭で何とか返事をすると、思ってもみない単語が飛び出してきた。
なんで私服に浴衣?
一体何の話をしているのかとフリーズしかけていると、怪訝そうな視線が寄越される。
僕の方が怪訝な気持ちでいっぱいだ。
「ちょっと、何キョトンとしてるの? ――夏祭り、まさか先輩誘ってないわけ?」
「お祭り?」
あーちゃんによれば夏休みに入ってすぐの週末に、駅前で夏祭りがあるらしい。
なんでも屋台が出たり神輿を担いだりと大通りを歩行者天国にしたそこそこ大きなお祭りで、最後には花火も上がるとか。
僕にとって花火と言えば手持ち花火だ。
母さんがはりきって買ってきた大量の花火を、瑛士と一緒に庭先でやった覚えがある。
お気に入りだったのは線香花火。
火の玉がだんだん大きくなるにつれて火花の散り方が変わっていく過程と、パチパチと爆ぜる姿が可愛くてずっと見ていた。
最後まで落とさないようにという謎の使命感で見届けたあとは、なんとも言えない切なさとやり切った感が残るのも線香花火ならではの良さだ。
瑛士が「チマチマやってられるか」って纏めて火をつけた線香花火は、特大の火の玉が出来た瞬間に落ちてしまって風情の欠片もなかったけど。
ちょっとは情緒とか風流とか学べばいいと思う。
そんな風情とは程遠い瑛士と人混み嫌いな僕が、夏の風物詩とはいえ花火大会に出かけるわけもない。
当たり前のように「誘ってないわけ?」と言われても、そもそも僕に行く予定が無かった。
完全に想定外だ。
「一瀬先輩なんて大人気だから、お祭りきっと他の女子に誘われちゃうよ。 いいの?」
心配そうに首を傾げる姿に言葉に詰まる。
先輩が女の子と夏祭りに行く。
きっとそれは例えなんかでなく普通にありえること。
先輩が大人気なのは周知の事実だ。
男女問わず先輩が呼び出されるのは日常茶飯事で、夏祭りを理由にそれが増えるであろうことは想像に容易い。
一大イベントに誘いをかける人が一人も居ないなんてプリンス様に限ってありえないし、むしろ引く手数多だろう。
ふと、先輩と出掛けた日のことを思い出した。
たくさん会話をして一緒にお昼ごはんを悩んだ。
ウインドウショッピングもしたし映画も見た。
何を見ても何を話しても二人でする全てが楽しかった。
花火大会はどんな雰囲気だろうか。
先輩と行ったら色々と楽しみ方を教えてくれるだろうか。
僕が何かに夢中になってはぐれても、また探しに来てくれるだろうか。
でももしかしたら。
もしかしたら既に、誰かと約束してしまったかも――
「――そんなの…や、です」
考えるより先に言葉が出た。
もしかしたら、の先を考えるだけで心臓がズキズキと痛みを伴った音を立てる。
このズキズキは嫌なことを考えてる時のやつだと、先に出た言葉が理由となって感情に名前が付いていく。
僕の返事に少し驚いた顔をしたあーちゃんに、「それで?」と表情だけで続きを促される。
「他の人と花火…や、です」
「ふーん? で、どうすんのー?」
「どう…」
「や、ですぅ…。 で、どうにかなるわけないでしょ。 ゆずるんはどうしたの?」
もしかして今のは僕の真似のつもりだろうか。
もしそうなら似てないって抗議したい。
「や…だから、えっと…先輩、誘う…」
「ふーん。 いいんじゃない? 俺もそろそろ作戦練ろーっと」
意図的に口調を変えたのが分かったからか、それとも僕の返事がお気に召したのか、満足気な顔をしてすんなりと同意をくれた。
そしてそのまま顎に人差し指を当てて何事かを考え始めてしまう。
どうやら脳内作戦会議はもう始まっているらしい。
夏休みはもうすぐそこで、始まってしまえば夏祭りまであっという間だ。
夏休み中に生徒会がどの位活動するのかは分からないけれど、先輩を誘うなら確実に会える終業式までが勝負だろう。
何より早くしなければ誰かに誘われてしまうリスクは高くなるばかりだ。
僕も男だ。
花火大会くらい誘えなくてどうする。
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