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炎狼の快楽 2
ヴァルディースは深くため息をついた。目の前のフェイシスが呆れ返っている。昨夜の一件のあと、ヴァルディースはどうにもやるせなくなって、フェイシスを訪ねた。
ヴァルディースは間を持たせるために、ユイスが出してくれた小さな焼菓子をつまみつつ、もう一度ため息をつく。
「なんですかもう、辛気臭い」
苛立ち、迷惑そうな顔をして、フェイシスが頬杖をついた。来たはいいものの、フェイシスにレイスとの顛末を話していいものだろうかと、今更ながらに悩んで、そろそろ半刻ばかりが経つ。きっと、レイスは嫌がるだろうし、ヴァルディースとしてもこの相手には打ち明けたくない。一生ネタにされるに決まっている。
とはいえ同じ精霊長というと人間世界に基本的に興味がないユーアでは何も反応がないに決まっているし、メイスなんてレイスの父親で、こんなことを相談するなんて論外だ。こういう時、身近で相談できる相手がフェイシスくらいしか思いつかないというのが、なんだか憎たらしかった。
「深刻な顔してやってきたんだから、何かあるんだとは思いますけど、話す気がないなら帰ってくれませんか、ヴァルディース?」
フェイシスがイライラと机を叩く。レイスに関わることをユイスに聞かせるのも躊躇われ、今ユイスには買い物に出てもらっている。ユイスと仲良くよろしくやってるところを邪魔をされたのだから、フェイシスは機嫌が悪い。
ヴァルディースもレイスにも少し出かけてくると言っただけで出てきたから、そう長々と部屋をあけているわけにもいかない。
何か切り出さなければいけないのはわかるのだが、どう切り出したものだろう。
「……レイスの、ことなんだが」
悩んで結局、ヴァルディースは正直に昨日の顛末を説明した。
「へぇ。あのレイスもそういうこと考えていたんですねぇ。意外にかわいいところがあるじゃありませんか」
ニヤニヤと、フェイシスがあからさまに面白がるように笑う。やはりコイツに相談するんじゃなかった、とヴァルディースは心底後悔した。
「まあ、でも結局貴方が人間の生理現象の細かなところについて、疎かったのが最大の失敗なんじゃないですか? もうちょっと逐一反応を調整していたらこんなことにはならなかったでしょうし。今からでもレイスの望むような反応を示してやったらいいじゃないですか」
だが、フェイシスの言葉は精霊が人間に触れ合うという点において、至極真っ当な意見だった。所詮ヴァルディースたちは人間とは根本的に違う。性の快楽どころか、本来体温や心臓の鼓動だってない。
ヴァルディース自身も、そうやってこちらがレイスの感覚に合わせてやる方がいいのかもしれないとは思う。ただ、それはレイスを偽っているような気もするのだ。
「そうは言っても、私たちが人間になることなんてできないっていうのは、ファラムーアが証明してしまったわけですし。できないなら、レイスに人間と精霊じゃ違うっていうことを、きっちり納得してもらうくらいしかないと思いますけど?」
フェイシスの言うことはいちいち最も。だが、違う生き物だなのだからはねのけてしまうのも、レイスを悲しませるだけで解決にはならない気がする。どうにもこうにも手詰まりだ。
はあ、とまた息を吐き、ヴァルディースはもう一つ、ユイスの焼き菓子を口に放り込んだ。サクサクとした食感とともにふわりと香ばしい豆の香りとほのかな甘みが広がって美味い。こういうやるせない気分を、甘味は和ませてくれる。特にユイスの菓子は、その辺の店のものより美味いとヴァルディースは思っている。ユイスには後で礼を言っておかなくては。
しかしついついその美味さにつられて口の中に放り込んでいたら、フェイシスがふくれっ面でヴァルディースを睨みはじめた。
「ヴァルディース、いくらレイスと感覚共有して味覚なんて贅沢なもの手に入れられたからって、私のユイスお手製のお菓子を私の目の前でパクパク食べないでくれません!?」
自分はせっかくのユイスのお菓子も、味わうことはできないのに、と地団駄を踏む。悔しそうなその顔に、ニヤリとヴァルディースはわざと笑ってみせ、もう一つ菓子を口に放り込んだ。きーっと、歯ぎしりするフェイシスが面白い。
レイスとつながって以来、ヴァルディースはレイスを経由して精霊にはない人間の感覚を手に入れた。味覚はその最たるものだ。フェイシスにはないものを手に入れたという意味では、とても胸がすく。
「あーあ、もう。そうやって感覚を共有できてるんですから悩む必要なんてないじゃないですか。いっそ快感だって共有してしまえばいいでしょうに」
さすがにからかいすぎたのかフェイシスがふてくされてそっぽを向いた。それはいいのだが、そのあとの快感を共有する、というセリフに目からうろこが出た。
「そうか、その手があったか」
なぜ今まで気が付かなかったのだろう。レイスが危惧しているのは、つまりヴァルディースが快感を認識できないから気持ちよくないのではないかということだ。
そのあたりを味覚と同様レイスと共有してしまえば、もしかして問題は解決するのではないだろうか。
「げ、図らずも私ヴァルディースなんかに的を射た助言なんかしちゃったわけです? 嫌だ、腹立たしい。ああ、でも普通に感覚を共有すると自分で自分のケツの穴にブツを突っ込んでるようなものですね。いい気味」
「そんなことするか阿呆。要は味覚の共有と同じだ。別にこれだってレイスの味覚に俺が食べてる物の味を認識させてそれを共有してるだけだからな。今度はレイスが認識した快感だけ共有すればいい」
「何ですかそれ、ずるい。私だってユイスと一緒に気持ちよくなりたい!」
フェイシスがわめき始めたが、もはやどうでもいい。放っておけばそのうち静かになるだろう。
理論だけでならなんとかなる。あとは実践してみて同調率をどの程度まで加減するかが問題だろうか。
早速今日から試してみるべきだと、ヴァルディースはいそいそと部屋に戻ることにした。
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