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 スーツが皺になることなど頭にない秘書は、いつものように封筒を咥えて四つん這いのままデスクに近寄る。チラっとその姿を一瞥した男は、床を這う秘書を汚いものでもみるような視線で射抜いた。  その視線は秘書の背筋にビリビリとした刺激を与え、反応しそうになる兆しを必死で抑え込む。今は仕事中であり、まだ許しはでていない。  濡れた舌先が封筒の縁をかすめ、失態に秘書の肩が僅かに震えた。 「どうした?まさかまた封筒を汚したわけではないだろうな?」  返事をすれば、封筒を床に落としてしまうから何も言えない。それをわかっている男はたたみかける。 「返事は?私は聞いているのだよ。なぜ何も答えないのだ?」  返事をすれば質問に答えることができる。しかしその答えは「封筒を汚した」失態を認めることになる。そして封筒は床に落ちるだろう。答えても、答えなくても結果は同じく失敗でしかない。  許しはでていないが、秘書はゆっくり立ち上がりデスクに両手をついて精一杯首を男のほうに伸ばした。男の命令をもう二つも破ってしまった。であればより厳しい叱責を浴びることを秘書は選んだ。 「受け取れと?私に指示をするとは偉くなったものだな」  冷たい視線が秘書の上半身をゆっくり下から這い上がってくる。まるで触れられたような重さのある視線。必死に抑え込んでいるものが緩みそうになり、ぐっと腹に力をいれてやりすごす。 「ふっ」  見透かすように鼻で笑われ、秘書は自分の忍耐が限界にきていることを悟る。  しかし話すことはできない。  口を開くことはできない。  封筒を落とすことはできない。  封筒を咥え、懇願に溢れた表情を浮かべる秘書の姿に男は目を細めた。「いい顔だ……」その言葉は心のうちに潜めた。こんな段階で悦ばせては面白味に欠ける。もっといい顔を知っているだけに、ここでやめてやる気はない。 「どれ、ちゃんと配達できたのか確かめることにしよう」  男はわざとゆっくり手を伸ばし、封筒の角を人差し指の先で触れた。肌に触れられたかのように目を閉じ恍惚とした表情を浮かべたあと、秘書はゆっくり目を開けた。男の指先を見守るようにじっと見つめる視線が指にまとわりつく。  男は封筒の表面を人差し指で反対側の角までゆっくりとなぞった。  一往復  二往復  男の指先を追う秘書の頬が上気しはじめ、瞼が半分閉じられた。何かを耐えるその顔はもう一段階ギアがあがった証拠。男の満足感も同じように次の段階に上がる。  デスクを挟んだ二人の距離。できるだけ近づきたいと願う秘書は精一杯首を伸ばしているが男が歩みよらなければ届かない。男は封筒から指先を離し、両手をデスクに置いて身を乗り出す。秘書の唇から封筒は男に移った――その唇に。

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