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第4話

【 倉科side 】 あの季節は春。 「・・・・・・・・・・・・ずっと好きだったんだ」 中学の卒業式後、俺は校舎裏に呼び出された。 そして、突然の告白。 いきなりコイツは何を言い出したんだと、俺はその場で固まった。 相手は幼稚園の頃からずっと一緒で、家も近所の幼馴染な、雛森由貴という男。 俺は『ユキ』って呼んでるんだけど。 目がくりっと大きなアーモンドアイ、体型は華奢。 性格も大人しい。 いつも俺の後ろに隠れてたよな? まぁ小さい頃はよく女の子と間違えられてたけど、女装が趣味だとか、心は女の子なのだとか、そんなこと聞いた事は一度もなかったし。 風呂にだって一緒に入った事のある仲だ。 間違いなくヤツは男なんだ。 そして、俺は倉科遼、最近腹筋が割れたと密かにガッツポーズを決めた男だ。 で、そんなユキが、俺の事をずっと好きだったって言ってきて? このタイミングで? 俺からかわれてるのか? 俺の制服のボタン、全部後輩や同級生の女子に獲られたから悔しい? 俺モテるからな。 っつうか、お前だってボタン全部ねぇじゃんよ? 俺は大きな溜息を吐き出して・・・・・・・・・ 「そんな性質の悪い冗談言うヤツだったなんて知らなかった」 俺がそう言うと、それまで顔を真っ赤にして俯いていたユキが小さく息を呑んだのが分かった。 これってドッキリかなんかなんだろ? 隠れて今この瞬間の様子を見てる奴らもいるんじゃねぇの? 「・・・・・・冗談なんか」 すごく小さな声だった。 ユキは顔を上げない。 俺は再び盛大な溜息を吐き出した。 「じゃぁ、なんだよ・・・・・・ったく、気持ち悪ぃだろ」 そのまま踵を返し離れていく。 あいつは俯いたままだったから、どんな表情をしていたかなんて分からない。 俺は、一度も振り返ることなくその場を離れた。 それ以来、ユキとは会っていない。 というか会えなかった。 高校も別々だったし、何より、あいつは中学を卒業したら家を出て行ってしまったから。 一度も顔を合わせることもなく・・・・・・ 小さい頃は、飽きるくらいいつも一緒にいたのに・・・・・・ 俺自身、全寮制の高校へ入学したこともあって、盆や正月くらいにしか家に帰らなかったし・・・・・・ 気がつけば月日は流れ・・・・・・ 五年後、バイトで始めたモデルの仕事。 自分の容姿には少しばかり自信があったから、というか、その辺の男よりはイケてると自負していたから。 だって、同性から告白されるくらいだぜ? まぁ、それは冗談だったにしても・・・・・・さ。 まぁでも、やっぱり上には上がいて・・・・・・・・・・・・ それでも、そこそこ人気が出てきたかなぁって時だった。 人気急上昇中の桐条胡桃からストーカーの悩みを相談され・・・・・・ モデル仲間の甲斐充(かいみつる)と、大学の後輩である西尾啓太、こいつらと一緒に彼女の身辺警護をなんとなくやってて・・・・・・ 啓太の友達だっていう酒癖の悪い鬼頭要と出会い・・・・・・・・・ ユキと再会した。 再会って言っても、向こうは俺に気付いていなかったけど。 モデルの仕事で次の現場に向かう途中立ち寄った軽食屋で、要がバイトしてて・・・・・・ 飯を食い終わって、レシートを引っ掴んでレジに向かい、俺の行動に気付いたウエイトレスが一人小走りで近づいてきた。 彼女にレシートを渡して・・・・・・ 「あ、雛森くん!」 啓太の声が耳に飛び込んできて、俺は反射的に振り返った。 ちょうど店に入って来た小柄なヤツが・・・・・・ 俺には気付かず・・・・・・ そのまま啓太達の方へ向かって・・・・・・ 一番奥の角の席に、啓太と桐条胡桃と、彼女のマネージャーが座ってて・・・・・・ってか、啓太がいたんなら教えろよ、要。 ってか、啓太、お前も、レジの側に立ってる俺に気付けよ! じゃなくって! 啓太達の方に走って行くその姿は、俺が知っている姿から少しだけ成長していて・・・・・・ でも面影はばっちりあって・・・・・・って言うか、そいつが五年ぶりに見る雛森だってことに気付いて・・・・・・ ぼんやり見とれてしまっていて・・・・・・ 声を掛けるタイミングを逃してしまった・・・・・・ 無意識に会計を済ました後、暫くアイツの姿を目で追っていた。 まったく俺に気付きもせず、啓太の隣に座って、啓太からハンバーグを一口もらって・・・・・・ 笑顔・・・・・・だな・・・・・・楽しそうじゃねぇの。 ユキの、そんな風に笑う顔・・・・・・久しぶりに見た。 楽しい? 俺が隣にいないってのに・・・・・・ いつも俺の後ろに隠れてたくせに・・・・・・ 俺がいなくっても大丈夫みたいな空気で・・・・・・ 超がつく人見知りのくせに・・・・・・ お前、俺のこと好きだって言ったくせに、ココにいた俺のこと気付かなかったし・・・・・・ 今だって、こんなに視線送ってるっつうのに全然気付かねぇし? 啓太も随分馴れ馴れしいんじゃねぇの? そいつは俺の・・・・・・ 「あの、倉科さん、どうかなさったんですか?」 そうウエイトレスに声を掛けられるまで、俺はその場に突っ立ったままだった。 「いや・・・・・・別に・・・・・・」 うまく愛想笑いも出来ずに店を出た。 五年ぶりに会って、というか見て、懐かしさを感じる前に・・・・・・驚いた。 啓太達と笑って話してるユキを見て、中学までのユキからは想像できないって。 あいつ、小さい頃から一緒だったけど、いつも俺の後ろにいて、自分から誰かに話し掛けるなんてこと出来なかったし。 あいつの親しい友達って俺くらいじゃなかったっけ? 思い返して見ても、ユキが誰かと遊びに出掛けたりするのって俺が一緒の時だけじゃねぇか? ん? 俺が知らないだけとか? いや、そんなわけねぇよな? だって、俺達、ずっと一緒にいたんだし・・・・・・ そんなある日、啓太がバイトを辞めた。 充の奴が勝手につけた名前『僕らの胡桃ちゃんを守り隊』の作戦会議中のことだ。 「もしもし、遼先輩?」 受話器から聞こえてくる声から察するに、こいつは相当機嫌が悪そうだ。 「啓太?お前バイトは?」 この時間って、確か・・・・・・ユキと一緒にボディーガードだったんじゃ? 「俺もう辞めたから関係ないんだ」 は? これまたいきなりだな? いったいどうしたってんだ? 「辞めた?なんで?」 とりあえず理由を聞いてやることにする。 「だってさぁ、あの分からず屋な所長ったら酷いんだよ?胡桃ちゃんのボディーガードをやめるって言い出して、ストーカーは全部胡桃ちゃんの自作自演だって決め付けてるんだ!!」 なに? 「胡桃ちゃんがなんでそんなことしなきゃなんないんだよ?おかしいじゃん!!所長ったら、俺の言うこと聞けないんだったら辞めろって言うんだもん!頭きちゃって、俺そのまま今日辞めてきたの!!だから、先輩達の仲間に入れてよ?」 一緒に桐条胡桃のボディーガードしよう!って啓太は言うんだけど・・・・・・ 俺が、今目の前にいる充と二人で今話していたのは・・・・・・ ちらっと充を見ると、貸してっと俺に手を伸ばしてきた。 俺の話し相手は啓太で、何を話しているのかは漏れ聞こえる部分で十分分かったらしい。 俺は、啓太に充と代わるからと一言断り、携帯を充に渡した。 「啓太くん・・・・・・僕達も胡桃ちゃんのボディーガードの件は一旦打ち切ろうと思ってたんだ」 そうそう。 「なんでさ!何かあってからでは遅いんだよ?!」 スピーカー機能に切り替えなくても、ばっちり啓太の声が聞こえてくる。 「啓太くん、今の状況じゃぁ胡桃ちゃんの自作自演説を否定することも出来ない・・・・・・僕の方でもコネを使っていろいろ調べてるんだけど、彼女の周囲にストーカーの影なんて微塵もないんだよ」 素人の俺達が調べて何も出ない、充の言うコネの方々でも何も出ない、んで、ユキ達その道のプロ達が調べても何も無い・・・・・・ つまりは・・・・・・そういうことになるんじゃねぇの? 「でも!!」 「啓太くん、一旦身を引いて様子を見よう。前もそうだったんでしょ?本当にストーカーがいるとして、そいつは何処かから僕達が胡桃ちゃんを護衛していると言う情報を掴んでいるとしたら?今回も僕達がいなくなったことで何かアクションを起こしてくるかもしれないでしょ?」 俺達が胡桃ちゃんの周囲に気を配っているなんてことは本人に直接話してあった。 怪しいヤツなんて、まったく浮かんでこない。 スタッフの中にもいるんじゃねぇかってカマ掛けたりもしたけど、誰もヒットしねぇ。 啓太達が護ってる時でだって、俺ら遠くから様子を見てたこともあるんだけど、お前らの周囲に誰も怪しい奴はいなかった。 いねぇんだよ、ストーカーらしき人物が。 あれから胡桃ちゃんへの贈り物や、部屋の中のモンが何か無くなったってこともないんだろ? 相手は超能力者か? それとも人間じゃない何か、なんてことになるわけ? 幸い、これから彼女と組むような仕事もないし。 「充ちゃんと先輩も疑ってるの・・・・・・胡桃ちゃんのこと」 「ストーカーを油断させて誘い出そうとしてるんだよ。僕達だって、この先ずっと彼女のことをガッチリ守って上げられるわけじゃないんだし」 充はそう言うけど、俺ははっきり言って胡桃ちゃんのことを疑ってる。 最近の彼女は、なんかこう、前と雰囲気が違うし・・・・・・ 雰囲気だけじゃなくって、なんて言ったらいいのか・・・・・・目がさ、俺らを見る彼女の目が変わった気がするし・・・・・・ それに、彼女は一応女優路線で売り出そうって話も出始めたんだろ? 女優だぜ? 女優って怖い生き物だぜ? 感情とは関係なく、いきなり涙を流せるんだ(人によるけど)・・・・・・恐ろしい。 世の中の男が、それで一体何人人生を狂わされることだろう・・・・・・まったく、恐ろしい。 あ、いや、だから、俺が言いたいのは、俺達みたいな素人、胡桃ちゃんなら簡単に騙せるだろうって・・・・・・ 何のためにそんなことしたのかは知らねぇけどな。 昨日、とうとう桐条胡桃はストーカーに悩まされているっていう記事が週刊誌に取り上げられ、今、ワイドショーが騒いでいる。 あれだけユキや、関係者がぴりぴりと神経尖らせて気を配っているのに、どこからそんな情報が漏れたのか。 ボディーガードがつけられたことまで報じられていた・・・・・・ ユキもちらっとテレビに映ってたな。 随分疲れた顔したユキが、胡桃ちゃんの側にいた。 でもさ、ユキのことを彼氏と思った奴もいたみたいだし、それに、これじゃぁストーカーを刺激しちまうんじゃないかって冷や汗もんだったのに・・・・・・なんのアクションもない。 更に、警察は動かない。 あれだけマスコミが騒いでいるのに。 いや、ワイドショーも変だ。 桐条胡桃に一日密着なんてことをやってのけた局もあったし・・・・・・ いや、なんか撮影隊が近くをうろちょろしてんなぁとは思ったけどさ・・・・・・ 啓太達の事は編集されて映ってなかったけど・・・・・・ 彼女の元に届けられたというストーカーからの手紙のコピーを見せる局もあった。 どうやってそんなもん入手したんだよ? どうやって、って彼女からもらう以外に手に入れられる可能性ってねぇよな? あの林原さんが渡すわけねぇもん。 「あ」 それまで啓太と話していた充が小さな声を上げて俺を見た。 「キャッチ入った・・・・・・倉科くん・・・・・・ユキって言う人からみたい」 「は?」 ユキ? なんで? はい、と受話器を渡されて、その液晶画面に表示された文字を確認すれば、確かにここ何年か表示されたことのない、あいつの名前があって・・・・・・ っつうか、あいつから電話が掛かってくるなんて・・・・・・ 何かあったのか? 「悪い啓太、ゆ、雛森から電話だから・・・・・・ちょっと待ってろ」 「え?雛森く」 まだ何かしゃべってた啓太に一応断ってから通話を切り替えた。 なんか緊張する。 「・・・・・・もしもし?」 あ、声が裏返った。 恰好わりぃ・・・・・・それにしても、あいつが俺に電話を掛けてくるなんて、一体何があっ・・・・・・ 「きょ・・・・・・すけぇ・・・・・・たすけ・・・・・・て・・・・・・・・・・・・」 「え?」 なに?

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