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第35話
【 雛森side 】
「あ、ねぇ、雛森くん、あそこ」
目の良い要が前方を指差す。
フロントガラスを濡らす雨をワイパーで払いながら、その姿を見付けて・・・・・・
要は減速し・・・・・・タイミングよく車線変更が出来て・・・・・・
窓を下ろした。
「充さん」
「あぁ!ちょうど良かった、乗せて」
返事をする前に甲斐は車の後部座席に乗り込んできた。
再び要が車を発進させる。
「さっき、倉科くんにはメールで伝えたんだけど」
岩月浩二の事故について・・・・・・
コピーされた資料の何枚かを渡された。
携帯で見たニュースのページに載っていた写真と・・・・・・
別角度の大破した車の写真がいくつかあって・・・・・・
岩月浩二とラベルが貼られた写真があって・・・・・・そう、この顔だ。
間違いない、俺、石橋さんの披露宴で会ってる。
「飲酒運転について・・・・・・ここ、どう思う?」
甲斐の指先には・・・・・・
「岩月さんは一滴も酒が飲めない人間だった?」
石橋さんの披露宴の時も・・・・・・飲んでなかったのか?
林原さんは人並みにって言ってたけど、恭介と石橋さんって酒豪だから、岩月さんもきっと飲めるって思い込んでた。
その岩月さんの飲酒運転・・・・・・
転落事故を目撃、通報したのが・・・・・・
「え?石橋さん?」
そう言えば・・・・・・石橋さん、俺になんで岩月さんを知ってるかって聞いたんだ?
岩月さんとは・・・・・・石橋さんの披露宴の時の1回だけしか会った事はない。
その時も全然話せてないけど・・・・・・
俺が恭介以外誰ともしゃべってなかったの・・・・・・石橋さんだって知ってたはずだ。
石橋さんとも、林原さんとも・・・・・・あの頃の俺は、まともにしゃべれなかったんだから。
恭介が、俺のこと、極度の人見知りだからって言ってて・・・・・・
それでも皆優しくしてくれて、俺も、ゆっくり打ち解けてって・・・・・・
あの頃とは随分変わったよなぁ、俺。
それは全部、恭介のおかげ・・・・・・なんだよな?
「それからね、鉄ちゃんから連絡もらって僕なりに少し調べてみたんだけど」
調べたって何を?
俺と要は顔を見合わせた。
っていうか、甲斐鉄平から連絡をもらった?
「2人とも、鉄ちゃんとその妹の真希那ちゃんが今回の事件に関係してるんじゃないかって疑ってるんだって?」
は?
いきなり何を言ってんだ?
「ひょっとして僕の事も疑ってたりする?」
え?
俺達、そんな露骨な態度取ってたか?
「別に充さんのことは疑ってなかったけど」
へ?
そうなのか?
俺は、ひょっとしたら甲斐もグルかもって・・・・・・
けど、こんな時にそんなこと答えられるはずもなく、ただ答え方に困っていると・・・・・・
「しょうがないよ、血が繋がってないっていっても僕も身内だからね」
この際血の繋がりは関係ないと思うんですけど?
「で、身の潔白を証明するためにさ、コッチの事もいろいろ調べてきたんだよ・・・・・・これ」
そう言って差し出されたのは・・・・・・特殊な医療機関の名前が書かれた封筒で、中には数枚の用紙。
「何ですか、コレ?」
「真希那ちゃんの不自然な行動の理由について」
見出しには『多重人格について』と記されてるけど・・・・・・まさか?
「僕ね、親から真希那ちゃんって心の病だって聞かされてたんだけど、問い詰めて聞いたら『多重人格』だってことらしいんだ」
らしいんだって・・・・・・そんなに明るく言われても・・・・・・
「何でも、彼女の中には5人の人格が存在してたらしいんだ。でもね、治療の成果もあって、今はその内の3人は消えたらしいよ」
原因は、甲斐家に引き取られるまで虐待を受けていたため・・・・・・だとか。
そのせいで彼女の中に5人の人格が・・・・・・生まれてた。
「そりゃ、親達も隠したがるわけだよ・・・・・・・普通の病気とは、やっぱりちょっと違う・・・・・・もんね」
1人の人間と付き合うのも大変な俺にとって・・・・・・
1対1に見えて、1対5だなんて・・・・・・あれ、本人の人格を入れたら6人になるのか?
む、無理・・・・・・絶対に無理だ。
「鉄ちゃんはね、そんな真希那ちゃんにずっと付き添っててあげてるんだよ・・・・・・鉄ちゃんのおかげってのもあるんだって。真希那ちゃんの中から3人の人格が消えたのは」
俺達がさっき会った甲斐真希那は、本人だったんだろうか?
それとも、まだ残っている人格、2人のうちのどっちか?
俺はそこで先程病院でバッタリ甲斐兄妹と遭遇した事を話した。
「誰かのお見舞いだったのかなぁ?あそうだ。あと僕のことだけど、まぁ、僕の事は倉科くんに聞いてもらえれば、大抵の事は彼が知ってるから・・・・・・これでも結構長い付き合いで・・・・・・って、雛森くんほどじゃないんだけどね」
甲斐のことを倉科が知っている?
長い付き合いだから?
俺の知らない時の倉科が・・・・・・甲斐のことを詳しく知っている?
そして、今目の前の甲斐、お前はなぜ照れてる?
「まぁ、倉科くんのことも結構知ってるよ?よくモデルの仕事で一緒になってたし」
倉科と甲斐の関係って・・・・・・本当にただの友人?
倉科の家にお泊りセットとかあったよな?
倉科の家の何処に何があるのか知ってるよな?
本当にただの友人?
本当は、二人付き合ってるとか?
いや、でも、倉科は俺のこと好きって言ってくれた・・・・・・
ひょっとして、も、元恋人だったとか?
倉科は俺に気を使ってくれてるとか?
本当はまだ、二人は付き合っていて・・・・・・
「雛森くん、事務所着いたよ」
久しぶりに見る事務所は雨に濡れていた。
いつものように地下駐車場へ車を移動させて、エレベーターで探偵事務所があるフロアに上がった。
ついて行くって言った要に、すぐ戻るからココで待ってろって命令して、2人を車に残してきた。
要のヤツ、倉科に感化されちゃったんじゃねぇか?
心配しすぎだ。
って言うか、今一人になりたかった。
なんか、頭の中ぐちゃぐちゃしてる。
倉科と甲斐の関係が気になって、気になって・・・・・・
事務所の入口は一応鍵が掛かっていた。
無理にこじ開けられた形跡もない。
ぐるっと事務所の中を見回して、溜息を吐き出した。
石橋さんからは聞いてたけど・・・・・・
桐条胡桃の部屋もそうだったけど、もうちょっと丁寧に扱ってくれねぇかなぁ?
引き出しとか、棚とか、開けっ放しだし・・・・・・知らない人が入ったら、泥棒に入られたんじゃないかって思うぜ?
まぁ、最初から綺麗に整頓されてる机は少なかったけど・・・・・・
特に恭介の机は何処に何があるのか、本人しか判らねぇ。
いや、俺もちょっとは分かるけど・・・・・・
あ・・・・・・俺の机の上の書類、雪崩起こしてんじゃねぇか!
「ったく」
所長室・・・・・・は。
机の引き出しも、書類棚の引き出しも全て開いている。
床にも幾つか資料が散らばってて・・・・・・
これなんか靴跡ついてんじゃんか!
後で石橋さんに絶対文句言ってやろ。
ガサガサと幾つものファイルを探し出して、トントンッと机の上で整える。
「そういえば、顧客名簿も見当たらないなぁ」
ぽそっと零して・・・・・・くしゃくしゃと髪を掻き乱す。
恭介の前の手帳も見付からねぇなぁ。
ひょっとして警察に押収されちまったか?
石橋さんに聞いてみようか・・・・・・
まぁ、とりあえず、俺の部屋に顧客名簿のコピーがあるから。
住居スペースの方へ移動する。
恭介の部屋・・・・・・
この部屋は殺風景で、これといった家具も置いていない・・・・・・
あるのは寝室にベッドと小さな机・・・・・・
小さな書棚・・・・・・クローゼットの中の服も少ねぇし・・・・・・ファッション何て気にしない人だったからなぁ。
書類や、衣服を整理しながら、恭介の手帳を探す。
「マジでねぇなぁ」
捨てちまったんだろうか?
でも、恭介なら俺がプレゼントしたモン捨てるわけねぇ。
手帳をプレゼントしたとき、大事にするって、嬉しそうに笑ってくれた顔が思い浮かぶ。
ページがいっぱいになったって、新しい手帳を買ったって、いろんなもんをデータで管理するようになったって、あの手帳を捨てることは絶対になかった・・・・・・んだけど。
恭介の部屋を出て、同じ階にある俺の部屋に・・・・・・って、扉が僅かに開いてる?
え?
俺、鍵締めて出たよな?
そっとノブを握って、音を立てないようにゆっくりと扉を引っぱった。
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