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5章 懐かしき光の大地 9
腕の中で、レイスがぐったりとヴァルディースに身を預けていた。身体は火照り、息が上がって、意識はかろうじてあるものの、今にも失ってしまいそうだ。魔力不足の反動だというのは明白だった。早急に魔力の供給が必要だ。
城に降り立つと皆が慌ただしく駆け寄ってくる。
「レイ!」
メイスがレイスを抱えるヴァルディースに、突撃する勢いで走ってきた。
「メイス、感動の再会ってのは後だ。どこでもいい。部屋を借りるぞ」
タトラに導かれて王宮の手近な部屋に駆け込む。そのあとをぞろぞろと皆がついてくる。泣き崩れるエミリアに、寄り添うユイス。ユイスの傍らにはフェイシスが小さな姿で漂い、ユーアがメルディエルの女王と共に遠巻きに見つめてくる。
「おれも何か手伝うよ」
メイスが祈るようにレイスの手を握りしめた。しかし、その身体にもうほとんど魔力が残っていないのは明らかだ。自分自身の形を保つことすら限界のはず。メイスがレイスに魔力を分け与えるのは、無謀だとしか言えない。
「心配するな。コイツは俺が責任持って回復させる」
それでも引き下がろうとしないメイスを、ヴァルディースは部屋の周りに障壁を張り巡らせることで無理矢理締め出した。
フェイシスだけが、扉を閉める間際になにもかもわかっているように、ニヤニヤと笑ったのが見えた。
こいつだけはあとでシメよう。そうヴァルディースは決意したが、今はそれよりもやらなければいけないことがある。
レイスを寝台に横たえる。けれど震える指先が、ヴァルディースの衣服にしがみついて離さない。うっすらと開いた瞼の隙間から潤んだ瞳が覗き、眉根を寄せて懇願するようにヴァルディースを見つめてきた。
油断すれば吐息が喘ぎ混じりになってしまいそうなこの状態のレイスを、さすがに皆に晒すわけにはいかなかった。メイスはきっと、上位精霊の魔力が眷属を魅了すると言うことについて、よくは知らないのだろう。
大きく息をつき、レイスの頰に触れる。びくりとそれだけでレイスが全身を震わせた。
闇の侵食はもうほとんどない。光の剣がロゴスの闇をほとんど浄化したのだろうが、おそらくグライルの尽力も大きいはずだ。こんなところでもグライルの影がちらつく。
自らも寝台に乗り上げ、レイスに覆い被さり、ヴァルディースは深く口付けた。
「ふっ、あ……っ」
流れこんできた魔力に、レイスが歓喜し、震えた。背に腕を回そうとするも、力が入らないのかヴァルディースの肩を滑り落ちる。ヴァルディースは汗を光らせるレイスの額を撫で、張り付く髪をかきあげた。
「っ、は、やく……っ」
目尻に涙を浮かべ、懇願されると、性的欲求に縁のないはずのヴァルディースにも、何かが芽生えそうな錯覚がしてしまう。
「悪かった」
もう一度口付け、ヴァルディースはレイスの脇腹から下肢へと手を滑らせた。
「っ、ひ、……ん」
どこに触れても、レイスの身体は敏感すぎるほどに反応を返す。そのまま奥まったところまで指先を滑らせると途端に高い嬌声が響き、同時に部屋の外で気まずそうに駆け去っていく足音が聞こえた。
おそらくメイスだろう。心配で張り付いていたのだろうが、聞かせてはいけないものを聞かせてしまったかもしれない。後でどう説明したものかと思案しながら、期待はできないがフェイシスがフォローしてくれていることを祈って、指先に意識を向け直す。
レイスの中はひどく熱い。傷つけないようにゆっくりとほぐしてやろうとして、しかし震える手で腕を押さえつけられ、強く首を振られた。
「そんなっ、イイ、から……っ!」
めちゃくちゃにしてほしい。早く忘れさせて欲しい。切羽詰まったレイスの心が、ヴァルディースに流れ込んできた。
レイスが何を求めているのか、ヴァルディースは理解した。また、レイスは忘れたいのだ。苦しい別れの記憶を、押し流してしまいたいと思っている。
グライルを失った。それがまたレイスを深く傷つけた。そしてその痛みを忘れるために、別の痛みをヴァルディースに求めている。
「嫌になるな」
ヴァルディースはレイスの中に埋め込んだ指先をそっと抜き差しした。
「そ、んな、イヤ、だ、ぁっ……!」
レイスが悲鳴をあげる。ゆっくりと、焦らすほどに優しく愛撫する。レイスの思惑どおりになど、動いてはやらない。いやだと駄々をこね、逃れようと身をよじるレイスを組み伏せ、舌先で耳朶を、首筋を、胸元を嬲る。
そんなんじゃ足りないと叫ぶレイスの口を塞ぐ。抗議するようにヴァルディースの胸を叩く腕を絡めとって頭上でまとめ、中を嬲る指を増やすと、ぎゅっときつく目を瞑って、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「は、ぁ……、ぅっ」
次第にヴァルディースの指でレイスの中が熟れていく。思うように与えられない刺激のもどかしさに、指の動きに合わせてレイスが腰を揺らす。ヴァルディースに押し付けてこようとする中心からは、絶え間なく先走りが溢れていた。
「そんなに忘れたいか?」
こくこくと強くレイスが首を縦に振る。
「俺はお前を傷つけたくはないんだ」
頰を撫でる。顔は涙で濡れそぼち、ぐしゃぐしゃだ。
自身をレイスの奥まった入り口に添えると、期待するようにレイスが身を強張らせた。しかしレイスが求める手荒さを与える気はなかった。ナカに入り込むにも傷つけないようゆっくりと。
「あっ、あぁ……っ」
求めていたものにレイスが大きく背をしならせる。
ヴァルディースはけれどじっと動かず、ただ与える魔力が僅かずつレイスに馴染み、落ち着くまで抱きしめた。
たまらないとヴァルディースの腕の中で悶え、自分で腰を揺らそうとするレイスを抑え込むと、喘ぎが次第に嗚咽に変わっていった。
「な、んでっ……」
すすり泣くレイスの頭をそっと、ヴァルディースは撫で下ろした。
「おまえがあの野郎を忘れたがってるから、な。辛い記憶は忘れたっていいと、俺も思う。おまえが辛いと、俺も辛い」
「だっ、たら……!」
「忘れさせることは簡単だ。けど、おまえは全部また押し込めるつもりだろう。俺を利用して、あいつを存在しなかったことにはしてやるな」
そんなつもりじゃないと言いかけたレイスを一度だけ大きく突き上げる。つんざくような嬌声をあげ、レイスがあっけなく果てた。
息も切れ切れに四肢を投げ出し、ぐすりぐすりとしゃくりあげる。頭の中は、なんでこんなことをするんだというヴァルディースへの非難でいっぱいだ。
「お、こって、んの、かよ……っ」
「いや。怒ってるわけじゃない。ただ、悔しいが、今の俺は、たかが人間のあの野郎にかなわない。あいつはおまえのために全てをかけた。そんなあいつの願いを忘れてほしくはないだけだ」
最初の頃、レイスはグライルを思い出さないようにしていた。グライルとの辛い中でも微かな幸せを感じていた記憶もろとも。
レイスの望むようにしてやれば、レイスはグライルを忘れる。けれどそれは表面的なことで、失ったという事実はレイスの記憶にしこりのように残ってしまうだろう。それでは同じことの繰り返し。グライルもレイスも、あまりに哀れだ。
じゃあどうすればいいんだと、レイスが喚き、訴えた。
「俺はあいつと違って、お前の側にいてやることはできる。お前の傷が癒えるまで、癒えた後もずっとな。お前は本当はどうして欲しい? どうすれば、満たされる?」
額に口付け、以前と同じ問いを投げかける。あの時は憎悪の目を向けられた。
くすぐったそうにして戸惑うレイスを、まっすぐに見つめ、ヴァルディースは微笑んだ。
「本当に忘れたいなら忘れさせてやる。忘れたくないならそれでいい。俺がこれからあいつ以上に、お前を愛してやる」
かっとレイスの顔に朱が走った。目を泳がせて俯く。そのレイスの意識は、とうに答えを導き出していることを、ヴァルディースは知っている。
「あんた、ずるいん、だよ。オレに、選択肢なんか、あるわけ、ない、だろ」
「それでもお前の言葉で教えて欲しい」
耳まで赤く染め上げて、それでも顔を背けて躊躇するレイスに、ヴァルディースはその耳朶から首筋にかけて顔を埋めた。唇と舌でくすぐれば、高い悲鳴がレイスの口からこぼれた。
「あっ、っ……、 アッ!」
「言わないならずっとこのままだ」
わざと意地悪く、耳元で囁く。嫌々と首を振り、背に爪をたててくるレイスが、ついに観念したように叫んだ。
「ほ、しい……っ、欲しいっ、あんたが……っ! アッ——!」
その言葉を待っていたとばかりにヴァルディースは一息に最奥まで突き入れた。
しがみついて背をしならせて、何度も繰り返しレイスの身体が痙攣する。やがてくたりと全身の力が抜けて大きく息をついたレイスに、ヴァルディースは声をたてて笑った。
「いいんだな、本当に」
「イイって、言ってんだろっ、ずっと側にいろ、クソ野郎……、アッ、あぁっ」
満たされないレイスの飢えに求められるまま、また何度も突き上げ、レイスの欲を満たす。
しまいには疲れはて意識を失うまで。それでもなおヴァルディースはその身体を腕に抱き、永遠に側にいることをその身に誓った。
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