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第9話

――それから約20分後の21時49分。 僕が再び部屋に戻った頃には、加藤も伊藤も、そしてアラタも、座布団を枕にごろんと横になっていた。 年末の歌番組を映すテレビを見ているのかと思ったら、加藤はいびきを立てている。 加藤だけじゃなく、みんな限界だったんだろう。 伊藤もテレビを背にして、うつらうつらと船を漕いでいた。 そしてアラタもこちらに背を向け、横になっている。 「アラタ?」 そばへ行き、後ろから顔を覗き込む。 「眠ってるの?」 そう思ったら、目はぱっちりと開いていた。 「眠ってないっす、これはふて寝」 「ふて寝?」 「はい、先輩が俺を置いていなくなったりするから」 突然浴衣の襟元を引き寄せられ、お酒の匂いのする唇でキスされる。 (おっと!) 僕は慌てて、寝ている2人を目の端に捉えた。 「もうバレちゃえばいいのに」 アラタが拗ねた顔をして言ってくる。 「お前、酔ってるだろ」 「そこそこ飲んだけど、頭はちゃんと働いてます」 「どうだか」 拗ねた顔が可愛くて、ポンポンと髪を撫でた。 こいつもお酒に弱くはないけれど、結構飲まされていたと思う。 しかしアラタは身を起こすと、はっきりした口調で言ってきた。 「俺は目的があってここにいますからね。酒になんか飲まれません」 「そっか、ならよかった……」 「……よかった?」 笑う僕を見て、アラタが不思議そうに片眉を上げる。 ちょっと絵になるその表情を前に、僕は緊張しつつも切りだした。 「実は、これ……」 右手に握っていた、木札のついた鍵を差し出す。 「部屋の鍵?」 「ここのじゃないよ。ここは桔梗の間で、こっちのは雪柳の間の鍵だから」 アラタの目が見開かれ、木札を見つめて何度か瞬きを繰り返した。 「せ、先輩……!?」 「こんな時間に『もうひと部屋借りたい』なんてお願いしたから、フロントの人にはやっぱり変な顔されたけど……恋人と2人になりたいって話したら、さすがに察してくれた」 「恋人と2人にって……それ察するっていうか、そのものズバリな説明じゃないっすか」 アラタが唖然とした顔をする。 それはそうだ。旅館側も僕らが男4人だってことは知っているわけだし、ゲイだってカミングアウトしてるも同然だ。 「なんだかいっぱいいっぱいで、頭が回らなかった」 恥ずかしくてうつむいたまま打ち明けると、鍵を持った手を引き寄せられた。 そして戸惑っているうちに、指先に熱烈なキスをされる。 「やっぱ先輩は男らしいっすよ! 見た目は可愛いくせに……たまにこうやって惚れ直させられる」 そんなふうに言われると、余計に恥ずかしくなってしまった。 「もう行こ、2人には明日の朝にでも説明するとして」 「説明って?」 「僕たちが付き合ってるってこと、やっぱりちゃんと言おうと思うんだ」 そんな決意を告げる僕に、彼はためらいがちに言ってきた。 「でも……そんなのいいんですか? 俺が無理やり口説いたりしなければ、先輩は女と付き合ってたはずなのに……」 アラタがそれを負い目に思っていることは、僕もなんとなく気づいていた。 けど、たぶん違うんだ。 性的指向なんて大げさな話じゃなくて、僕はこいつを愛おしく思うし、幸せにしたいと素直に感じている。 それを後ろめたいなんて思わない。 むしろこんな可愛い恋人、自慢してもいいくらいだ。 「違うよアラタ。無理やりとかじゃない、もともと僕も惹かれてた。だからお前には、嫌な思いはさせたくない。さっきだってアラタ、加藤じゃなくて僕の隣に来たかったでしょ。ああいう時に敢えてこっちに来られないのは、関係を勘ぐられないようにって遠慮しちゃってるからだよね?」 アラタはしばらく僕を見つめたあと、ふうっと長い息をつく。 「やっぱ俺、先輩のことが好きだわ。可愛いくせに男らしくて優しくて、これ以上の人はいないです」

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