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第36話
【 雛森side 】
脱いである靴はない。
え?まさか泥棒?
「誰かいる?」
いるはずはないけど・・・・・・
もし中に人がいたら、俺が来たことを知って動きがあるはず。
慌てて飛び出してくるか、窓側から逃げ出すか・・・・・・
対峙するのは・・・・・・面倒だなぁ。
でも、俺だって守られてばっかじゃねぇんだからな!
多少は武術も・・・・・・
「由貴くんか?」
返事が返ってきて驚いた。
「はい」
今の声は聞いた事があったから、なんの警戒もせずに自分の部屋へ足を踏み入れた。
中にいたのは・・・・・・予想通り。
「よぉ」
石橋さんがいた。
「なんで石橋さんがココに?」
どうして俺の部屋の鍵も持ってんの?
「あれ?由貴くん1人かい?今日はどの王子様とも一緒じゃないの?」
王子?
あぁ、倉科のこと?
ん?
って、なんで倉科が王子?
ちょっと待て!
その場合、俺が姫ってことになるのか?
「俺は、ちょっと気になる事があってね・・・・・・恭介から由貴くんの部屋の鍵も預かってたから、悪いとは思ったけど勝手に入らせてもらったよ」
本人に断りもなく、勝手に人の部屋の鍵を渡すなよ!
「はぁ・・・・・・恭介から・・・・・・」
石橋さんだって一言連絡くれれば一緒に探したのに。
「で、気になることって?」
石橋さんが両手を挙げ、肩を竦めた。
「情けない話だが・・・・・・なかなか捜査が上手くいかなくてね」
苦笑を浮かべる石橋さん。
「由貴くんが気づけてないだけで、本当は恭介が何処かに何かメッセージを残してるんじゃないかって思って」
それで俺の部屋に?
でも、俺・・・・・・恭介から何も・・・・・・
「なぁ、由貴くん・・・・・・本当に恭介から何も預かってないかい?」
事件前後に恭介から渡されたもの・・・・・・
恭介に言われたこと・・・・・・
あれ?
俺、言ってなかったっけ・・・・・・コインロッカーの鍵のこと。
「あの、ごめん、1コ言い忘れてたことがある・・・・・・実は」
恭介がナースステーションに預けていったロッカーの鍵と、そのロッカーの中に入っていた卒業アルバムの事を石橋さんに話した。
石橋さんなら、その意味が分かるかもしれない。
「桐条胡桃の卒業した年のアルバムかぁ・・・・・・恭介は、なんでそんなものをロッカーに・・・・・・」
石橋さんにも心当たりはないみたいで・・・・・・
「それ以外に何も入ってなかったのかい?そのアルバムについて、何かヒントが隠されているとか」
「何も聞いてないし、ただのアルバムだったみたいで」
そう聞かれて、素直に頷いた。
今そのアルバムを倉科達が解体してくれてる・・・・・・ってことはまだ言わない。
何も出てこないかもしれないから。
「・・・・・・そうか」
石橋さん、難しい顔してんなぁ・・・・・・
余計悩ませちゃったか?
「ごめん。もっとちゃんと調べてから石橋さんに報告したくって」
早く事件を解決したいのは石橋さんだって一緒なのに。
「あぁ、いや・・・・・・そんなことないよ」
ちょっとは役に立ちたいよ、俺は。
いっつも迷惑掛けてばっかりで・・・・・・
あ、そうだ・・・・・・
「ねぇ、石橋さん」
ついでだから、岩月さんのことを聞いてみよう。
「ん?」
石橋さんの披露宴で一緒のテーブルに座った岩月さんは、恭介や石橋さん、林原さんと同級生だって・・・・・・言ってたよね?
「前に、岩月って男を知ってるかって聞いたでしょ?それって、石橋さんの披露宴の時、一緒のテーブルにいた岩月浩二さんのことでいいのかな?」
へ?
なんだ?
岩月の名を口にした途端・・・・・・石橋さんの雰囲気が・・・・・・変わっ・・・・・・た?
笑顔が消えて・・・・・・
いや、笑顔だけど・・・・・・・・目が・・・・・・
「そう、その岩月だよ」
なんで・・・・・・俺、なんか拙いこと言ったのか?
なんか怖いんですけど?
「わざわざ知ってるかいって聞いたのはね、覚えてるかいって言ったら、前に会ったことあるんだなって思い出そうとするだろ?」
ゾクッと冷たい・・・・・・目が・・・・・・
そんな目、今まで石橋さんにが俺に向けたこと・・・・・・ねぇよな?
なんで、いきなり?
「その岩月とは・・・・・・それから会ったり、話したりした?」
聞かれて・・・・・・首を左右に振って否定するのが精一杯だった。
なんだか、うまく声が出せない。
「恭介とは何回か会ってたみたいだけど・・・・・・由貴くんは、そのこと知らないのかい?」
知らない。
「二人がどういった内容を話していたとかも?」
俺は首を左右に振るだけ。
「本当に?」
ねぇ、そんな怖い顔して、なんで近づいてくるんですか?
ジリジリと後ずさりして・・・・・・
「石・・・・・・ば、し・・・・・・さん?」
とんっと背中が壁についた。
俺の逃げ場を塞ぐように、顔の横に両腕をトンッと突き立てられた。
「由貴くん」
ひんやりとした石橋さんの手が俺の頬に触れた。
「何も知らないなら・・・・・・これ以上岩月のことは調べちゃいけないよ」
冷たい指先が俺の髪を耳に掛けて、その耳元で・・・・・・
今まで聞いたことのない低い声が俺に命令する。
「調べちゃ・・・・・・いけないって、どういう・・・・・・意味?」
クスッて笑った石橋さんの指が顎のラインを滑り、徐々に下がって・・・・・・
「これ以上痛い思いはしたくないだろ?」
首筋を通って、胸元を下がっていって・・・・・・
「心も体も・・・・・・・・・死にたくは、ないよな?」
腹の傷辺りに触れた。
「林原が言ってたよ・・・・・・血の海に倒れてたって」
びくっと肩が震えたのを見て、面白そうに石橋さんが笑顔を作る。
「痛かったろ?」
な、何が面白いんだよ?
「俺はその場にいなかったから・・・・・・助けてあげられなかったけど」
どうして俺は声が出せないんだ?
なんで俺震えるんだ?
目の前にいるのは石橋さんだぞ?
なんでこんなに怖いんだ?
「そんな、いつも都合よく王子様は現れないんだから」
なんだってんだよ?
こんな石橋さん・・・・・・俺は知らない。
「由貴くん」
腹に触れている石橋さんの手に、少しだけ力が加わって・・・・・・
痛み止めが効いてるから痛くはねぇんだけど・・・・・・
でも・・・・・・
「次は、この程度の怪我じゃ済まないかもしれないんだから」
その目が恐くて・・・・・・
でも逸らせなくて、足から力が抜けていきそうで・・・・・・ガクガク震え始めた。
息がうまく吸えなくて・・・・・・
息苦しくって・・・・・・自分の手足がすっと冷えていくのを感じた。
くすっと笑った石橋さんが、再び顔を近づけてきて・・・・・・
「心配しなくていいよ・・・・・・大人しくしていれば、俺が君の事を守ってあげるよ」
いったい・・・・・・なんなんだ?
何言ってるんだ?
どうしちゃったんだよ、石橋さん!
「雛森くん?」
入口から要の声が俺を呼んで・・・・・・石橋さんの指が離れた。
「これ以上は危険だから君達は手を引きなさい。事件の事は、もう警察に任せて・・・・・・いいね?」
石橋さんが背中を向けた途端、俺はそのままペタンッと床に座りこんでしまった。
「雛森くん?」
石橋さんと入れ違いに要と・・・・・・甲斐が入って来て・・・・・・
「今石橋さんとすれ違ったんだけど・・・・・・どうしっ・・・・・・雛森くん?」
俺の様子に慌てた要が駆け寄ってくる。
「何があったの?」
甲斐の視線は固定されたまま、石橋さんが去っていった方角をジッと見詰めていた。
んなこと聞かれたって・・・・・・俺もよく分からねぇんだ。
あんな石橋さんは初めてで・・・・・・まだ震えが止まらない。
俺は自分を落ち着かせるために、何度か深呼吸を繰り返して・・・・・・
今あったことを、ゆっくりと、そのままを2人に話した。
「岩月のことを調べるなだなんて・・・・・・どうして?」
要、それは俺が聞きたいんだってば。
「それって、つまりは・・・・・・岩月浩二のことを僕らが調べれば、石橋さんにとって都合の悪い事実が出てくるからじゃないの?」
甲斐、あんた冷静だな。
岩月さんが死亡した事故の第一発見者・・・・・・通報者は石橋さんだった。
岩月さんは、一滴も酒が飲めない人間で・・・・・・
そんな人の、意識が混濁するほどの飲酒、そして運転、橋から転落、即死。
「実は石橋さんが岩月さんに無理矢理酒を飲ませ、事故を装って殺した、とか?」
石橋さんが岩月さんを・・・・・・殺した?
警察官の石橋さんが、フリージャーナリストの岩月さんを殺す動機ってなんだ?
「岩月さんに何か弱みを握られてた、とか?」
要・・・・・・石橋さんの弱みって何?
あの人は、恭介より完璧な人なんだぞ。
「岩月さんが調べてたネタっていったら、僕らが知ってるのはアレくらいでしょ?」
フリージャーナリストの岩月さんが掴んでいたネタ・・・・・・あぁ、桐条胡桃の恋人?
まさか、その恋人が石橋さん?
「でも石橋さんには清美さんって言う奥さんが・・・・・・」
え?
つまり不倫ってことなのか?
「奥さんは警察の上層部のお偉いさんの娘さんなんでしょ?叔父さんに聞いたけど石橋さんって優秀らしいじゃない?出世街道まっしぐらってらしいけど、もし、ここで人気モデルとの浮気がばれたりなんかしたら・・・・・・」
どうしてココで甲斐の叔父さんが出てくるんだ?
いや、それはこの際置いておいて・・・・・・石橋さんが桐条胡桃と不倫、していたとして、そんなのこと清美さんが知ったら?
いや、どうやって知るんだ?
ひょっとして、恭介はそれを調べてた?
清美さんだって恭介のこと知ってるし・・・・・・
それに林原さんのことだって・・・・・・自分の旦那の同級生だし、披露宴にまで呼んでるんだから面識はある。
だから?
石橋さんは、その事が清美さんにバレる前に殺したって言うのか?
死人に口無し・・・・・・
でも、二人が石橋さんの不倫を知ったって、石橋さんのことを清美さんに告げ口するようなことは・・・・・しないと思う。
どっちかって言ったら、早くその不倫を止めさせようとしたんじゃないか?
「待てよ・・・・・・じゃぁ、里中は?」
なんで襲われ・・・・・・
「忘れたの?胡桃ちゃんの手帳、真央ちゃんに彼氏を紹介したって書いてあったページが破られてたじゃない」
里中は、桐条胡桃の恋人を知ってる。
紹介されたって言うんだから、面と向かって顔を見てるわけだ。
でも信じられない・・・・・・石橋さんが・・・・・・恭介達を殺しただなんて・・・・・・
あの石橋さんが?
それに、さっきのあの言葉はなんだったんだ?
俺を・・・・・・守るって・・・・・・言ったよな?
俺を何から守るんだ?
甲斐の手を借りて立ち上がり、近くの椅子に腰掛けた。
「冷蔵庫、開けるよ?」
くしゃっと俺の髪を撫でて・・・・・・
「大丈夫?」
甲斐がミネラルウォーターの入ったペットボトルを取ってきてくれた。
「・・・・・・サンキュ」
指先はまだ震えていて、上手くキャップが開けられず、甲斐が代わりに開けてくれた。
それを一口飲んで、盛大に溜息を吐き出す。
「くそっ、わっかんねぇ!」
苛々する。
ぐしゃぐしゃに髪を掻き乱して、一気に水を飲み干した。
「あ、コラ!ちょっと、雛森くん!」
ボトルを要に取り上げられて・・・・・・
くそっ、要のくせに!
「雛森くんの気持ちも判るけど、現時点で一番怪しいのは石橋さんだよね?」
いちいち言葉にしなくっても解ってる!
それを否定できる材料も、俺は今何も持ち合わせていない。
「でも、まだ全部が分かったわけじゃないじゃない?」
そうだ、甲斐。
もっと調べていけば、石橋さん以外にも怪しいヤツが出て・・・・・・
「ん?」
俺の携帯が着信した。
「はい?」
「ユキ?」
倉科ぁ・・・・・・やばい、泣きそうになっちゃったよ。
「さっさと戻ってこいよ」
帰る・・・・・・
「うん、もう帰る・・・・・・帰りたい」
倉科の顔が見たい。
「例のアルバム、啓太のヤツが本当にバラバラにしやがって・・・・・・そうしたら、中からマイクロSDカードが出てきたんだ」
ず~んっと気分は沈んだまま、俺達は事務所を後にして倉科のマンションへ帰ってきた。
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