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第23話
【 倉科side 】
ユキに名前で呼んでもらいたい・・・・・・
そんな願望が生まれて、どう呼ばせようか計画を練り始めた頃、何処かで携帯の着信音が鳴り始めた。
「あぁ、僕の携帯」
充が脱いであった上着の中から携帯を取り出す。
「あ、鉄ちゃん?」
鑑識の鉄ちゃんか?
こんなに朝早くに電話してくるなんて・・・・・・プライベートなことか?
それとも事件のことで何か進展があったのか?
「え?事件現場から・・・・・・里中真央の指紋が検出された?」
俺達に聞こえるように、内容を繰り返して充が口にした。
里中の指紋が事件現場から採取されたってことは・・・・・・やっぱり犯人は・・・・・・里中真央?
「胡桃ちゃんのマンションからも・・・・・・うん」
ユキを刺したのも・・・・・・里中?
「まだ何処にいるか分かってないんだね・・・・・・うん。僕らも会ってないよ」
里中は現在行方不明だと言う。
俺達が昨日張り込みをしていたあの家にも帰ってきてないし、夜勤めている店『薔薇の館』にも現れていないらしい。
交友関係を調べて、彼の行きそうなところを探しているが見付からない。
警察は里中真央を重要参考人として行方を捜し始めた。
鉄ちゃんとの通話を終え、俺達に話の内容を・・・・・・って、ユキ呼んでこねぇと。
すっかり冷めちまった朝食を暖めなおしているうちに、俺は寝室へ向かった。
「抜け駆けはダメだかんね!!」
しっかり啓太がくっついてきたが。
ノックを二回・・・・・・
「・・・・・・はい」
控えめな返事・・・・・・俺はそっと扉を開いて顔を見せた。
「起きられるか?事件のことで話があるんだけど?」
それまで横になっていたユキがベッドの上で身体を起こした。
俺を押しのけるようにして部屋に入って行った啓太に続いて俺も中に入る。
「里中真央が犯人だったんだ!!」
ユキに手を貸してやりながら、啓太が言う。
っつうか、お前、いきなりすぎだろ?
「さと、中が・・・・・・犯人って?」
それが自分を刺した奴の名前なのかと言いたそうな目を俺に向けてきた。
「林原さんの殺害現場からと、彼女のマンションから里中の指紋が出たんだと。で、その里中と現在連絡が取れなくって、行方も分かってない」
鉄ちゃんは、わざわざこんな朝早くに、警察では里中真央を需要参考人として捜索し始めたってことを教えるために電話をくれた。
ただ、ユキが倒れてたエレベーターからは里中の指紋は採取されてないって言ってたらしいことを最後に付け加えたらしいから、里中がユキを刺したのかどうかは正直なところ分からない。
分からないけど、状況からして・・・・・・ユキを刺したのは里中って可能性も高い。
「今までの電話も・・・・・・そいつが?」
非通知で、桐条胡桃の携帯に掛けてきてるヤツね?
それは・・・・・・どうなんだろう?
ボイスチェンジャー使ってるから、男か女かも解んねぇし・・・・・・まぁ使ってなくても、俺ら里中の声って知らねぇし?
「まだ分かんね・・・・・・とにかく本人が見つからないことには」
三人でリビングに戻る。
その間、ずっとユキの身体を支えていたのは啓太だった。
いや、本当は、啓太を引き剥がしたかったけど・・・・・・ここは、ちょっと大人の余裕ってやつを見せてだなぁ・・・・・・
そんな程度じゃ、ユキがお前に靡くわけねぇって言うかぁ・・・・・・ユキは俺の事が好きで、俺らは相思相愛なわけなんだから。
ユキをソファに下ろして、勝ち誇ったような顔で振り返った啓太の顔がムカついて、頬を思いっきり抓ってやった。
「いひゃいっ!」
「とりあえず、また温め直すのもあれなんで、食べながら聞いて」
充は紅茶を入れたマグカップを両手で挟んで口元に運ぶ。
俺は俺専用のマグカップに入ったブラックコーヒーを持ってユキの隣に腰を下した。
それを見た啓太が慌てて逆サイドに陣取る。
慌てなくたって、要も充も、それぞれ既に座ってるだろ?
ってか、このソファに男三人って正直きついんですけど?
特に啓太、てめぇはでけぇんだから。
「それで・・・・・・甲斐さん・・・・・・里中が犯人って?」
何も手にしないユキが話の先を促す。
「うん・・・・・・胡桃ちゃんのマンションの部屋から里中の指紋が検出されて・・・・・・林原さんの殺害現場からは微量の毛髪が見付かって、今はその鑑定結果待ちってことらしいんだけど」
里中が働いている店から採取した毛髪と、現場から見付かった毛髪のDNAが一致すると、かなり犯人の可能性は高くなる。
指紋と、毛髪。
「桐条胡桃の殺害現場には、里中が犯人だって指し示すものはなかったのか?」
それに・・・・・・おっさんの時は?
「それなんだけど・・・・・・」
なんだよ、途端に言いにくそうにして・・・・・・?
「僕らが持ってる胡桃ちゃんの携帯電話」
溜息混じりに吐き出して・・・・・・テレビの上に置いていた桐条胡桃の携帯を指差した。
「僕らの指紋がべたべたついた携帯に、ひょっとしたら里中の指紋がついてるかもしれないから調べたいって、鉄ちゃんが」
うわぉ・・・・・・俺やユキ・・・・・・
充も触ってるし、石橋も確か素手で触ってた・・・・・・
それに要も触ってたし・・・・・・
「これ?」
今は啓太が触ってる。
俺はその携帯を慌てて取り上げて充に渡した。
俺達の指紋で里中の指紋消しちまったんじゃねぇか?
「それから、昨日の報道番組のことなんだけど、テレビ局にFAXを送ってきたの、コンビニからだったみたい」
それが何処のコンビニなのか特定した警察は、その監視カメラに映っている犯人の映像を入手、現在分析中とのこと。
「でね、その映像、雛森くんを刺した人間に似てるかどうかも見てもらいたいから、連れて来てほしいって」
刺される一瞬だったろうから、犯人を見たって言ってもあんまり参考にならねぇんじゃねぇのか?
「俺が見た犯人って言っても・・・・・・レインコートのフード被ってて顔は見えてなかったんですけど」
「雰囲気だけでもいいんじゃない?」
充、そんないい加減な証言でいいのかよ?
「まぁ、これ食ったら行ってみようぜ」
三十分と経たない内にテーブルの上を埋め尽くしていた朝食の数々は、俺らの腹の中に納まり、充と要とで後片付けをしている間に、啓太に車の準備を、俺はユキの着替えを手伝って・・・・・・
「俺の服じゃやっぱ少しでかかったな」
これって、恋人同士でよくあるパターンじゃね?
「・・・・・・ちぇ」
袖の先、指がちらっと見える程度じゃん。
肩も落ちてるし・・・・・・
これって、前見たドラマで、恋人役の彼女が、彼氏のパジャマ着てて・・・・・・口元に両手を持っていってて・・・・・・
見詰め合って、どちらからともなく顔が近づいていって・・・・・・
「倉科?」
そう、そうやって下から俺の顔を覗き込んで・・・・・・って?!
「お、おぅ・・・・・・行くか?」
袖口を捲くり上げてやり、部屋を出てくると・・・・・・なんだよ、啓太、その眼差しは!!
ってか、お前車の用意しに行ったはずだろ?
「雛森くん、御姫様抱っこで車まで運んであんがぁ!!!」
「いらん!」
言い終わらないうちにユキの容赦ない鉄拳が啓太の顎を捉え・・・・・・
つ、強いなぁ、ユキ。
ははっ・・・・・・俺も言動には気を付けよう。
「い、行こうぜ」
無意識にユキの手を取って、足元で蹲っている啓太を避けて、玄関へ向かう。
まだ啓太は復活してこない。
ユキの拳は相当のダメージを啓太に与えたようだ。
こういう二人のやり取りって珍しくないのか、大して驚いた様子もなく要が啓太に寄って行って介抱している。
「先行ってるぞ」
部屋に二人を残して駐車場へ向かうと、サイドミラーで髪型を整えていた充がニッコリ笑ってユキの為に助手席のドアを開けてくれた。
「あ、ありがとう」
素直に礼なんか言って・・・・・・
「どういたしまして・・・・・・あれ、啓太は?」
お前が啓太を寄越したのか・・・・・・充、お前、おもしろがってるだろう!
数分後、涙目で顎を押さえた啓太と、部屋の鍵をジャラジャラと弄びながら後部座席に乗り込んだ要、当然のように俺が運転手で、五人を乗せた俺の車は警察署へと向かった。
ユキの後ろに乗っている啓太は、懲りていないのか、ユキにいちいち構ってる・・・・・・
けど、啓太の声が届いていないのか、ユキはずっと窓の外を眺めてて・・・・・・生返事を繰り返してる。
「ユキ?」
赤信号で停車した時、俺はユキの頬に手を伸ばした。
「え、何?」
顔色は・・・・・・悪くねぇけど?
「大丈夫か?」
包帯替えた時に薬飲まされたらしいけど・・・・・・ただ眠いだけか?
充のやつ、また何か混ぜたか?
「大丈夫・・・・・・ただ、倉科の運転する車の助手席に座ってるっていうのが・・・・・・・・・・・・その、なんて言うか」
なに?
なんで?
昨日も乗ったろ?
「嬉しいんでしょ?」
うるさい、充!
そういうことは本人の口から直接聞きたいだろ?
真っ赤になって俯いちまったじゃねぇかよ!!
「・・・・・・そういうことで」
再びユキは窓の方に顔を向けちまった。
耳まで赤いぜ?
可愛いこと。
これで後部座席の邪魔ものがいなかったら・・・・・・
2人っきりだったらなぁ・・・・・・
「これからいつでも乗せて走ってやるっつうの」
ぐしゃぐしゃっとユキの髪を掻き乱して、信号の変わった交差点に入った。
「雛森くん、僕の運転はどうだった?よく助手席に乗ってたじゃない、嬉しくなかった?」
啓太・・・・・・お前なぁ・・・・・・いちいち俺と張り合うんじゃねぇよ。
「はいはい、嬉しかった、嬉しかった・・・・・・啓太、人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られてなんとやらって言うんだよ」
要・・・・・・啓太のこと宜しく頼む。
バックミラーで啓太を慰める要に視線を送り、アクセルを踏んだ。
それからは一度も信号に引っ掛かることなく、警察署へ到着。
石橋を呼び出して・・・・・・会議室のような所へ通された。
俺らの前にそれぞれお茶が運ばれてきて、ユキが石橋に桐条胡桃の携帯を渡して・・・・・・
それを別の刑事が持って行って・・・・・・
この部屋に一台しかないテレビの前に集まって、例のコンビニの防犯カメラに映っていた犯人らしき人物がFAXを送っている映像を見せてもらった。
「ってか、この角度じゃ全然顔とか分かんねぇじゃん」
モノクロだし?
帽子を目深に被ってて顔なんて見えねぇ・・・・・・体型は痩せ型・・・・・・一緒に映ってるもんからして、あんまり背は高い方じゃねぇな。
「どうかな、由貴くん」
聞くまでもなく、そんなこと分かるわけねぇと思うけど?
こんな映像じゃ無理だろう。
ほら、ユキの奴、確信が持てねぇみたいに黙ったまま、じっと画面を見詰めてる。
「じゃぁ、別角度のも見てくれるかな?」
石橋が今見ていたディスクを取り出して、別のをセットした。
店の外に設置されたものらしく、先程より遠い。
それを、ちょちょいと操作して、犯人がアップにされた。
更に画像解析をして、さっきよりは犯人の輪郭がはっきりと映し出される。
けど、口元だけ・・・・・・薄っすら笑みを浮かべてる。
「ごめんなさい、よく分からない」
しょうがねぇよな。
とにかく、さっさと犯人捕まえようぜ?
一通り監視カメラの映像を見終えた所で、この部屋の扉がノックされて・・・・・・
顔を覗かせたのは鉄ちゃんだった。
「失礼します・・・・・・あの、携帯を・・・・・・」
指紋を取り終えたらしい、桐条胡桃の携帯を持ってきてくれたようだ。
そして、その携帯には俺達以外の指紋が一つだけあったが、それは里中真央の指紋ではなかったらしい。
警察に保管されているデータとは一致しなかったらしいから、犯人に前科はない。
誰のものなのかは、まだ分からない。
なのに、この携帯を俺達に返してくれる・・・・・・んだけど・・・・・・いいのか?
「あの初めまして、甲斐鉄平と言います。充ちゃんから噂はよく聞いてたんですけど」
鉄ちゃんのフルネームって初めて知った。
桐条胡桃の携帯をユキに渡して・・・・・・そのまま両手をぎゅって握って?
見詰め合って?
「ほんと、噂通り可愛らしい人ですね」
にっこり笑って・・・・・・ってか、近くねぇか?
そんなに顔近づける必要あるのか・・・・・・ねぇよな?
「はい?」
ユキはきょとんっと・・・・・・無防備過ぎだろう?
ピキッて、俺の頭の中で、何かがピキッて音を立てて折れて・・・・・・気がつくと、俺は鉄ちゃんが握っていた手を引き剥がしていて。
「あの、初めまして・・・・・・雛森です・・・・・・甲斐さんから聞いてる噂って、何のことですか?」
ユキ、それが気になるのか?
いや俺も気になる・・・・・・充の奴、鉄ちゃんに何て言ったんだ、ユキのこと。
「・・・・・・それは・・・・・・ねぇ?」
くるっと振り返って、充と顔を見合わせて、ねぇって・・・・・・なんだよ、充、その意味深な笑みは?
良からぬことか・・・・・・良からぬことなんだな!!
「えっと、倉科くん、ちょっと落ち着いてくれる?君が考えてるようなことじゃないから。可愛い人だって言うことくらいしか言ってないから・・・・・・ね?」
落ち着けだと?
可愛い人だと?
ユキのことロクに知りもしないで、他の野郎にユキのこと可愛いって宣伝してんじゃねぇよ。
「うわぁ、遼先輩嫉妬心バリバリで格好悪い」
うるせぇよ、啓太。
「啓太はいいの?」
「だって僕は心に余裕ってものがあるから・・・・・・誰かさんと違うもん」
誰かさん?
おぅ、そりゃ俺は余裕なんてねぇよ・・・・・・なんたって一度フッた身ですから!!
必死ですとも。
今度は俺が捨てられるかもしれねぇじゃんか!
俺が要と啓太の会話に気を取られていた隙に、くすくす笑いながら鉄ちゃんがユキと話してる。
いや・・・・・・なんだろう、少しだけ違和感がある。
ユキの奴、鉄ちゃんを警戒してるように見えるのは俺の気のせい?
人見知りが発動しちゃってるだけか?
「ユキ、そろそろ病院の方にも顔出さねぇと」
腕時計で時間を確認して、そろそろ切り上げる事にした。
絶対毎日検診を受けに行くっていう条件で、無茶言って退院してきたって啓太に聞いてる。
「うん・・・・・・あの、石橋さん、それじゃ」
「あぁ、気をつけて・・・・・・何か分かったら連絡するし、君も無理はしないように。倉科くんの言うことちゃんと聞くんだよ?」
俺の言うこと・・・・・・大人しく聞くわけねぇっつうの。
「はい」
うわぁ、素直に返事してるよ・・・・・・
ほんと俺の言うこと聞いてくれてたら今頃こんなとこにいないで、ちゃんと入院してると思うけどぉ?
俺とユキを先頭に警察署を出て、それぞれ行きと同じように車に乗り込む。
病院に向かって発進させると、少ししてユキが窓の外の流れる景色を見つめたまま何かを呟いた。
「なに、どうした?」
俺は聞き取れなくって、なにか呟いた事も聞こえなかった後ろの面々が一斉にユキに集中する。
「え、いや・・・・・・その、さっきの人って、見舞いに来てたことあった?」
さっきのって・・・・・・鉄ちゃん?
お前の病室に?
「ねぇだろ?」
俺は充と一緒に行ったけど、病院の回りで鑑識の人は誰も見てないし、もし鉄ちゃんがいたんなら充が気付いただろうし。
「そう・・・・・・だよな・・・・・・初めまして、って感じがしなかったから」
別にこれといって特徴のある顔じゃなかったと思うし?
「雛森くん、事務所の仕事とかでよく警察に出入してるんでしょ?鉄ちゃんとは廊下ですれ違ったことがあったのかもよ?」
充の意見に俺も賛成。
あり得る話だ。
「・・・・・・そうなのかな・・・・・・そうなんだろうな・・・・・・」
まだ納得しきれていないようだけど・・・・・・?
「何が引っ掛かってるんだ?」
「なんでもない、俺の勘違い」
ユキは再び窓の外に視線を向けてしまった。
「ねぇ、鉄ちゃんのこと、病院で見た事があるの?」
そうだ、充の言う通り、さっきユキは鉄ちゃんが見舞いに来たことがあるのかと聞いた・・・・・・ってことは、警察署ですれ違ったわけじゃねぇんだよなぁ?
「・・・・・・だと思ったんだけど・・・・・・そんなはず、ないですよね」
「うぅん、今度僕から聞いておいてあげるよ・・・・・・気になったままじゃ嫌でしょ」
だよな、うん、気持ち悪いもんな。
「鉄ちゃんも何か仕事で病院の方に寄ってたのかもだし、誰か知り合いが入院してるのかもしれな・・・・・・」
ん?
どうした、充・・・・・・途中で止まってる。
「他の病院になら・・・・・・鉄ちゃんの身内で、入院してる人いるって知ってるんだけど」
鉄ちゃんの身内なら、お前にとっても身内だろうが!!
「どなたか悪いんですか?」
「うん・・・・・・鉄ちゃんの妹」
へぇ、鉄ちゃんって妹さんがいるのか。
「本当の兄妹じゃないんだけど・・・・・・鉄ちゃん達、養子だから」
養子って・・・・・・そんな家庭内の事情まで聞いちまっていいのかよ?
「僕の父の兄夫婦は子供に恵まれなくって・・・・・・身寄りのない子供達を引き取って育ててる・・・・・・今は七人兄弟になっちゃってるよ」
そりゃ大家族だな。
「鉄ちゃんはその一番上で、入院してる妹っていうのが、鉄ちゃんのすぐ後に引き取られた真希那ちゃん」
歳は、桐条胡桃と同じ。
「・・・・・・そういえば、真希那ちゃんも君達と同じ中学だ」
へ?
「え?」
「あのアルバムに載ってるかも・・・・・・例のアルバムは持ってきてる?」
「持ってきてたはずだよ」
ごそごそと荷物の中を漁って、要が卒業アルバムを充に渡した。
すぐに甲斐真希那を発見。
「可愛い」
俺は前を見て運転しなきゃいけないから、要の感想で想像を膨らます。
「黒髪の、ぷるっとした唇で・・・・・・・・・・・・色白くって・・・・・・日本人形みたい」
ガラスケースに入って飾られている、あの着物着た感じか?
夜になると髪が伸びると言う・・・・・・あの日本人形か?
「昔から入退院を繰り返しててね・・・・・・病名とか詳しい事は親達しか知らない。僕らは子供だったから、教えてもらってないんだけど」
赤信号で停まって、要からアルバムを受け取った。
「美少女だな」
見たままの感想。
「そう言えば、真希那ちゃん、たまにしか通えなかった中学に格好いい先輩達がいるって嬉しそうに話してたって。ひょっとして、それって君らのことじゃない?中学ではかなりの有名人だったんでしょ、二人とも」
は?
有名?
「え?」
「あ、そう言えばそうだ、思い出した!真希那ちゃん写真持ってたよ・・・・・・あれ体育祭だったかな?隠し撮りだったと思うけど」
隠し・・・・・・まぁ、撮られてたのは知ってたけど・・・・・・
それを持ってる人間が身近にいたとは。
「アレ君達だったような気がする」
う~んって唸って・・・・・・
「そうだよ!雛森くんだ!」
充が確信したようだ。
「え?ユキ?」
ユキにアルバムを渡して、青信号に変わった交差点へ入る。
「そう!雛森くんだよ!」
その隠し撮りの写真、充も見た事があるのか・・・・・・
中学時代、ひっそりと雛森ファンクラブなどというグループが結成されていたことを俺は知っている。
まぁ、本人は知らなかったろう?
だって、お前が超のつく人見知りだって事そのメンバー達は知ってたから、お前に気付かれないように細心の注意を払ってたみたいだし。
そのせいでユキ以外の人間にはバレバレだったんだぜ、そいつらの行動。
「今度見舞いに行ってあげてよ。すっごく喜ぶと思うんだ」
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