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第26話
【 雛森side 】
「なんで俺はダメで倉科はいいんだ?」
あの後、桐条胡桃のマンションを出て、再び倉科のマンションへ戻ってきた。
倉科が里中の携帯に電話を掛けるって言ったら、誰も反対しなかった・・・・・・
なんでだ?
納得いかない。
車中で、例の手帳を調べていた啓太がさっきのページ以外にも破り取られている部分があると発見して、今甲斐と二人、リビングのテーブルの上で文字を浮かび上がらせる作業中。
倉科は『腹が減っては戦は出来ぬ』とか言いながら俺らの夕飯を作ってくれていて、要がその助手をしている。
要って料理出来たのか・・・・・・
「なぁ・・・・・・皆忙しいだろうし、俺が・・・・・・」
その間に、里中の携帯に電話を・・・・・・
その方が効率的じゃないかと思うんだけど。
「ダメだっつったろ」
独り言程度の音量だった俺の声を拾った倉科が近づいてくる。
「お前、怪我人なんだから床に座ってないでソファに座れ。暇ならテレビ見てろ」
そう言ってテレビの電源を入れて、リモコンをくれた。
「なんか俺だけ仲間外れにされてない?」
「してない、してない」
こっちを見もせずに啓太が言う。
手元にあったティッシュの箱を投げ付けると、見事、啓太の頭部に命中!!
「痛いなぁ、もう」
ふんっ。
「俺だけ何もしないでテレビ見て待ってるなんて出来ねぇよ」
「しょうがないだろ、ユキ料理出来ないんだから」
た、確かに料理は出来ないけど・・・・・・なんでそれを倉科が知ってるんだよ!
中学校以降、俺が料理を勉強したとか思わないのか?
「こんな小さな手帳調べるのに三人もいらないでしょ?」
甲斐の言う事も分かるけど・・・・・・
図体のでかい啓太より、俺の方が器用に・・・・・・素早く動ける気がするんだけど。
「雛森くんの場合、きっと字浮かび上がらせるどころか、力強すぎて黒く潰しちゃうんじゃない?」
啓太、てめぇ・・・・・・自分のこと棚に上げて・・・・・・なんか近くに投げるもんねぇか?
「はい、大人しくテレビ見ててね」
そう言って要が俺にホットミルクの入ったマグカップをくれた。
いいさ。
里中の携帯に電話するのがダメなら、別のとこに電話する。
「倉科、電話帳どこにある?」
「電話帳?何処にかけるんだよ?」
うっわぁ、あの顔、思いっきり疑われてるぅ・・・・・・
俺、そんなに信用ない?
「仕事の電話。他の依頼人もいるから、そっちにも連絡しないと・・・・・・里中の携帯にじゃないからいいだろ?」
訝しげにジッと見られて・・・・・・
「・・・・・・・・・分かった」
倉科は電話帳の場所を教えてくれて、子機まで手渡してくれた。
「部屋借りる」
「んあ?お、おぅ」
倉科の背中に声を掛けて、寝室への扉を開けた。
ベッドの上に腰を下し、電話帳を開く。
幾つも並んでいる飲み屋の名前を指で辿って・・・・・・あった。
他の店より少しだけ大きく太く強調されている。
『薔薇の館』
壁掛け時計を見上げて、非通知設定をしてからナンバーを押す。
里中には掛けないさ。
里中には。
俺は、エミリに電話を掛けるんだ。
数回コールした後、受話器の向こうに男が出た。
「はい、こちらは薔薇の館でございます」
「あの、すみません、ちょっとお伺いしたいんですが・・・・・・そちらに、エミリという子はいますか?」
ここは里中真央が勤めているはずの店だ。
警察にマークされているはずだから、出勤している可能性は低いけど・・・・・・
いなかったらいなかったで、なにか情報が聞き出せればいい。
「エミリですか・・・・・・あ、ひょっとして・・・・・・うふっ、ちょっとお待ちください。エミリちゃぁん?」
いきなり感じが変わって、一瞬ぞくっと背中を冷たいものが駆け上がった。
ってか、いるのか?
一気に緊張が高まる。
ゴトッという音がして・・・・・・
受話器をテーブルの上にでも置いたんだろうか・・・・・・
数秒後・・・・・・
「もしもし、私がエミリですけど・・・・・・あの、どちら様ですか?」
この声がエミリ?
「もしもし?聞こえてますかぁ?」
どっかで聞いた事があるような、ないような・・・・・・
「あのぉ?」
「雛森です」
電話の相手が俺で驚いたか?
「里中真央さん、ですよね?俺は、雛森由貴です」
さぁ、どう反応する?
「どう・・・・・・し、て?」
どうしてって・・・・・・こっちが聞きたい。
あんた、重要参考人だよな?
警察にマークされてるんだよな?
必死に、あんたのこと探してる・・・・・・はずだよな?
何を暢気に店に出てんの?
それとも、もう警察の事情聴取は終わって、容疑は晴れたのか?
石橋さんからは何も聞いてないけど・・・・・・
「君に聞きたいことがあるんだけど」
「え?ちょっと待って・・・・・・待って・・・・・・ダメよっ!」
え?
何?なにか揉め事でも発生した?
よく聞こえないけど?
「もしもし?里中?」
なんだか様子が変じゃぁ・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・里中?」
静かになった?
何かあったのか?
「なんですか、聞きたいことって?なんでもお話しちゃいますよ?」
は?
なんだよ、いきなり態度が急変した・・・・・・
でも・・・・・・さっきの声質と違うような?
気のせいか?
「これからエミリは仕事なのぉ・・・・・・だから、終わってから会いませんか?」
え?
「お店、ママに頼んで開けておきますから・・・・・・ね?」
何を企んでんだ?
「待ってますから、きっと来て下さいね・・・・・・あ、一人で来てくださいよ?私、恥ずかしがり屋なんです。絶対ですよ?待ってますからね!」
プツッと一方的に通話は終了。
店の住所は電話帳に載っている。
営業時間も書いてある・・・・・・
皆が寝静まった頃を見計らって・・・・・・
こっそり抜け出して・・・・・・
倉科の車借りて・・・・・・
「・・・・・・よし」
腹を決めてベッドから立ち上がる。
「何が『よし』だ?」
切れたはずの受話器からなぜか倉科の声が聞こえて、ドキンと心臓が跳ね上がって・・・・・・
思わず子機を落っことしてしまった。
「な・・・・・・内線?」
内線ボタンが赤く光っている。
「皆に筒抜けだよ」
ノックも無しに寝室の扉が開け放たれた。
立っていたのは・・・・・・要と啓太。
「悪いと思ったけど親機の方で二人の会話全部聞いちゃった・・・・・・だから僕達も一緒に行く」
一緒にって・・・・・・俺一人で来いって言われたんだけど・・・・・・
だいたい俺仕事の電話だって言ったよな?
機密事項とか話すかもしれないのに、親機で会話を聞いてるってどうなんだよ?
いや、俺が挙動不審だった?
俺の行動読まれてたわけね?
これじゃぁ、こっそり出て行くことも出来なさそうだ・・・・・・かと言って、こいつらを危険な目に合わせるわけにもいかないし。
どうしようか・・・・・・里中真央の狙いは俺一人なわけだし・・・・・・
ここからどうやって抜け出して、どうやって里中真央のいる店に向かおうか、そう考え込んでいたら・・・・・・
「こら、ユキ!」
ぐしゃぐしゃっと倉科の手が俺の髪を掻き回した。
「な、なに?」
倉科の手を両手で止めた。
けど、考えていたことの後ろめたさから・・・・・・ふいっと目を逸らす。
「倉科っ」
倉科の両手が俺の頬を挟んで押さえ、じっと瞳を覗き込まれてしまった。
ちっ・・・・・・近い・・・・・・心臓に悪いってば!
「お前、俺を不幸にさせたい?」
へ?
そっ、そんなわけないだろ!
ででででも、首を左右に振りたいけど、倉科が固定してるから動けねぇ!
「そんなこと・・・・・・」
「じゃぁ、ユキはこれから一瞬でも一人にはなるな!」
は?一瞬でもって?
「はぁ?ちょっと、待って」
「のこのこ一人で店に乗り込んでって、今度こそ殺されちゃったら洒落にならないよ?」
甲斐、嫌なこと言うな!
しかも、のこのこって・・・・・・
「俺、死ぬ気はありませんけど?」
そんな簡単に殺されてたまるか!
「だったら」
ニッと倉科の唇の端が吊り上る。
「作戦会議といこうじゃないか」
作戦って・・・・・・なんでお前ら、そんなに楽しそうなんだ?
でもまぁ、腹が減っては戦は出来ぬ。
「兎にも角にも、まずは腹ごしらえしようぜ」
倉科の言葉に反応したのは、啓太の腹の虫。
ぐーぐーぐーぐー、うるせぇっての。
腹の中で猛獣飼ってんのか、お前は!
倉科、俺の苦手な食材は使わないでくれたんだな。
「念のため、石橋には連絡入れておくから」
え?
倉科、石橋さんと電話番号交換するくらい仲良くなったのか?
いつの間に?
ってか、年上を呼び捨てにしちゃいけないぞ、うん。
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