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第3話

【 雛森side 】 ストーカー被害にあっているという桐条胡桃の護衛を始めてから、一週間が経過した。 結果・・・・・・ 「どういうこと?」 意味分かんない、と目の前で顔を顰める啓太に向かって俺はもう一度同じ言葉を繰り返した。 「桐条胡桃のボディーガードは終了だって言ったんだ」 「なんでさ?犯人まだ捕まってないんだよ?」 ダン、と俺の机を叩いて啓太が大声を上げた。 それが恭介が出した結論なんだよ。 「林原さんには、もう連絡を入れてある」 啓太には今日から別の仕事に就いてもらうために呼び出した。 あれから一週間経つのに桐条胡桃には何も起こらず、監視カメラの映像にも彼女の日常が録画されているのみ。 怪しいヤツは映り込まない。 俺達の事に気付いて警戒しているだけだろうか? 啓太には内緒で彼女の護衛に当たっていた・・・・・・いや彼女の行動を監視していた正社員からの報告書を見ても何も無い。 林原さんに前払いで受け取っていた金額分は十分に働いたつもりだ。 「ねぇ、雛森くん!こんなの途中で投げ出すみたいじゃない!!」 納得のいかないらしい啓太が食って掛かってくるが、何も起こらないんじゃこっちも動きようが無い。 どれだけ調べても何も出てこない。 「ストーカーを捕まえないと、胡桃ちゃんも安心出来ないじゃんか!!」 あぁ、そうだな・・・・・・本当にストーカーしてるヤツがいるんならな? 恭介が最初からそう疑ってたなんて今の啓太が知ったら・・・・・・ 俺達が林原さんから依頼を受けた時、桐条胡桃のボディーガードとは別の依頼も受けていた。 ストーカー被害に悩まされていると林原さんが桐条胡桃から相談されたとき、彼は真っ先に警察へ通報しようとしたらしい。彼女の手元には雑誌や新聞の切抜き、筆跡が加工された手紙があったし、彼女が身に覚えが無いという小物も増えていたし、逆に紛失しているモノもあるというし。 それらから指紋や、何か手がかりが掴めるかもしれない・・・・・・と。 だが、彼女は一度それを止めたというのだ。 公になってストーカーを刺激したくないと言われて。 確かに最もな理由だ。 「啓太・・・・・・とにかく桐条胡桃のボディーガードは終了。もう彼女のとこに行かなくてもいい。今後一切彼女に係わるな・・・・・・いいな!これは所長命令だ!俺達は桐条胡桃から手を引く」 「雛森くん!!」 「今日から、お前にはこっちの・・・・・・」 差し出した依頼書をぐしゃりと啓太が握り潰した。 後で作り直しだ。 「雛森くん!!」 ったく・・・・・・ 「啓太、お前おかしいと思わないか?」 「そうだよ!おかしいじゃんか、こんなの!!」 「そうじゃない。桐条胡桃だ・・・・・・一週間何も起こらない。平和そのものだ」 林原さんが警察に届け出て、彼女の身辺警護をしていたときも何も起こらなかった。 「まだ、たったの一週間だよ!それに、俺達が彼女の近くにいたから警戒されてたんじゃないの?」 だから警察が護衛を止めたと同時に再びストーカーが動き出したと、俺だってそう考えた。 だけど、違うんだ。 啓太には見せる気はなかった動画を再生した。 「なに?」 車輪のついたイスを転がして俺の隣に啓太が座る。 パソコンのディスプレイには桐条胡桃のマンションの一階にある集合ポストが映し出された。 「警察にいる知り合いから借りて来た」 警察が桐条胡桃の護衛を止めて、俺達に依頼がくるまでの間、録画されていた映像だ。 マンションの管理人が警察に指示されて設置したカメラの事は住民には伝えられていない。右下に日付と時間が表示されている。 俺は林原さん宛に郵送するつもりでまとめていた報告書を開き、桐条胡桃がストーカーから手紙を受け取ったとされる日付を照合し、その結果を啓太にも見せてやった。 「どういうこと?」 そこには郵便配達員と桐条胡桃、そしてそのマンションの住人が映るだけで、他に怪しい人物はいない。更に、桐条胡桃のポストに触れた人物は二人だけで、既に警察によって事情聴取された配達員は白だと言う事が分かっている。 ポストから郵便を取り出した彼女は、その場で封筒の差出人を確認し、取り乱すこともなく、普通に画面上から外れていく。 「胡桃ちゃんの自作自演だって言いたいの?」 ストーカーからの手紙に切手はなく、直接ポストに入れられたものだと推測される。 その手紙から検出された指紋は、彼女のものだけだった。 「犯人が手袋嵌めてたのかもしれないじゃんか!それに、他にも家の中のモノが知らない間に移動していたり、モノが増えたり減ったりしててっ!」 「言ってるのは彼女だけだ」 誰も見てない。 桐条胡桃は一人暮らしで、彼女個人の持ち物を全て把握しているわけではない林原さんにアレがないとか、コレはここにあったはず、なんて言ったって分かるわけがない。 「彼女と一緒にいる時間が一番長い林原さんだって気付かないんだぞ?」 警察や、俺達が護衛していない時だって、その存在さえ微塵に感じさせないストーカーってどんなヤツだよ? 超能力者か? 「じゃぁ、林原さんがストーカーかもしれないじゃん!!」 は? 「それはない」 それまで所長室にいた恭介が部屋から出てきた。 「林原のアリバイは全て裏が取れている。警察や俺達の動きを把握できる人間は限られているし、桐条胡桃の自作自演の可能性は極めて高い」 「所長!他に怪しい奴はいないんですか?」 矛先を俺から恭介に向けて啓太が突っ掛かっていく。 「いない」 恭介は断言した。 「ちゃんと調べたんですか?!」 お前・・・・・・恭介は所長だぞ? お前より経験も積んでるし、お前より情報源は豊富だし・・・・・・って言ったってしょうがねぇか・・・・・・ 「胡桃ちゃんのボディーガードは続けるべきですって!もし彼女に何かあったらどうするんですか?!」 なんで、そんなにムキになるんだよ・・・・・・ 「よく考えてみろ・・・・・・今まで彼女自身に危害が及ぶような出来事は何も起こっていない」 恭介は溜息混じりに眉間の皺を揉み解す。 「彼女の自作自演・・・・・・あれほど内密にと言っておいたのにマスコミにも漏れてる。今はまだ抑え込んでるが、これが世に出るのは時間の問題だ・・・・・・今回のことは、これは彼女の売名・・・・・・」 「んなことしなくったって、胡桃ちゃんはもう有名人じゃないですかっ!それにっ!!これから何か起こるかもしれないじゃないですか?!何か起きてからじゃ遅いんですよ!!」 まだ言うのか? 「俺の命令が聞けないのなら辞めろ!」 あ。 啓太がぐっと押し黙った。 そのまま恭介と睨み合ってる。 「・・・・・・・・・分かりました」 低い声で啓太がそう口にした。 「俺、今辞めます」 え・・・・・・おい、啓太。 俺が慌ててイスから腰を浮かすと、恭介の手がこちらに向けられた。 黙ってろってことだ。 でも、ここで啓太に辞められたら・・・・・・それでなくても人手不足だってのに・・・・・・ 「ごめん、雛森くん。でも、俺、胡桃ちゃんを守ってあげたいんだ」 だから、桐条胡桃は!! 「お世話になりました!!」 そのまま、啓太は事務所を飛び出して行ってしまった。 俺が止める間もなく。 ここに要がいてくれれば、まだ啓太を引き止められたかもしれないけど・・・・・・俺には、あいつを止めることは出来なかった。 「由貴、昨日の分までの啓太のバイト料振り込んでおけ」 「ちょっ、恭介・・・・・・本当に啓太の奴クビにするつもりかよ?」 今のは売り言葉に買い言葉ってやつで・・・・・・恭介だって解ってるだろ? 「何か問題があるのか?」 だって・・・・・・あいつが言うことも、少しは・・・・・・・・・ 「すぐに他のバイトを雇うつもりだ・・・・・・それまではお前に苦労を掛けるが・・・・・・ちょっと出掛けてくる」 「恭介」 そのまま恭介まで事務所を出て行った。 残っているのは俺一人だけ。 「どうすんだよ・・・・・・これだって依頼引き受けちまったってのに・・・・・・・」 今更断るわけにはいかねぇし・・・・・・要はまだ来る時間じゃねぇし・・・・・・ってことで、俺が行かないといけないわけで・・・・・・ でも、俺だって他にも仕事があるんだし・・・・・・・・・・・・ 俺は携帯を取り出して啓太のナンバーをコールしてみたが、電源を切っているみたいで繋がらなかった。 「あいつ、本気で辞めるのか・・・・・・はぁ」 携帯を机の上に置いて溜息を吐き出した。 こうしていても仕方がない。 時間は過ぎていくんだ。 俺が帰ってくる前に、あいつの気持ちが変わって戻ってくるかもしれないし・・・・・・とりあえず仕事に行こう。 今から事務所を出ないと、依頼人と待ち合わせしている時間に遅れてしまう。 簡単に出掛ける用意を済ませて、事務所の戸締りを確認する。 駐車場へ向かう俺の上着の中で携帯が着信を告げた。 啓太が掛け直してきたのかと思いながらディスプレイに表示されていた名前を見て、眉間に皺が寄る。 「桐条・・・・・・胡桃?」 なぜ彼女が今更俺に電話を掛けてくるんだ? 昨晩のうちに恭介から林原さんへ連絡が行っている。 今日からボディーガードはつかないって・・・・・・・・・・・・聞いてるはず、だよな? 俺達が出した結論。 まぁ、まだ彼女の監視は続いてたはず・・・・・・ 「・・・・・・・・・・・・もしもし?」 一向に鳴り止まない着信音に、仕方なく通話ボタンを押した。 「先輩助けて!バルコニーに誰かいるの!!」 は? 何言ってんだ? 先輩って・・・・・・誰かと間違えてんのか? 桐条胡桃が住んでいるマンションは十五階建てで、彼女は十二階に住んでいる。 彼女の部屋のバルコニーに侵入できる奴なんて? 超能力者? それに、なにか動きがあれば監視してるヤツから連絡は入るはずだけど・・・・・・ 「あの、桐条さん?」 「早く来て!中に入ってこようとしてるの!!」 彼女の声は切羽詰っていて、俺の声が届いているのかは分からない。 ふと啓太の言葉が頭を過ぎる。 (何か起きてからじゃ遅い) 桐条胡桃の部屋のバルコニーに人が侵入するなんて不可能だ・・・・・・ いや、本当に不可能か? もし・・・・・・本当に誰かがいて・・・・・・・・・・・・ 「桐条さん、落ち着いて・・・・・・」 警察の目も届かない・・・・・・ 監視カメラにも映らない・・・・・・ 俺達の調査にも引っかからない・・・・・・ そんなヤツがいて・・・・・・ 桐条胡桃の言っていることは本当のことで・・・・・・・・・・・・ 恭介、ごめん。 俺・・・・・・・・・・・・・・・ 「桐条さん、今からそっちに行くから」 俺は一度通話を切り、これから出向くはずだった先方に急遽行けなくなったと断りの連絡を入れて、桐条胡桃のマンションへと車を走らせた。 彼女の連絡を受けてから、三十分も経っていない。 駐車スペースに停めた車が斜めだったけど、構わずに建物の中に駆け込んだ。 車からエレベーターへ行くまでにすれ違う人間はいなかった。 監視カメラが設置されている場所は一箇所しかない。 エレベーターに駆け寄り、上へのボタンを押した。 エレベーターは十二階で停まっていて・・・・・・・・・・・・ 扉が開くのを待っているのがもどかしくて、階段で行くかと考えた時。 チーン・・・・・・ ゆっくりと扉が左右に開いて、中に乗っていた人が降りて・・・・・・・・・・・・ ドン その人が、俺にぶつかって来た。 降りてくる人がいるかもしれないと、その人のために端へ退いていた俺に、わざわざ・・・・・・・・・・・・ キャップを目深に被っていて、身長は俺よりちょっと低い・・・・・・青いレインコートを着た人物が・・・・・・・・・ 「だめだよ、許さないから」 ゆっくりと俺から離れていく、そいつの口元は・・・・・・笑っていて・・・・・・ 手には、透明なビニールの手袋を嵌めていて、透けて見える手の指は細くて・・・・・・ 赤い爪が印象的で・・・・・・・・・・・・ 俺はそのまま、そいつに腕を引っ張られて・・・・・・背中を押されてエレベーターの中に入った。 壁に背中を預けて、ずるずると座り込む。 「・・・・・・・・・・・・っつ・・・・・・」 顔を上げると、既に青いレインコートのヤツはいなくて・・・・・・・・・・・・ 「なん・・・・・・だよ・・・・・・ったく・・・・・・」 腹が熱い・・・・・・ 「・・・・・・冗談じゃ・・・・・・ねぇ、ぞぉ・・・・・・・・・・・・」 腹に刺さっている、突き立てられたモノの柄を握る。 抜き取る勇気なんて無いから、そのままで・・・・・・ 「・・・・・・なん・・・・・・でだ・・・・・・?」 俺・・・・・・刺されたんだ・・・・・・なんてことを冷静に分析しながら、片手でポケットの中を探って携帯を取り出した。 息が・・・・・・・・・・・・ 「んっ、くそっ」 なんだか・・・・・・寒くなって、きたかも? ダメだ・・・・・・ヤバイ・・・・・・・・・このままじゃ、俺死ぬかも・・・・・・・ 手探りで恭介のナンバーを呼び出して携帯を耳に当てる。 無機質なコールが続く。 出ろよ・・・・・・恭介・・・・・・早く・・・・・・あいつ、携帯持ってかなかったのか? なんで出ないんだよ? 恭介ぇ・・・・・・俺、死んじゃうぞ・・・・・・ 「・・・・・・はや・・・・・・く・・・・・・」 長い、長いコールの後、漸く出た・・・・・・恭介・・・・・・ 「・・・・・・・・・もしもし?」 「きょ・・・・・・すけぇ・・・・・・たすけ・・・・・・て・・・・・・・・・・・・」 それだけ言うのが精一杯で・・・・・・ 俺はそのままぱっくり開いた暗闇の中に落ちて行った・・・・・・

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