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最終話

【最終話】 口髭親父・・・・・・ もとい、甲斐光太郎は携帯を折り畳み、ニヤリと唇の端を吊り上げて笑った。 「ふふふっ」 最初に雛森由貴に連絡を取ったというのは・・・・・・嘘だった。 スーツの内ポケットから取り出したのは、小型のボイスレコーダー・・・・・・ 「若いっていいよねぇ」 光太郎は再生ボタンを押した。 「由貴が、どれほどの覚悟で臨み、どれほどの後悔したかなんて、お前考えもしなかったろ?あいつの真剣な気持ちに、お前は真剣に答えを出したのか?」 光太郎は会った事がない為、雛森恭介の声を知らない。 「お前みたいなヤツを由貴の側に置いておくなんてことは出来ねぇ」 しばしの沈黙の後・・・・・・次に聞こえてきたのは知っている人物のものだった。 「あんたが何て言おうと・・・・・・これは俺とユキ、2人のことなんで、あんたに口出ししてほしくねぇ!」 彼が、『ユキ』と呼んでいるのが、雛森由貴のことであることは分かる。 今聞こえてきたのは、雛森恭介の溜息だろう。 (恋愛に障害があればあるほど燃えるねぇ) 「・・・・・・お前、俺と約束できっ」 ガチャリッ!ピッ! 「署長!!」 ノックもないし扉が開けられ、部屋の中に部下が飛び込んできた。 「今行くって言ってから何分経つと思ってるんですか!!!」 咄嗟に停止ボタンを押し、彼には聞かれなかったはずだけれど・・・・・・ (もうあと少しで、一番盛り上がる場面だったのにぃっ!) 「全員待ってるんですから、ほら、行きますよ!!」 部下に腕を引っ張られながら、光太郎はボイスレコーダーをスーツの内ポケットに戻した。 「それにね、署長・・・・・・今隠したモノのことですけど、他人が何回も聞いちゃいけないと思います」 実際、このボイスレコーダーに入っている内容は、一度・・・・・・いや、何度か聞いている。 それはもちろん、光太郎だけではなく、何人もの人間が。 決して好奇心で・・・・・・ではない。 犯人探しの為、何か手掛かりに繋がるようなものが録音されているかもしれないからと・・・・・・ 繰り返し、何度も、何度も何度も聞いて・・・・・・まぁ、結果は空振りだったが。 (うわぁ・・・・・・冷たい眼差しぃ) 光太郎は苦笑して、彼が引っ張るままに連れられて行った。 (まぁ、あんなに熱烈な告白されたら、あの可愛らしい雛森くんはどうなっちゃうんだろうねぇ) きっと顔を真っ赤に染めて、目に涙一杯ためて・・・・・・ 雛森の様子を想像し、光太郎はにんまりと笑みを浮かべた。 「署長・・・・・・部屋に入る前に顔は作ってください」 再び冷ややかな視線が突き刺さる。 これから今まで自分についてきてくれた部下達の前に立ち、今回の事件のこと、その事件に義理ではあるが自分の息子、娘が関わっていたこと、その責任を光太郎がどう取るかということ、これからのことを話すべく、部下達が待つ部屋へ足を踏み入れた。 「ねぇ、春になったら皆でお花見に行こうよ」 ガサガサと机の上に散らばった書類を集めながら、要が一枚のチラシを振った。 それは、今年仕事が忙しくて計画は立てたものの、結局行けなくなった、座敷からの景色が最高と謳われた料亭のチラシ。 計画を立てたのは探偵事務所の所長、雛森恭介だった。 「お前なぁ、これから冬が来るんだよ・・・・・・春はまだずっと先だ」 呆れ顔の雛森は、何ヶ月かぶりに綺麗に整頓された自分の机の上に残っている封筒を手にして溜息を漏らした。 「啓太が隠れた桜の絶景ポイント知ってるんだって。皆でお酒飲んで、ぱあぁっと盛り上がって・・・・・・って、それ、同窓会の?」 要の目が白い封筒に止まり、雛森は苦笑して引き出しの中に入れた。 「もうとっくに締め切り過ぎた」 「別にいいんじゃないの?幹事に直接電話すれば?今からでもさぁ・・・・・・その日、倉科くんと一緒に行ってくれば?」 雛森の隣から引き出しに手を掛け、中から再び封筒を取り出す。 「ばぁか・・・・・・二人で行ったらいい笑いモンだ」 (倉科に悪い) 中学卒業の日、雛森が倉科に告白した事は、クラスの何人かが知っていること。 あれから五年も経ってはいるが、二人一緒に同窓会へ現れたら・・・・・・ 「それに・・・・・・俺、一旦家に帰って来いって親父から言われてるし・・・・・・恭介の葬式もあるし」 漸く恭介の遺体が帰ってきた。 どこもかしこも損傷は激しく、顔は覆われたままだが、家族としては、やっぱりちゃんと葬式をしてやりたい。 「所長のお葬式は明後日で、同窓会と同じ日じゃないでしょ?」 (そうだけど・・・・・・) 要から封筒を取り返し、再び引き出しの中に入れた。 「ねぇ、一旦家に帰るって・・・・・・またココに戻ってくるでしょ?」 少しだけ不安の色が混ざった要の表情に、雛森は困ったような顔をした。 「・・・・・・帰って来ない気なの?」 雛森からすぐに返事がない。 まだ迷っているのだろう。 「雛森くん」 名前を呼ばれて、雛森は深々と溜息を吐き出した。 「俺一人で探偵事務所続けていけない」 そもそも、所長が殺された探偵事務所に依頼なんてこないだろう? 「僕らがいるよ・・・・・・最初は仕事が軌道に乗るまでタダ働きでいいからさぁ・・・・・・続けよ?」 雛森の両手を取って、強く握り締める。 「タダ働きって・・・・・・お前らだって金がなかったら食っていけねぇだろ?」 生活に困るだろ? 「貯金はたくさんしてあるし・・・・・・啓太だって、あぁ見えて実は金持ちの家の坊ちゃんなんだよ?家にはお手伝いさんが三人もいるって・・・・・・それに!!」 要は必死に訴える。 そこへ・・・・・・ 「要、お前の声でけぇよ」 まだ髪が湿ったままの倉科が入口から顔を覗かせた。 「くら・・・・・・し、な?」 上は柄シャツを羽織っただけ、褐色の肌が見えて雛森はすぐに顔の向きを変えた。 「お前、なんて格好で・・・・・・風邪ひく、ぞ?」 顔を背けていても、雛森が真っ赤な顔をしているのが分かる。 「ユキ、今から警察行くぞ」 「え?」 警察という単語に顔を戻す。 「口髭親父が、何か返したいもんがあるって言うから」 いったい口髭親父・・・・・・甲斐光太郎が何を持っているのかは分からないが、あの口調からして気になる。 「返したいものって?」 「おっさんから真希那が奪ったモンがあるんだと・・・・・・それを返してくれるらしいぜ?」 (恭介のモノ?) 近くの椅子に掛けてあった上着に手を伸ばすと、倉科にその手を取られ、椅子に掛けてあった上着は倉科が掴んだ。 「要、ユキ連れてくからな」 雛森はそのまま倉科に引っ張られるまま事務所を出た。 「あ、うん、いってらっしゃい」 慌てて二人の後を追い、入口から顔を出したが既に二人の姿はなかった。 路上駐車してあった倉科の愛車の、助手席に乗り込む。 「で?」 車を発進させて数メートル、進行方向を向いたまま倉科が口を開いた。 (で・・・・・・って・・・・・・やっぱり、さっきの聞かれてたのかなぁ?) 彼が何を言いたいのかは分かっているけれど、雛森は聞こえていないフリをして窓の外を眺めていた。 「ユキ、実家戻って何すんの?」 所詮聞こえていないフリ、倉科にはバレバレだった。 「何って・・・・・・まだ何も考えてない・・・・・・まぁ、とりあえず最初は今残ってる仕事をなんとかしてから、就活しなきゃな」 倉科は前方を向いたまま。 「まだ決まってねぇんなら、あそこ続ければいいんじゃね?」 「え?」 振り向いた雛森と、ばっちり目が合い、倉科は唇の端を吊り上げてニッと笑う。 「俺、ここに来る前に今のバイト辞めてきちゃったからさ、ユキ雇ってよ」 「はぁ?辞めてきたって・・・・・・モデルのバイト?なんで?」 (勿体無い) 雛森から見ても倉科は格好良いのに・・・・・・一体何を考えているんだと、雛森は助手席で顔を歪めた。 「今回のことで俺思ったんだけどさぁ・・・・・・俺ら、探偵に向いてると思うんだよ」 信号が変わり、ゆっくり車が減速して止まる。 「・・・・・・どこら辺が?」 (そんな目一杯疑いの眼差しで聞いてくれるなよ) 「一応犯人、真相に辿り着いたじゃん?」 倉科はちょっぴり自慢げだ。 「とっくに警察では調べがついてて、石橋さんのことをマークしてたろ?」 「充の情報網とかもすごかったし・・・・・・あれで啓太とか要も役に・・・・・・立ってたような立ってないような・・・・・・でもさぁ!!」 後ろの車にクラクションを鳴らされて、倉科は慌ててアクセルを踏み込んだ。 視線を進行方向に向けて・・・・・・助手席から雛森の視線を感じながら倉科は続ける。 「俺ら、いいチームじゃね?」 雛森から返事はないが、彼が迷っている事は明らかだった。 「なぁ、ユキ・・・・・・後ろのカバンから携帯取って」 「携帯って、倉科運転中」 「ユキが見て・・・・・・さっき届いたばっかの充からのメール」 倉科がバイト先に立ち寄って、辞めると言ったその直後、彼からメールが入った。 それはもう実にタイミングよく、どこかで倉科の行動を監視していたのではないかというくらいのタイミングで。 雛森は倉科の言う通り、彼の携帯を開け、メール機能を立ち上げた。 受信ボックスの一番上に、『充』とあり・・・・・・ そこには・・・・・・ 「引越しを始めました?」 本文の冒頭。 「矢印が下に向かってるんだけど?」 「ずーっと下いって・・・・・・」 幾つもの矢印が下に向いている。 「引越し先は・・・・・・雛森探偵事務所?!」 最後の部分で声が引っくり返る。 「あいつもモデルのバイト、辞めちゃったんだってよ。自分には探偵としての素質があるってさ」 あははははっと笑う倉科の隣で、雛森はどういう顔をしていいのか分からず、ただメールと倉科の顔を交互に見て・・・・・・そして、苦笑した。 「それに、あそこからだと俺ら大学近くなるから便利だし」 「そう言えば、啓太の奴、よく事務所に泊まってた・・・・・・な?」 ふと雛森の笑顔が引き攣って固まる。 「俺ら?」 今、確かに倉科は「ら」と言った。 「俺も引っ越そうと思って・・・・・・ユキの隣の部屋、空いてたろ?」 いきなり同棲始めるのもいいけれど、まずはお隣さんから始めようかと。 「空いてる・・・・・・けど・・・・・・本気なのか?」 あのビルの所有者は雛森恭介で、彼が亡くなったことにより、所有権が雛森由貴に変更されていた。 全ては、雛森恭介が彼のために用意しておいたこと。 「なんだよ・・・・・・ダメなのか?」 あのビルを売って金に換えるか、それとも、あのまま探偵事務所を続けるか・・・・・・ 「いや・・・・・・その、ダメって言うか・・・・・・えっと、だって俺・・・・・・」 難しい顔をして雛森は俯いてしまった。 「顔上げろよ、ユキ。折角の可愛い顔が台無しだぞ?」 そんな彼の頭にガシッと手を乗せて、ぐしゃぐしゃっと髪を掻き回す。 「なっ!かわっ!ちょっ、倉科、前!」 「俺らこれからはずっと一緒にいるんだからさ・・・・・・続けようぜ、探偵事務所」 「すみませーん、これは何処に運べばいいですか?」 配達員がドアで大きなダンボールを抱えたまま立っている。 雛森探偵事務所の前には三台の大型トラックが止まって、何人ものスタッフが建物の中とトラックへの往復を繰り返していた。 「あ、こっちに運んでもらえますか~って、そっちのは啓太のなんでもう一つ上の階です」 届いたばかりの自分の荷物を確認しながら、要が配達員達に指示を飛ばす。 「すいませーん、電気屋ですけどぉ」 「あの、インターネットの件で来たんですけど」 (もう!一度に引越しするからこんなごちゃごちゃになるんだよ!!) 「今行きます!!」 自分の荷物の他にも、充と啓太のモノが次々と運ばれてきて、右往左往・・・・・・ そして、もう少し時間が経ったら倉科の分も加わるはずだ。 先程啓太からは大学での講義が終わり次第こちらへ直行するとメールがあったから、まだ一時間程帰ってこない。 そして、漸く玄関に充が現れた。 「やぁ、お疲れ様、要」 手には、朝から並ばなければ手に入らない程人気の菓子屋の箱。 「充さん、来てくれたんだぁ・・・・・・助かったぁ」 「はいはい、これ冷蔵庫の中に入れておいて・・・・・・皆が揃ってから食べよ」 よしよしと要の頭を撫でてやって菓子箱を差し出す。 「うん!ところで、充さん・・・・・・本当に雛森くんに黙って引越ししちゃって大丈夫なのかな?」 先程倉科が迎えに来る前、雛森は探偵事務所を辞めるようなことを言っていた。 「あぁ、それは大丈夫!今頃、倉科くんが上手くまとめてる頃だよ」 そして、充は先程倉科と電話で話していた会話を思い浮かべた。 引越しをうんぬんのメールをした直後、倉科から掛かってきた電話・・・・・・ 「充、俺さぁ・・・・・・今度桜が咲いたら、ユキにちゃんと告白する・・・・・・今度は俺から正式に・・・・・・この辺りで、一番大きな桜の木の下で」 fin

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