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第29話

【 雛森side 】 救急車が到着したのは倉科が連絡を入れてから十分後だった。 要と啓太は現場を保存するために動き回り、その後ろを甲斐がちょろちょろついて回って・・・・・・ その間倉科はずっと側にいてくれて・・・・・・ 漸く警察がやって来た。 「由貴くん」 鑑識を引き連れた石橋さんが店へ入ってきた。 「君達が第一発見者なのか?」 捜査員が散らばる中、石橋さんは店の隅に固まっていた俺達の所へ近づいて来た。 倉科が状況を説明してくれて・・・・・・ 俺はただぼんやりとその光景を眺めていた。 「大丈夫?」 目の前で手をひらひらと振られて、その腕を辿っていって、甲斐を見上げた。 「・・・・・・ん、大丈夫」 なんか、いろいろあり過ぎて疲れただけ。 「もういいか、おっさん?ユキ連れて帰る」 おっさん? 倉科におっさんと呼ばれた石橋さんは、ムッと顔を顰めたが、俺の方をチラッと見て・・・・・・ 「寄り道せずに帰れ!で、さっさと、大人しくこいつを休ませること!」 行って良し、と許可をくれた。 こいつって・・・・・・俺の事・・・・・・・・・・・・だよな・・・・・・ 普段こいつなんて言い方しないのに・・・・・・石橋さん、怒ってるのかな? 里中が運ばれた病院へ行ってほしいけど・・・・・・この様子じゃ頼めそうにないし。 倉科もきっと真っ直ぐマンションへ帰るだろう。 時間も時間だし・・・・・・ 手の中でジャラジャラと車のキーを弄ぶ倉科の横顔を見詰めて、小さな溜息を漏らした。 「ん?」 俺の視線に気付いて顔を近づけてき・・・・・・ 「どうした?」 近い近い近い近い近い!!!! 「なんでもない・・・・・・俺帰る前にちょっとトイレ行ってくる」 倉科が引き止める前に、その腕から逃れて、捜査員の間をすり抜けて・・・・・・ 店の奥にあった化粧室へ入った。 倉科・・・・・・大胆だなぁ・・・・・・ あんなに人がいる前で、あんなに顔近づけてくるなんて。 ドキドキする・・・・・・心臓に悪いって! ここは地下で・・・・・・この化粧室にも人が出入り出来るほど大きな窓はない。 五分程、その場所で、ただボーッと突っ立っていた。 頭の中がぐしゃぐしゃだ・・・・・・纏まらない。 どうして里中は刺されたんだ? 電話で俺と話してた声は里中のじゃなかった・・・・・・ 他に誰かいたみたいだし・・・・・・ 仲間だったんだろうか? で、仲間割れしたのか? 俺と話してたのは・・・・・・誰なんだ? コンコン・・・・・・化粧室の扉がノックされて、俺は倉科が追いかけてきたんだと思っていた。 返事をしない俺に焦れたのか、もう一度ノックがあって・・・・・・ガチャッと扉が開いた。 「雛森さん、大丈夫ですか?」 そう顔を覗かせたのは・・・・・・えっと? 「甲斐・・・・・・さん?」 甲斐の従兄弟とかって言う、鑑識の人だった。 確か、甲斐鉄平。 「なかなか戻って来られないので、みなさん心配してみえますよ?」 そんなに時間経ってた? 「捜査の邪魔だからって他のみなさんは店の外に出されてしまったんです・・・・・・あとは雛森さんだけですよ?」 あ・・・・・・そうなんだ。 「すいません・・・・・・すぐに出ます」 あれ? 甲斐さんの隣を通り過ぎようとして違和感。 「あの、甲斐さんって眼鏡してましたっけ?」 銀縁の眼鏡・・・・・・ 最初に会った時には掛けてなかったと思うんだけど? 「あぁ、コンタクトの時が多いんですけど、ここへ来る途中で落っことしてしまって・・・・・・眼鏡持ってて良かったです。あははっ」 随分度がきつそうな眼鏡だな。 「こぉら由貴くん!!まだいたのか!!」 漸く化粧室から出てきた俺を待ち構えていた石橋さんに腕を掴まれた。 「あ、じゃあまた・・・・・・御大事に」 「え、あ、どうも」 丁寧に頭を下げる甲斐さんに向かって一礼し、石橋さんに引き摺られるように店の外へ。 「ユキ」 既に入口を取り囲むように立入り禁止の黄色いテープが張られた外側で、倉科達が俺を待ってくれていた。 随分野次馬も集まって来ている。 夜中だっていうのに暇な人間の多いことだ。 さっき出て行ったこの店の従業員達も戻ってきたようだ。 彼ら・・・・・・いや彼女らと入れ替わるように俺達は店から離れた。 本当ならこのまま俺達の事情聴取をしなきゃいけないんだろうけど、俺の様子を見た石橋さんが家に帰ることを許可してくれたらしい。 マンションへの帰り道、車中は静かで・・・・・・ 誰も一言も話す事はなく・・・・・・ 昨日と同じように倉科の寝室へ入れられて・・・・・・俺はベッドに倒れ込んだ。 キングサイズのベッドに1人じゃ・・・・・・大きすぎるよ、倉科・・・・・・ いや、だからって隣に倉科がいても緊張するから眠れないんだろうけど。 倉科が隣に? 枕に顔を埋めて・・・・・・ 目を閉じて・・・・・・ 五分経って・・・・・・ 三十分が過ぎて・・・・・・ 一時間が経過しても・・・・・・でも眠れなかった。 疲れているはずなのに・・・・・・ それから少しして・・・・・・ コンコンっと控えめなノックと共に、扉が開いて、倉科が顔を覗かせた。 「ユキ、寝てる?」 倉科? 「って、起きてんのかよ」 部屋へ入って来た倉科を目だけで追った。 「眠れそうにねぇ?」 俺の頬に触れた倉科の手はひんやりとしていて気持ちいい。 本当なら倉科がこのベッドを使うべきなのに。 「俺、このまま一緒にいてやろうか?」 倉科の声のトーンが心地いい。 俺は無意識に小さく頷いたみたいだ。 「んじゃ、そっち詰めて」 へ? ゴソゴソと・・・・・・ ベッドに上がってきて・・・・・・・・・・・・ え? なんで? なに? 「かっ、きっ、くっくくく倉科さん?」 声が裏返った。 「倉科さん?ふっ、なんだよ?」 なんだよ、じゃねぇっ!! 笑った顔にドキッとして、心臓が止まるかと思った。 「なっななな、なにしてんだよ?!」 そんなにくっつくな!! 心臓が止まる! 「いくら広いっつっても、こんな端っこじゃ落ちるだろうが?」 落ちるわけねぇよ! だって、このベッド、キングサイズなんだろ! 「いや、そうじゃなくってっ!!!」 何考えてんだよ!! 「大丈夫だって・・・・・・その、何もしねぇから」 何もって・・・・・・? 大丈夫って? 何をしないって? 「何っんぐ!!」 なんで口塞ぐぅ!! 「何大声出そうとしてんの?皆起きるだろ?」 啓太達は寝てんのか?! 「ドア開いてんだから、大きな音出したら起き・・・・・・いや、啓太は起きねぇな」 なんで? ってか、ドア開いてんの? 誰か来たらどうすんだよ? 「あいつうるせぇから一服盛った・・・・・・ユキ、今更一緒の布団で寝るくらい恥ずかしがるなよ」 いや、そうだけど・・・・・・いやいや、そうじゃなくって!! 今更って言われたって! だって! 「修学旅行の時だって、他の部屋の奴らが俺らの布団占領しちまったからって、二人で一つの毛布に包まって寝たことあったじゃん」 いつの話してんだよ!! だって、あの頃とは違っていろいろ問題が!!! 倉科ってばぁ・・・・・・ 「ぐだぐだ考えてねぇで、ほら」 ぐいっと頭を抱き寄せられて・・・・・・ 「寝ちまえ!!」 こんな態勢でどうやって寝ろっつうんだ、倉科!! まるっきり男と女の情事が済んだ後みたいな・・・・・・・・・・・・ いや、昼ドラとかでしか見たことねぇんだけど。 心臓がバクバクいってる。 倉科に気付かれたら・・・・・・ どうしよう・・・・・・顔も熱い。 倉科、髪に指入れんな!! くすぐったい・・・・・・ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」 はい? 「く、倉科さん?」 返事が・・・・・・・・・ない。 「・・・・・・すう・・・・・・すぅ・・・・・・」 ね・・・・・・寝やがった!!!! 俺だけ緊張して・・・・・・ 握った拳がわなわな震えて・・・・・・ くそっ・・・・・・倉科、腕が重い・・・・・・ どけって・・・・・・う、動かねぇ。 倉科の腕ががっちりと俺を掴んでいて離してくれない。 こんなんじゃ絶対寝れないって思ってたけど・・・・・・そのうち俺も眠りに落ちていった。 それから三時間程経った頃・・・・・・ 「ちょっとぉぉぉぉっ!!!!!」 啓太の大声で目が覚めた。 「うるせぇな啓太」 頭上で倉科の声がして、一気に覚醒した俺は飛び起きた。 「人が寝てる間にぬぅわぁにしてんのぉ、遼先輩!!!」 「何って・・・・・・ユキと一緒にお寝んね」 お・・・・・・お寝んねって・・・・・・言い方が、なんか、可愛い。 「ウッキー!!!!一緒ってなにぃ!!!!」 啓太・・・・・・朝っぱらからそのテンションは・・・・・・やめてくれ。 頭にガンガン響く。 「ユキ、大丈夫か?」 あぁ・・・・・・って、どうして倉科上半身裸なんだ? 昨日はちゃんと・・・・・・? 「なに?」 俺はちゃんと着てるし・・・・・・? ん? あれ? 俺いつパジャマなんて着たんだ? え? まさか? 俺無意識のまま、倉科に・・・・・・? なんで覚えてねぇんだ、俺・・・・・・勿体ねぇだろっ! いや、勿体ないってなんだ! 「おーい、ユキちゃん?」 見るな倉科・・・・・・俺今顔赤くね? 「耳まで真っ赤だけど?」 顔を覗き込むな!! 「はいはい、そこまで」 手を叩きながら登場したのは甲斐と要だった。 「啓太、うるさいよ。朝食の用意するから手伝って、ほら」 要が啓太を引っ張っていく。 「倉科くん、そんな恰好のままじゃ雛森くんの目に毒でしょ・・・・・・早く何か着て」 目の毒って・・・・・・いや、確かに目のやり場に困るけど・・・・・・ 中学ん時はいつも見てたわけだし・・・・・・ なんで今更意識してんだろ。 「ユキ、お前、俺の裸なんて見慣れてるだろ?」 中学ん時よりは引き締まってていい身体になってんな・・・・・・ 無意識に俺は倉科の腹筋に触れた。 「ユキ、くすぐったい」 「僕は邪魔?」 甲斐の言葉でハッと我に返る。 「い、いえ・・・・・・すいません!今起きます、すぐ起きます!!!」 俺は倉科を残し、部屋を飛び出した。 布団から飛び出した瞬間、グキッて変な音がして、拳に鈍い痛みが走ったけど、気にしてられない。 洗面所で顔を洗い・・・・・・濡れたままの顔を鏡に映す。 朝起きたら、俺の隣に倉科がいたなんて・・・・・・ この顔の横にだぜ? 俺、倉科に好きって言ってもらえて・・・・・・ 嘘みたいだけど、両思いになれて・・・・・・ すっげぇ嬉しいけど・・・・・・この先ってどうなるんだろう? この先・・・・・・? 普通のカップルなら、手繋いで遊園地に行ったり、映画に行ったり・・・・・・ 買い物に行ったり・・・・・・ 雰囲気の良い感じの店で食事をして・・・・・・ それから・・・・・・ 「雛森くん、鏡と睨めっこしてるの?」 鏡に映り込んだ啓太の腕が伸びてきて、俺を背後から抱き締める形になった。 「こうやって倉科が抱き締めてくれて・・・・・・」 啓太を見上げて、ぼんやりと・・・・・・口走ってしまってから。 「え?遼先輩?」 「いや、なし!!!」 慌てて啓太の腕を振り解いた。 「今のなし!!!聞かなかったことにしろ!!」 振り回した裏拳が啓太の顔面にヒットしたが、俺は啓太をそのまま放置してリビングに入った。

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