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第8話

それから2時間後――。 テーブルの上の料理はほとんど平らげられてしまい、部屋はすっかり酒盛りの様相になっていた。 「なあなあ、もう1本追加しようぜ! アラタも飲むよな?」 加藤がアラタの肩を抱き、日本酒の空き瓶を持ち上げる。 今朝は『アラタくん』と呼んでいたのに、いつの間にか呼び捨てになっている。 「加藤、ちょっと飲みすぎじゃない?」 「いいじゃん正月なんだから!」 諫めようとする僕を止めるのは、一緒に来たもう1人の友達、伊藤だった。 確かに、今回は卒論を書き終えて正月を満喫するために来たんだ。 多少飲みすぎたって構わないのかもしれない。 僕は諦めて、追加オーダーの内線を入れる。 けれども問題はアラタだ。 受話器を置きアラタの方を見ると、彼は加藤に絡まれながらも壁の時計を気にしていた。 時計の針は21時31分を示している。 (……どうしよう) 飲まされたせいか、それともこの状況に絶望してか、普段は明るいアラタが口数少なになっていた。 僕はそのことも心配になり始める。 「アラタ、大丈夫?」 座り直して、座卓の下からそっとアラタの手に触れてみた。 するとその手は、しっかりと意思を持って僕の手を握り返す。 「先輩、今年はまだ2時間半あります」 今年中の約束をまだ諦めていないと、その手が伝えてくる。 「そうだよ、飲み明かそうぜ」 加藤が違う解釈をして、アラタの向こう側からふわふわした笑顔を向けてきた。 座卓の下で握り合う手を、見られてしまったんじゃないかと思ってヒヤリとする。 しかし酔った加藤の目はとろんとしていて、何かに気づいた様子はなかった。 アラタだけが青白い顔をしながらも、しっかりと俺を見つめている。 「そうだね、まだ時間はある……」 しかしアラタの肩には加藤の腕が乗っていて、僕らは図らずも三つ巴のような状態だった。 ここからアラタとふたりきりの状態にまで持っていくのは、そう容易ではない。 (あと2時間半、どうする……!?) 額に変な汗が出た。 僕もだいぶ焦っているのかもしれない。 部屋の外の廊下では、カチャカチャという慌ただしい音がしている。 仲居さんが、お盆に乗せたビールか何かを他の部屋に運んでいっているんだろう。 アラタに見つめられながら、僕の焦る気持ちは増幅する。 (この事態を動かすためには、自分で動かなきゃいけないか) 「日本酒遅いね、ちょっと見てくる」 僕はそんなことを言って立ちあがり、1人、部屋を抜けだした。

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