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空色(よその子/流血表現あり)

空はこんなに青かっただろうか。 先程までの曇り空から一転して今は雲の隙間から太陽の光が差している。 もしかしたら、ぼくの憂いのせいで空がずっと暗く感じていたのかもしれないと思うほどとても晴れやかな気分だった。 「サウナに入りたいな」 手もぬるぬるしていて気持ちが悪いし、川ででも手を洗わないといけないなとぼんやり思う。 今、ぼくの足元は見事に赤い川が出来ていてそこにはぼくの父だったが倒れている。 ぼくの手には薪にしようとしていた丸太が握られていた。 丸太からは真っ赤な血が滴って、足元の赤い川に丸太についた血がぽとんぽとんと落ちていく。 これからどうしようかと思っては居るが、父を殺してしまったという事実には何も感じなかった。 寧ろ食べる為に野うさぎや、鳥などを狩ったときの方が心が痛むかもしれない。 「埋めないと野性動物が人間の味を覚えちゃうな」 森の中には肉食の動物達も住んでいるが、人間を避けて生活をしている。 そんな動物が人間の肉を食べれば人間の味を覚えてしまう。 そうすれば人間がであると分かり、人間を襲うようになってしまっては森のパワーバランスは容易く崩れる。 本当は燃やした方がいいのだろうが、焚き火では火力が弱いし家に持って帰って処理すると父が居なくなった事に気が付く人が居るかもしれない。 「でも、埋めるより誰かに知らせに行った方が早いかも…」 ぼくはとりあえずから貴重品等を抜いて物取りの犯行であるかの様に見せかける。 財布代わりの麻袋にはコインや紙幣が結構入っていて何処かで盗んできたのかもしれない。 父はぼくが物心つく前から見境もなく若い女性を拐ってきては犯し、子供を作らせていた。 ぼくに精通が来てからはぼくにも白羽の矢がたって、何度か意識が混濁している状態で父が拐ってきた女性と行為を強要されている。 そんな女性達はこっそり監禁先から逃がしてはいたが、どういう手段を使っているのか父は次々に若い女性を拐ってきた。 何が基準だったのかは分からないが、父と一緒に暮らしていたのは記憶があるだけでぼくを入れて3人。 兄と姉が居たが、名前も知らないまま気が付いたら居なくなっていた。 父に殺されたか逃げたかどちらかだろうとは推測ができるし、ぼくが見た2人以外にも兄妹が沢山居るだろうとは思って居る。 そんな非人道的な行為を強要される生活が嫌になり父とは早々に精神的に決別をしていたのだが、これから来る長い冬に向けての準備をするから出かけると告げられ有無を言わさず連れて来られた先で女性を逃がしていた事が遂にバレた。 殴る蹴るの暴行を受け、我慢の限界だったぼくは遂に父に手をかけてしまった。 「じゃあね」 粗方必要な物を剥ぎ取ったぼくは、父だった物に別れを告げてその場から立ち去る。 近くに繋いでいたトナカイに駆け寄ると、ぼくを心配しているのか鼻先を顔に押し付けてきた。 ぼくが住んでいる山の中は車などが走るような舗装された道はなく、夏が短く雪深いこともあってトナカイが引くソリが交通手段のひとつだ。 トナカイを撫でていると、ようやく人を殺してしまったと言う事実に手が震えてくる。 ぎゅっとトナカイの首に抱きつき、獣独特の臭いを嗅いだことで少しは落ち着いた。 「早くしないと、ぼくたちまで危ないかもしれないね」 トナカイの首を撫でて話しかけると、ブルルルと口を鳴らした。 この子はぼくの言葉を理解しているんだと思う。 トナカイを繋いでいたロープを外してぼくは家にかえらず、近くの川に向かった。 手に着いた血を洗い流さなくてはいけない。 ふと服を見ると、飛び散った血がTシャツにもついている。 「今日は暑いから、お前も一緒に入るか?」 川まで移動してきた頃にはうっすらと汗をかいていた。 トナカイも少し暑そうにしているので、自分の汚れと一緒に洗ってやることにする。 ソリと繋がっている器具を外してトナカイと一緒に服のまま川に入った。 川の冷たい水に、一瞬身体が縮み上がったが頭まで水に浸かると頭の中は一気に冷静になる。 トナカイも膝を折って川に座りこんで、涼んでいた。 「早い方がいいかと思ったけど、少し時間を置いた方が怪しまれないよな?」 びしょびしょの手でトナカイの首筋を撫でたが、嫌がる素振りは見せずに寧ろ慰めてくれるのか頬を舐められた。 トナカイの舌の独特の肌触りに、大きな息が漏れる。 ぼくは暫く川に浸かっていたが、身体が冷えてきて寒く感じる頃やっと水からあがって家に帰ることにした。 服も靴も濡れたままだったが、汚れは完全に落ちている。 「オギャア!オギャア!」 「あぁ…」 家に着いて、トナカイを小屋に入れた所で赤子の鳴き声が聞こえてくる。 その必死に生きようとする声に、涙が出そうになった。 何故、またもこんな父を選んだのかと問うた所できちんとした言語で返答がある筈もない。 最初の子供は男の子で名前はレーヴィと名付けた。 レーヴィを養子に出した次の年に、今度は女の子が捨てられていた。 その女の子にアイラと名付けたが、赤子は決まった年に次々と現れ、何処を取っても以前生まれた時と全く同じ見た目の子だった。 アイラの次は、またも女の子でアリスと名前をつけた。 その次の子は男の子だったとぼくの事を何かと気にかけてくれている知り合いの後援者に聞いた。 身重だった女性達が忌まわしい子供など要らないとぼくの所へ捨てに来ていたのだろう。 でも、もうこんな悲しい出来事はこの子で最後だ。 元凶だった父はもう居ない。 ぼくは震える手で赤子を抱き上げる。 「君はとっても元気だね」 元気な声で泣いている子に顔を寄せる。 鼻孔を赤子独特の甘い様な香りがするのに笑みが溢れるが、視界は大きく揺れて赤子の頬に涙が落ちた。 その涙を親指で拭うと、柔らかな肌の感触に胸が締め付けられる。 「お腹が空いたね。さぁ。パパとご飯を食べようね?」 赤子にミルクを飲ませる為に家の中に入る。 濡れた服を着替えて、お湯を沸かしながら揺りかごに赤子を寝かし揺らしていてもずっと泣いていた。 この子と過ごす時間も瞬きの間の事だろう。 こんな父親の元に居てもこの子にとって良いことは1つもない。 子育てもこれで4度目になると、手慣れた物だ。 素早くミルクを作り、冷ましてから飲ませてやると本当に勢いよくゴクゴクと飲んでくれる。 赤子にゲップをさせて寝かせ、やっと一息つけた。 まずはオムツやミルクの買い出しと、本格的な冬に向けての準備をしなくてはならない。 揺りかごを揺らしていると、愛犬のムスタがチャカチャカと爪が床に当たる音を立ててやって来た。 赤子の泣き声に驚いて隠れて居たのだろう。 ムスタは赤子が現れなかった年にやはり山で拾った犬だった。 ムスタの頭を撫でると、尻尾が空を切るブンブンという音が聞こえるほど尻尾が揺れている。 「これから色々と忙しくなりそうだ」 本当にあっという間に2年が過ぎた。 娘にはアンジェリカという名前を付け、慌ただしい毎日を送っている。 その後、父の遺体は麓の村にアンジェリカの物を買いに行ったときに父が数日帰っていないと言ったところ捜索隊が組まれすぐに発見された。 遺体が見付かった時には少し動物に荒らされていて死因は不明という事になったので、ぼくが疑われる事はなかった。 「パパ!」 「アンジー。パパとは今日でお別れだよ…新しいパパとママの所でいい子で居るんだよ?」 「んぅ~?」 だっこしていたアンジェリカをとある建物の前で降ろし、後ろにいる男女に預ける。 アンジェリカはぼくの手を中々離さなかったが、ぼくはその手を振りほどいてその場を後にした。 後ろから聞こえる泣き声に後ろ髪を引かれたが、振り返ってはいけないと思い早足だったのがいつの間にか走っていた。 子供はどの子も物心つく前に子供に恵まれない夫婦の元へ養子に出している。 山に置き去りにされている子供達をそのままにしておけず、少しの間育てて居ると愛着が湧いてしまって養子にすぐに出した方が良いと別っては居ても中々に離れがたく成ってしまう。 2歳までは一緒に暮らすが、それ以上長く暮らすことはできない。 子供に物心がつけば自分は母親に捨てられ、望まれない子供だったという事や、ぼくと父が犯していた罪を気付かれるのが怖かった。 例えどんな言い訳をしようとも自分の犯した罪が子供にバレるのが怖いという狡い奴なのだ。 「お別れはできましたか?」 「はい…。スミマセン送っていただいっ…てしま゛っ」 「ユ、ユハニさん!!」 大通りに来たところで、大きな車が見えた。 大きな車に近づき、横に立っていた男性に声をかけられて遂にぼくの涙腺が決壊してしまった。 車で待っていたのは、知り合いのアルガーさんと言ってぼくの事を色々と助けてくれる人だ。 子供達を養子に出すのにこんなぼくの為にとても尽力してくれて感謝しても仕切れない位お世話になっている。 そんなアルガーさんの顔を見たら、涙が次々に溢れてきた。 アルガーさんはぼくが泣き出した事に凄く狼狽していて、申し訳ないと思いつつも涙は中々止まってくれない。 「とりあえず、私の別荘でお話を聞きますので車に乗ってください」 「ぞんな゛っ…わるいで」 「いいから!いいから!」 アンジェリカを送り出すのにぼくの住む家から3つ離れた街まで車で送ってくれたアルガーさんに押しきられる形で車に乗った。 車の中でも恥ずかしながら涙は止まらなかった。 上の子達を養子に出した時はこんなに涙は出なかったし、むしろ父が居たことで父から逃がしてやれたという思いが強かったからだろう。 そんな父が居なくなって、可愛い盛りの娘と離れると思った瞬間寂しさが込み上げてきた。 アンジェリカはとっても甘えん坊だから、新しい両親にすぐになつくだろう。 こんなぼくの元に居なくて、素晴らしい両親に育てられた方が彼女にとって幸せなんだと何度も自分に言い聞かせて来たがいざその場になると狡いぼくが顔を出してしまった。 「着きましたよ。中へどうぞ?」 「え?うわぁ」 車はいつの間にか止まって、目的地に到着していたらしい。 車の扉が開いて、アルガーさんの手が差し出されたのに気が付き顔をあげた後ろに大きな建物が見えてぼくの涙は引っ込んでしまった。 促されるまま、呆然として建物の中へ案内され大きなソファーに座らせてもらったが天井が高く広い空間に肩身が狭い。 飲み物を出してくれると言って消えていったアルガーさんには悪いが、早く帰りたくて仕方がなくなってきた。 何度もソファーに立ったり、座ったりを繰り返して居たが遂に決心してアルガーさんには悪いが、帰らせてもらおうと立ち上がり扉まで行こうとした瞬間アルガーさんが帰ってきた。 「ん?どうかされましたか?」 「いえ…」 ぼくはソファーに座り直し、赤くなる頬を隠すように下を向いた。 つづく!!

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