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第6話・初日・5
十九時、食事の時間になった。食事をするのは、俺たちが最初に通された部屋――『古銭の間』と勝手に呼んでる――で、中央に大きな座卓が置かれて、その隣にはおひつが置かれている。座卓の上には銘々の四角い盆があって、茶碗が伏せられている。箸置きには漆塗りっぽい箸、小皿、中央には醤油差しなどの調味料。
源さんが大きなお盆を運んできた。まるで旅館の食事だな。
蓋付きの味噌汁の椀を、源さんがそれぞれの前に置く。
「うちは和食ばかりなんですが…、お若い方がいらっしゃいやしたから、時々は洋食や中華を出しやすんで。アレルギーや嫌いな物がありやしたら、遠慮なさらず仰ってください」
「あ、オレ納豆だめ」
真っ先に大介が、本当に遠慮なしに言った。
「僕…しいたけとピーマンが…」
と言ったのは米澤さん。
「すいやせん、筑前煮にしいたけが入ってやす。ほかに味が移ってるかもしれやせんが…」
「あ、しいたけ自体を食べなきゃ大丈夫です」
次に、大きめのお皿が配られた。ハンバーグだ。目玉焼きが乗っていて、おいしそう! 付け合せに、粉ふきいもとバターコーン。
中央に筑前煮と、グリーンサラダの器を置き、“どうぞ、ごゆっくり”と頭を下げる源さんに、みんなでお礼を言った。
源さんが出て行った後、俺は正座をして手を合わせた。
「さ、皆、手を合わせて」
と、部活の合宿のノリで言った。…六つの白けたような目が痛い…。思わず肩をすくめてしまった。
「あ…あの…、ごめんなさい…。源さんが一生懸命作ってくれた料理だから、感謝の気持ちを表したいなー…なんて」
「いや、そのとおりだ」
馬場くんが賛同してくれた。
「うん、アキラちゃんの言うとおり」
俺を親戚のおばさんみたいな呼び方した大介も。
米澤さんも静かに手を合わせてくれた。
「いただきます!」
まずはハンバーグを食べてみた。
うまい! プロの味ではないけど、お母さんやおばあちゃんが作るみたいな味だ。
煮物も味噌汁も、懐かしい味がする。あの源さんは、見た目はゴツくて漁師さんみたいだけど、弥勒院家のお母さんみたいな感じかな。滞在中は、ぜひ料理を手伝ってあげたい。
「うまぁ~! 味噌汁なんて何年ぶりだよ」
味噌汁に感動している大介に聞いてみた。
「大介…って、普段どんな食事してんの?」
「オレ? コンビニ弁当かカップラーメンか、ファーストフードかな」
…あんま長生きしないぞ…。
「アキラちゃんは調理師だよね。いいな~、オレんち来て何か作って」
大介は確か、元ホストって言ってたな。
「元ホストだからモテモテじゃん。彼女に作ってもらえないの?」
ハンバーグをご飯に乗せてかきこみながら、大介は“だーめだめ”と言う。
「客にストーカーされてさぁ、同棲してた彼女が嫌がらせされて、それが原因で別れちゃった」
なんと凄まじい女の執念…。
「んで、その客が別の客とオレを巡って店内で大乱闘。あ、ほかにも酷い客いてさ、俺が枕営業で客といっしょにホテル出たら、別の客が来て催涙スプレーぶっかけて逃走したり」
女って怖い。ホストってこう、もっと煌びやかな世界かと。
「で、嫌気さしてホスト辞めて、職探ししてるときに駅でこのバイト募集見たんだよ。いろいろ制約厳しいけどさ、今は女にストーカーされてっから、逃げるのにここは都合いいわけ。あ、アキラちゃんは?」
なんていうふうに、大介と俺は真っ先に打ち解けた。けど、問題は後の二人だ。さっきから一言もしゃべらない。思い切って話しかけてみた。
「馬場くんは将来、古書に関する仕事すんの?」
隣の馬場くんは音も立てずに味噌汁を飲み、俺をチラリと見た。
「ああ。古文の大学教授を目指している」
すげえな、将来は馬場教授だ。
「古文って言ったら、『枕草子』とか『徒然草』みたいな?」
「そっちよりも、俺が特に好きなのは『和漢朗詠集』とか『今昔物語集』なんだ。漢詩にも興味あるから。院では、韓愈や白居易の研究をしたい」
大介が“うっへ”と頓狂な声を上げる。
「最初に聞いたタイトルもう忘れた。馬場ちゃん最強ー」
これはやはり、ジャンル分け担当だな。知識豊富だし。
「米っち、何かしゃべれよー」
隣の米澤さんを、大介が肘でつつく。
「う…うん、でも、僕は皆みたいに凄くないから」
「オレだって凄くないって。ただの元ホストだしさ。そういや米っち、パソコン得意なんだよな。プログラムできんの?」
「簡単なものなら…。シューティングゲームとか落ち物パズルとか」
「すっげー! オレ、パソコンなんてググんのとブログと、マインスイーパぐらいしか使えねーし」
なかなかしゃべらない米澤さんを、大介はどんどん引っ張ってくる。だから俺も、話しかけやすくなった。
「米澤さん、前はどんな仕事してた? やっぱりコンピューター関係?」
米澤さんの箸が止まった。
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