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番外編 華麗なる誕生日計画~充・啓太編~
【 華麗なる誕生日計画~充・啓太編~ 】
そして、その日はやって来た。
駅周辺でのビラ配りを終え、雛森が疲れた体を引きずって探偵事務所に戻ってくると、なぜかニッコリ笑顔の甲斐がいた。
「雛森くん、今日何の日だか覚えてるよね?」
甲斐が雛森にジッと熱い視線を送る。
そんなクソ熱い眼差しを向けられても、雛森にとっては迷惑なだけだった。
「・・・・・・分かりません・・・・・・って言うか、分かりたくないんですが?」
今日は何もない平穏な一日である、なんてそんな答えを甲斐は求めていないだろう。
甲斐に応えながらも、雛森の視線は彼の手に釘付けになっていた。
「またまたぁ、照れなくていいのに。で、どうして逃げるの?」
甲斐は笑顔のままだ。
「照れてないです!それに・・・・・・」
雛森は引き攣った笑みを浮かべてジリジリと下がる。
(あんた、自分が何を手にしてるか分かって言ってるのかぁ!!)
トンッと背中が壁にぶち当たった。
「なんなんですか!俺に何をしろって言うんですか!」
そんな雛森の鼻先に突き出された物を払いのける。
「大丈夫だよ、雛森くん?優しくしてあげるからぁ」
甲斐は払われた物を抱き締めて、可愛らしく小首を傾げた。
「安心して僕に雛森くんのすべてを差し出してくれていいから」
啓太は事務所の前で、呆然と立ち尽くしていた。
扉が少しだけ開いている。
(・・・・・・あの2人、なにやってんの?)
事務所の中で繰り広げられている光景を、誰にも見せてはいけないと啓太は音を立てないように扉を閉めた。
「何やってんだ、啓太?」
今聞いた声は幻聴・・・・・・
だってソレは、今一番聞いてはならない声だからと言い聞かせ、ノブを握る手に力を込める。
「おい、啓太?」
溜息交じりに名前を呼ばれて、ぽんっと肩に手を乗せられて息を飲んだ。
「なにやってんだよ?」
振り返った啓太は、いつもと変わらない笑顔を浮かべているように・・・・・・見える。
「入んねぇの?鍵掛かってんのか?」
いや、啓太に声を掛けた人物には、彼が普段通りだと、その様子を怪しむことはなかった。
「どうした?ユキ、まだ帰って来てねぇのか?」
ノブを握ったままの啓太の手に自分の手を重ねてきた。
鍵が掛かっていて開かないのかと思いつつも、自分でソレを確かめようとしているのだろう。
「え?なに?りょ、遼先輩、雛森くんに用事なの?」
この手を離す訳にはいかない。
いや、離すどころか動かすわけにはいかない。
少しでも動かせば扉は簡単に開いてしまう。
「あんだよ?用がねぇと帰って来ちゃいけねぇのか?」
倉科の主張はごもっとも・・・・・・だがしかしっ!
「じゃ、じゃなくってぇ・・・・・・ひ、雛森くん今寝てるみたいだから」
急ぎの用じゃないのなら出直した方がいい。
起こさない方がイイ。
「つ、疲れてるんだから、少しは寝させてあげなきゃ、ね?」
倉科の手を離そうと自分の指を引っかけ・・・・・・
しかし、その倉科の手が次の瞬間異常に強く握り締めてきて・・・・・・
「いたたたたっ、痛いってばっ!」
思わず啓太は手を離してしまった。
「だったら・・・・・・寝顔を拝むチャンスを邪魔すんじゃねぇよ」
ボソッと呟いた倉科の瞳に殺気を感じた。
「ご、ごめん・・・・・・なさい」
一気にぶわっと冷や汗が浮かんで、倉科のために道を開ける。
「・・・・・・ったく」
ガチャ・・・・・・ノブは回り、ゆっくりと扉が開く。
「おめぇは一体何がした・・・・・・い・・・・・・ん・・・・・・」
事務所の中に一歩足を踏み入れた途端、倉科の動きが止まった。
「え?」
振り返った雛森は涙目。
「あ」
甲斐は涼しい顔で、雛森の頬に触れている。
(だから言ったのに)
啓太は倉科の背中を押し、更には素早く事務所の中に自分の身体も滑り込ませて扉を閉めた。
まだ、この場に要の姿はない。
「な、にやっ・・・・・・て、え?」
ただ今倉科混乱中。
「充が?ユキを・・・・・・?襲って?え?なに?」
「なんで?なんで倉科が来るんだよぉ!」
甲斐の胸倉を掴んで、ぐわんぐわん揺する雛森の露出度が異常に高い。
「だって、倉科って今日オフのはずじゃぁ」
手首、足首、胸元、腰の辺りの黒いもこもこ。
頭部には黒猫耳のカチューシャ。
「いや・・・・・・まぁ、それはそれで・・・・・・え?」
細い首に巻かれた赤いバンドの先に、少し大きめの鈴がチリンと音を鳴らした。
「啓太も倉科くんも遅いよぉ」
雛森に揺すられて、若干クラクラする頭を押さえ、甲斐がテーブルの上を指差した。
「皆の分もあるから、着て」
甲斐の指の先には、大きな段ボール箱が一つ。
「は?」
「へ?」
啓太と倉科は顔を見合わせた。
「ほら、早く着て」
ニッコリと笑顔を浮かべた甲斐の手には、魔法の杖が握られている。
その魔法の杖は、彼らの記憶に新しい。
ハロウィーンの夜、仮装して街中に探偵事務所の宣伝ビラを配りに行ったご苦労さん会を兼ねた宴会で、酔っぱらった雛森の手に握られ、絶大な効果を発揮した代物だ。
「雛森くんが言ったんだよぉ?この魔法の杖は王様の杖だぁって!この杖を持っている者の言う事は絶対だぁって!で、今日は誰の誕生日だったっけ?」
甲斐の手が雛森の顎を滑る。
「ほら、言ってごらん?」
ゾクッと震え上がった雛森の目が倉科に助けを求めた。
雛森は完全に甲斐に対してかなりの恐怖を感じている。
なんとか助け出さなければ。
「・・・・・・えっと・・・・・・充の・・・・・・誕生日、だよな?」
それとコレになんの関係が?
助けを求めて伸ばされた雛森の手に、倉科も救いの手を伸ばすが、ギリギリ指先が触れたところで甲斐に遮られた。
「だから、皆で猫の仮装をして、この猫好きなのに猫アレルギーな僕を癒して?」
甲斐はくいっと首輪を引っ張り、背後から雛森を抱き締めた。
「み、んな・・・・・・で?」
啓太が繰り返した瞬間、バタンッと勢いよく事務所の扉が開いた。
「充さん、あったにゃん!」
飛び込んできた要の手には、長いモノが4本揺れている。
「尻尾は別な場所に保管されてたみたいだにゃん!」
嬉しそうに駆け込んできた要の格好は、どうやら着替えの途中で飛び出したらしく・・・・・・
「カナちゃん・・・・・・その格好で走り回ってんの、にゃん?」
胸元の白いフワフワを揺らしながら、要は同色の尻尾を振り回した。
「何だにゃん?まだ皆着替え終わってないのかにゃん?早く、早くぅなのにゃん!」
手伝うとばかりに、啓太の服を剥ぎ取り始めた。
「ちょっと待ってにゃん、カナちゃん!」
自分で脱ぐから、せめて扉は閉めさせろと要の手から逃れる。
要のターゲットが倉科に移った。
「要・・・・・・お前、なんでそんなにやる気満々なんだよ?」
ゲンナリと、倉科は深々と溜息をつきながら、剥ぎ取られるままに上着を脱いだ。
「だって、今日は充さんの誕生日なんだにゃんよ?」
だから、皆でお祝いしやきゃ!!
「あ、みんな、話の語尾にはちゃんと、『にゃん』ってつけるんだよ?」
猫好きなのに猫アレルギーな充の為に探偵事務所の皆で猫のコスプレをして、盛大に彼の誕生日を祝ってから2日後。
啓太はじっと時計を睨みつけていた。
間もなく、時計の針は午前零時を指す。
むぅっと唇を尖らせた啓太は、携帯電話を開いた。
素早く相手のナンバーを打ち込み、携帯を耳に近づける。
コールはする。
だが、相手は一向に出る気配がない。
(このままじゃ終わっちゃうだろう!)
握っていたビールの缶に力を込める。
「・・・・・・・・・あ゛?」
漸く出た相手の声は、酷く掠れたものだった。
「あ゛?じゃないでしょ?」
ベキベキと缶が音を鳴らす。
明らかに相手は寝ていた様子。
「・・・・・・てめぇ、啓太ぁ今何時だと思ってんだ?」
そして、随分と機嫌が悪そうだ。
そりゃぁそうだ、すやすやと気持ちよく寝ていたのを邪魔されたのだから。
いつもの啓太なら、すぐに謝罪して通話を終了させるところだ・・・・・・だが今日は、今日が終わりそうな残り数分はそうはいかない。
「そうだよ!雛森くん!今何時だと思ってんの!」
ずっと待っていたのに。
雛森が電話を掛けて来てくれるのを、ずっと待っていたのだ。
いや、電話だけじゃない・・・・・いつ呼び出してくれるのかと期待していたのに。
「今日がなんの日だったか忘れたわけ?」
ベキベキと缶を鳴らす。
「はぁ?」
何の日って・・・・・・と呟くのが聞こえた。
携帯の向こう側で、一応雛森は考えてくれている・・・・・・そして、思い出すはずだと思ったのだが・・・・・・
「・・・・・・雛森くん?」
物音一つせず、返事もない。
通話が切れたわけでもない。
静寂。
そんな中、微かに聞こえたのが・・・・・・寝息?
「雛森くん!」
思わず怒鳴りつけた。
「・・・・・・・・・っせぇなぁ」
うるさいという抗議の声さえ力が入っていない。
「寝てたよね?今、明らかに寝てたよねぇ!」
缶がベキベキと音も鳴らないくらい凹んだため、啓太はそれを机に叩き付けた。
「僕としゃべってる最中にっ」
「お前、うるせぇって・・・・・・今何時だと思ってんだよ?」
いきなり声が変わった。
「・・・・・・遼先輩?」
しかし、これは啓太の予想範囲内。
2人は一緒にいると思っていた。
啓太は携帯を握りなおし、近所迷惑顧みず、大声を上げた。
「2人してイチャイチャすることに夢中で僕の誕生日忘れてたんだろっ!!ばかぁっ!!」
そのまま通話終了ボタンを押し、携帯を壁に向かって投げ付けた。
ばたんっとそのまま仰向けに倒れて天井を見詰める。
(きっと今頃、2人して大慌てだ)
くすっと笑う。
(なんだかんだ言って、2人共、僕の事ちゃんと考えてくれてるんだから・・・・・・忘れてたことに気付いたら・・・・・・)
叫んだから、ちょっとだけスッキリした。
今頃、2人は啓太の誕生日を忘れていたことに気付いて、あたふたしているに違いない。
倉科の誕生日の夜も、甲斐の誕生日の夜も、どんちゃん騒ぎ、バカ騒ぎ。
あれだけ騒いでおいて、啓太の誕生日だけ何もしなかったんだから。
暫くして、携帯が音楽を鳴らし始める。
壁にぶつかった衝撃で壊れたかと思ったが・・・・・・
雛森か倉科が、謝罪の電話を掛けてきたのかと、床に転がった携帯に手を伸ばした。
「・・・・・・あれ?」
ディスプレイに表示された名前は、甲斐充?
「はいはい」
そう言えば甲斐にも文句を言わなければ。
「啓太?」
甲斐の声の後ろから、要の声も聞こえる。
どうやら2人は一緒にいるらしい。
「・・・・・・・・・何?」
機嫌が悪いのを装う。
この2人からもお祝いの言葉をもらっていない。
「明日、っていうかもう今日なんだけど、何が欲しい?今・・・・・・にいてさぁ、欲しいもん・・・・・・から・・・・・・」
きょとんっと瞬きを繰り返し、日めくりカレンダーへと視線を向ける。
「充ちゃん・・・・・・一応聞いておくんだけど、今日って言いますと?」
携帯を握る手の平に、じっとりと汗が浮かんできた。
「何言ってるの?今日は啓太の誕生日でしょ?」
つまり・・・・・・日めくりカレンダー、昨日一枚多く破り捨ててしまっていた・・・・・・と?
「夜は倉科くんが店押さえてくれてるから、そこでパーティーだけど」
だらだらと嫌な汗が止め処なく額から流れ出て頬を伝い、床を濡らす。
「今回の雛森くんの仮装はね、啓太のリクエストに応えて、花魁だよ!ばっちり衣装もメイクも手配済み!楽しみにしてな!」
ごくりと生唾を飲み込んで・・・・・・
「啓太?で、僕らからのプレゼントは何が欲しい?」
何が・・・・・・欲しい?
「えっとね・・・・・・どんなことでも許してくれる・・・・・・心の広い雛森くんと遼先輩が欲しい」
END
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