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掌編・中

「これを……あなたに、差し上げたくて」  そう言った男の頬が、うっすらと赤らんでいる。    アザミは何度も瞬きをして、箱と怪士を見比べた。    男が促すように箱へと視線を向ける。  アザミはゆっくりとリボンをほどき、箔押しのシールをはがすと、箱を開いた。  中には、ケーキが入っていた。  イチゴがふんだんに乗った、生クリームのケーキだ。 「……これ……」 「イチゴのケーキが食べたいと、仰っていましたので……」  アザミは思わず、怪士を凝視した。  ……そんなことを言っただろうか……。  一瞬、記憶を探る。  そう言えば数日前の……クリスマスイブのあの日に、言ったのかもしれない。    この淫花廓は非日常を演出するため、敢えて外界のイベントなどは取り入れないのだが、今年はとある客から本物のモミの木を使ったツリーが届いたため、ゆうずい邸の受付横に置いてあったのだった。  般若の役割には、ゆうずい邸の男娼見習いの教育も含まれるため、アザミがゆうずい邸を訪れる機会も多い。  そのため、そのツリーが目に入り……。  久しぶりに、イチゴの載ったクリスマスケーキが食べたい、と口にした覚えが……。  しかし、それほど……心底欲したわけではない。  世間話程度の、他愛のない言葉だ。  それをこの男は、真に受けたとでもいうのか……。 「俺が、アザミさまにしてあげられることなど、ほとんどないので……叶えられる願いは、すべて叶えて差し上げたいのです」  アザミの手に、大きなてのひらを重ねて。  男がアザミを見上げて、くしゃりと笑った。 「すぐに外出の許可が下りずに……クリスマスには間に合いませんでしたが……イチゴのケーキは売っていましたので」  アザミは……。  アザミは、どんな顔をしていいかわからなくなって……。  口元のホクロを、ひくりと揺らした。  イチゴの赤が、照明の光を弾いてうつくしく輝いている。    アザミは唇を開いた。  「あ」の形に口を開けたアザミを、怪士が戸惑ったように見てくる。 「フォークがない。おまえが食べさせてくれ」  我ながら、甘えた声が出てしまった。  アザミがそのことに羞恥を覚えるよりも早く。  怪士が、やわらかな表情で微笑する。 「はい」  甘えられるのが嬉しくてたまらない、とでも言わんばかりに目を細めて、男の武骨な指が、大きなイチゴの粒を摘まみ上げた。  生クリームのついたそれが、アザミの口へと、入って来る。  アザミは男の指ごと、クリームを舐めて……。  甘酸っぱいイチゴを味わった。 「……美味しい」 「良かったです。楼主に勧めていただいた店で購入したのですが」 「……楼主は、おまえがケーキを買いに出たことを、知っていたのか……」  アザミは眉間にしわを寄せて、男を睨みつけた。  アザミには黙って出掛けたくせに、楼主には言っていたことが面白くなかったのだ。  怪士が困ったように笑って、首肯する。 「外出の許可をいただいた際に……ずいぶんと人気のある店で、予約なしで買うなら、朝いちで並ばなければすぐに売り切れると聞いたので」  怪士の返事に、アザミは小さく鼻を鳴らした。    意地の悪い男だ。  あの男の人脈を以ってすれば予約など簡単に取れたに違いない。  きっと、わざと怪士を並ばせたのだろう。  アザミは楼主への文句を口にする代わりに、もう一度イチゴをねだった。  餌付けでもするように、怪士がまたイチゴを摘まみ、アザミの口に入れてくれる。  アザミは男の手を掴み、イチゴを咀嚼する合間に太い指をしゃぶった。    ぬちゅ、ぬちゅ、と舌を這わせ、濡れた音を立てていると、怪士の目に欲望の色が灯る。 「アザミさま……」  熱っぽく名を呼ばれ、アザミはふふっと笑った。   「おまえも舐めてみるかい?」  問いかけながら、アザミは自身の着物の袷を大きく左右に開き、素肌を露わにさせた。  そして、胸の赤い粒に、ケーキから掬い取った生クリームをたっぷりと塗り付ける。 「ん……」  ぬるり、とした感触に思わず声が漏れた。    怪士の喉元が、ごくりと上下に動く。  一気に鋭さを増した双眸に、アザミは興奮を覚えた。 「ほら、味見してごらん」  指についた生クリームをぺろりと舐めて。  アザミは、床に膝を付いている男の両頬を包むと、自分の方へと引き寄せた。 

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