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第19話
【 倉科side 】
「ユキ?」
石橋との話を終えたようだなと、ひょっこりと顔を覗かせた。
「刑事のおっさん、なんだって?」
もちろん報告してくれるんだよな?
あれ?
なんか顔色悪くねぇか?
「・・・・・・恭介の部屋、調べてもらうことにしっ!!」
ユキの頬っぺを触ってみる。
「顔色悪い」
じっと目を覗き込んで・・・・・・両頬挟んで逃げられないようにして。
「なっ、何?」
何って、お前のデコにごつんって・・・・・・
ごつん!!!
「熱もある」
なんか熱い。
「ほら、瞳も潤んでる」
熱あるんじゃねぇかっ!
無理せずに言えって言っておいたろうがっ!
「啓太ぁ!薬はぁ?」
くしゃっと髪を梳かして、啓太を探す。
「あら、お薬をお飲みになるの?」
奥さんが家政婦さんに指示して、水が用意された。
「すいません」
まだ大丈夫だの言うけど、万が一ってこともある。
渋るユキに・・・・・・
「なんなら俺が無理やり飲ませるぞ?」
なんて言ってみた。
啓太に一式用意させた薬をユキの片手に乗せ、覚悟を決めさせる。
飲ませるってどうやって?
そりゃぁもちろん・・・・・・鼻つまんで、上向かせて、口を開けさせて?
ん?
口移しの方が早いのか?
は?
口移しって・・・・・・いや、まだ早いから。
「ほら、ユキ」
せ~のっ!
「お部屋用意させましょうか?そちらで横になられたらいいわ」
喉が上下した・・・・・・よし、ちゃんと飲んだなっ!
「あ、いえ、そこまでお世話になるわけには」
女性2人の家に、いきなり縁もゆかりもない男が5人も押しかけて、お茶まで頂いてるのに・・・・・・
これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
「そうですか?でも、いつでもお声を掛けてくださいませね?」
奥さんの興味は充にあるらしい・・・・・・
チラッと視線を充に走らせて立ち上がると、俺達にニッコリ笑って離れて行った。
「ユキ?」
ふらふらとユキの頭が不自然に揺れ出して・・・・・・
ユキの手から落ちそうになったガラスのコップを取り上げる。
同時に、ユキの体が倒れてきた。
「っと・・・・・・ユキ?」
眠ったか?
ごめんな・・・・・・こうでもしねぇと、お前休まないだろ?
「即効性の睡眠薬、効いてきたみたいだね」
充がくしゃっとユキの髪を撫でるから、それをピシャッと叩き落す。
ムッと睨まれたが、そんなもんはへでもねぇ。
ってか、即効性あり過ぎじゃねぇのか?
身体に悪影響ねぇだろうなぁ?
「痛いなぁ、もうっ」
たいして痛くねぇだろう手の甲を擦る。
「んなことより、充・・・・・・ちょっと俺の上着脱がせろ」
このままじゃユキが風邪引くかもしれねぇから、俺の上着を掛けてやらねぇと。
「・・・・・・ダメだね」
充が呟いた。
なんで・・・・・・って充の視線を追えば・・・・・・つっ!掴んでるのか!
俺の上着を掴んで眠っているのかぁ!
それ掴んでると安心できるのか?
お前、何可愛らしいことしてんだよ・・・・・・
「しょうがないなぁ」
充が自分のジャケットを脱いでユキに掛ける。
なんか・・・・・・
それはそれで・・・・・・
この場合は確かに仕方ないけどさぁ・・・・・・面白くないと言うか・・・・・・
「じゃぁ、倉科くん。雛森くんのこと頼んだよ?」
充、懲りずにユキの髪に触るな!
お前に頼まれなくたって、ユキのことは俺に任せておけばいいんだっての。
ペシッと充の払って・・・・・・
「僕はもう少し奥さんと話してくるから、倉科くんはここであの豪邸を見張っててね」
少し強めに背中を叩かれて、充が奥さんに向かっていく。
ずり落ちそうになっていた充の上着を掛け直して、ユキの顔を覗き込む。
今はぐっすり眠るといい。
ったく、無茶ばっかしやがって・・・・・・
もっと俺のこと頼れよ・・・・・・
俺が絶対になんとかしてやっから。
もっと甘やかしてやるぞ?
お前は昔っから遠慮しすぎなんだよ。
啓太や要を見習えとは言わねぇけど、こんな時くらい、もっと我儘になっていいと思うぜ?
頑張りやさんなユキ。
無理矢理寝かしつけちまって悪いけど・・・・・・
おっさんだって、お前のこと心配で成仏出来ないぞ?
それから一時間。
例の豪邸に動きはない。
充はまだ奥さんと家政婦さん相手に話してる。
啓太と要が戻ってきたが、掴んできた情報と言えば、俺らがこの家の奥さんから聞いた内容と同じで、これといって収穫無し。
ユキは・・・・・・俺の肩に頭を乗せて、スースーと寝息を立てて眠っている。
更に何の動きもないまま一時間が経過・・・・・・
急に冷えた肩に手を伸ばせば、目が覚めたらしいユキが、ぼんやりと俺を見ていた。
「ユキ?」
こいつ、低血圧だったもんなぁ・・・・・・
何度か瞬きを繰り返し、自分に掛けられていた充の上着に気付くと、首を傾げて、ソレを畳んだ。
きょろきょろと周囲に視線を巡らせて、再び俺に向いて落ち着いたみたいだ。
「・・・・・・倉科?」
こら、目ぇ擦るな。
ぼーっとしてるなぁ・・・・・・
「ユキ、涎の跡ついてる」
嘘だけど。
「え?」
一瞬でユキの顔が真っ赤になった。
思わず抱き締めたい衝動に駆られた。
「あ、雛森くん、おはよう」
充が来なければ、そのまま・・・・・・!
行き場の失った腕を下ろして、ついていない涎の跡を拭うように、俺の袖でユキの口元を擦る。
「くっ、くらっ、んん・・」
弱々しい抵抗を感じながら、じとっと充を睨み付けた。
で、お前は何しに来たんだよ?
外は陽が落ちて外灯が灯る時間。
見張っている豪邸に灯りは点かない。
「そろそろ帰ろうかって言いに来たんだけど?」
ま、最初から上手く行くわけねぇもんな。
これ以上いても動きがないんじゃ、この家の人達にも迷惑だろうから、俺達は一旦引き上げる事にした。
と言っても、ユキを探偵事務所兼住居として使用しているマンションに連れて帰るわけにはいかない。
おっさんの部屋を荒らした犯人は、鍵を壊すことなく家の中に進入していた。
ということは、犯人は合鍵を持っている可能性が大だ。
そして、合鍵は他の部屋のモノもあるかもしれない。
つまり、ユキの部屋のものも・・・・・・
っつうことで、あそこは危険。
となれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・お邪魔します」
俺んちしかねぇだろ?
啓太と要はシャワー浴びて服着替えて来いってことで一旦自分ちに帰らせた。
で、うちに来たのはユキと・・・・・・なぜか、充。
まぁ、充のお泊りセットはうちに置きっぱなしになってるから・・・・・・
「倉科くんちに泊まりに来たの久しぶりだなぁ」
きょろきょろと部屋の中を見回して、適当な場所に腰を下す充に対し、ユキは部屋の入口に突っ立ったまま。
きれいって程じゃないかもしれねぇけど、汚くもないだろ?
「ユキ」
俺はユキの手を取って、ソファまで誘導してやった。
ソファの上の雑誌を束ねて、座るスペースを作る。
「ここら辺に座ってろよ・・・・・・何か飲むもん入れてくる」
ちなみに、今そこに積み上げた雑誌には全部俺が載ってるから、好きなだけ見ていいぞ?
穴が開くほど存分に堪能してくれ。
あ、三冊目に載ってるヤツが俺のお勧めだからな!
って、全部声に出して言いたいが、充がいるからなぁ・・・・・・
「僕には?」
既に1人掛けのソファに座って、携帯を弄っていた充が顔を上げる。
「お前はどこに何があるか知ってるだろ?勝手に好きなの飲めよ」
なんで俺が充の面倒も見なきゃならんのだ?
「ユキ、ほら、座れって」
ソファに連れてきても座ろうとしないユキの肩を押さえて座らせて、俺はキッチンに入った。
「倉科くん、なんか僕に冷たくない?」
「冷たくない」
それにしても、ユキのやつ、随分大人しいなぁ・・・・・・
傷が痛いとか?
それとも、睡眠薬飲ませて無理矢理眠らせたこと怒ってんのかなぁ?
充が俺の後に続いて入ってきて冷蔵庫を開ける。
「僕が一緒に来たらお邪魔だった?」
お邪魔?
まぁ、邪魔っつったら邪魔だよな。
ユキが気ぃ使うだろ?
あいつ人見知りだし。
「ほら、一線を越えないように僕がいてあげたほういいかなぁって思ったんだけど、余計なお世話だったんなら今からでも帰るけど?」
一線?
「は?お前何言ってんの?」
充がいなくなったらユキも落ち着けるんじゃねぇの?
え?
ユキと・・・・・・俺、二人っきりになるわけだよな?
二人っきり・・・・・・
一線って?
俺とユキの一線って何?
え?
何?
一線って?
二つの影が、だんだん近づいていって、最後は重なり合ってぇみたいなシチュエーション?
「え?」
充、お前何言ってんの?
そんなの・・・・・・だって、相手は怪我人なんだぞ!
いや、怪我人じゃなかったらいいのかってわけでもねぇけど・・・・・・
えっと・・・・・・いや、まだそこまで話は進んでねぇんだよ!
「ちょっと!!何やってるの!!」
思わず手元が狂って、グラスに注いでいたミルクが溢れて床に零れ落ちた。
「もう!!冗談なのに本気にしないでよ!!」
冗談に聞こえねぇっつうの!!
すっげぇ焦ったぁ・・・・・・
まぁ、充は中学ん時に俺が男から告白されたってことは知ってるけど、その相手がユキだって知らないはずだし。
ん?
知らないんだよな?
チラッとリビングのユキを見たけど、こっちを気にしている様子はない。
「充のばぁか・・・・・・こんなときに変なこと言うなよなぁ」
今のユキ見てれば、そんなこと・・・・・・
そんな・・・・・・こと・・・・・・二つの影が重なって、あんな・・・・・・こと?
どんなこと?
こんなぁ・・・・・・こと?
ピンクのスポットライトが・・・・・・何処からともなく聞こえてくる音楽に合わせて、妖艶に腰をくねらせて・・・・・・
いやいや・・・・・・俺何考えてんだろ。
「お前が変なこと言うから意識しちまうだろうが!!」
ボカッと充の後頭部を殴り、俺は二人分のミルクを持ってリビングに戻った。
冷静に!
落ち着け、俺っ!!
「ん」
一方のカップを手渡す。
「あ、ごめん・・・・・・気ぃ使わせて」
こんな状態のユキに・・・・・・ピンクのスポットライト・・・・・・
半開きの濡れた唇と潤んだ瞳・・・・・・
「倉科?」
うわっ!
「い、いいって別に。俺一人暮らしだし、たまにはダチと・・・・・・わいわい・・・・・・なぁ、充」
ちっ・・・・・・啓太と要を逃がすんじゃなかった。
今からでも呼び戻すか?
「ごめん、倉科・・・・・・あの、俺・・・・・・」
あ、俺ユキに気使わせてる。
「謝るなっつうの。疲れてるだろ、眠たくなったらいつでも俺のベッド使っていいぞ」
怪我人を床やソファで寝かせるわけにはいかねぇし、充はその辺に転がしておいても問題はない。
まぁ、さっきまで睡眠薬飲んで寝てたから眠たくねぇか?
「いや、俺は別に床でい・・・・・・いいから・・・・・・」
馬鹿者!床は固いだろうが!
「だ」
「だぁめ!!雛森くんは怪我人なんだし、倉科くんが良いって言ってるんだから遠慮しないでベッド占領しちゃいなよ」
そうそう。
充、俺の台詞を取るんじゃねぇ!
「倉科くんのベッド、キングサイズなんだよ。あ、そうだ!なんなら僕と一緒に寝る?子守唄歌ってあげようか?それとも三人で川の字になって寝ちゃう?」
ぶはっ!!!
俺は頷きながらミルクを口に運んでいて、充の一言で思わず全てを吹き出してしまった。
「か、川の字って・・・・・・」
しかも、充の子守唄って!!
一回しか一緒にカラオケ行ったことねぇけど、お前、超絶音痴だったじゃねぇか!
あんな歪な歌で健やかな眠りを迎えられるわけがねぇ!
「み、充!!アホなことを言うな!!」
見てみろ、ユキのヤツ、真っ赤じゃねぇか!!
お前の子守唄なんか聞いてたら、悪夢に魘されそうじゃ!
「やだなぁもう、二人して。冗談だってばぁ」
うふふって気持ち悪い笑い方してんじゃねぇよ。
充・・・・・・時々お前のテンションについていけない。
とにかく、この空気を変えようと、俺はテレビの電源を入れた。
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