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第9話・二日目・2

 毒島さんが持ってきてくれた冷たい玉露でひと息つき、俺は天井を見上げて考えた。  外部との接触はできず、屋敷に閉じこめられ、任務を完了するまでは出られない。 「これって、まるで脱出ゲームじゃん」 “えっ?”と三人が一斉に俺を見た。 「だって、作業が終わるまで屋敷から一歩も出られなくて、ついでにお宝探しまでしてさ。何だかゲームだよな」 「なるほど! 脱出ゲームかあー」  と、初めて聞く米澤さんの元気な声。大介も冷茶を飲みながらうなずく。  馬場くんだけ、意味がわからず丸椅子に座ったまま固まっている。 「脱出ゲームって何だ?」  米澤さんの、これまた初めて見る明るい笑顔だ。 「ネットとかで見たことないかな、馬場くん。暗号を解いたり謎解きして、閉じこめられた部屋から脱出できればクリアっていうゲームだよ」 「…見たことないな」  馬場くんがパソコンを使うのは、古文に関しての調べ物ばっかりだろうか。  お茶を飲み干し、大介が立ち上がった。   「あのさ、お宝って一人が見つけりゃ百万だろ? でも争うよりは皆で力合わせて、二十五万ずつもらった方がよくね?」 ――嬉しい! 大介も同じこと考えてたなんて! 「俺も昨日、毒島さんから話聞いたとき、競争でギスギスした関係になるより、協力した方がいいなって思った」 「アキラちゃんも?」  湯のみを置いて馬場くんも。 「奇遇だな」  最後に米澤さんも。 「…僕も…。もう、人間関係がややこしくなるの嫌だし」  そして昼食後、四人での暗号の紙を広げて考えてみる。 「三日月の夜に杯――後で、毒島さんに頼んで、屋敷中にある杯を見せてもらおうか」  俺の案に、馬場くんもうなずく。 「そうだな、物を見ていないうちから、推測はできない」  大介が茶髪をボリボリとかく。 「これだけ大きな屋敷じゃん? 食器の数なんか多そうだし、杯だけでも数が多そうだよな~」  暗号の文字を太めの指でたどっていた米澤さんが、顔を上げた。 「まゆづき――三日月に関係ありそうな模様が書いてあるのを厳選してみるとか」 「米っち、それだ! 三日月…っていうと…クロワッサン?」 米澤さんがため息をつく。 「こんな純和風の家に、クロワッサンの絵を描いた杯があると思う? せめて、伊達政宗の弦月の兜とか」  眼鏡のブリッジを上げ、馬場くんがつけ加える。 「だとすれば、伊達家の家紋が入った杯だな」  ほかにも弓、きれいな眉=美人の絵、刀、と案が出たので、俺が紙の裏にクロワッサン以外の物を書き留めた。  午後の作業も滞りなく終わった。途中で食べた羊羹がとてもおいしかった。毎日ああやっておやつが出るなんて最高!  風呂で一日の埃を落とそうと作務衣を脱いでいると、背後にべったりと大介が寄り添ってきた。 「アキラちゃんさあ、何かいい匂いしない?」  俺のうなじに鼻をつけ、すうっと息を吸われると、鳥肌が立った。 「冗談やめてよ大介」 「いや、マジでさ」  今度は俺のウエストに手を回してきた。おいおい、冗談でもやり過ぎだぞ。 「ずっと嗅いでいたい匂い」  うなじに顔を押しつけ、回した手に力をこめる。逃げられなくて俺は、隣にいた米澤さんに助けを求める。 「何とかしてよ、米澤さ~ん」 「大介、離れてやれよ。晃が嫌がってるぞ」 “しょうがないな”と大介は離れてくれたけど、今度はつむじ辺りに鼻を押しつけてきた奴がいる。馬場くんだ。 「本当だ…。いい匂いがする」  まさかの馬場くんまで、そんな冗談を。蔵の中で本の埃をかぶってたから、埃臭いだけだぞ。 「いい匂いって、何なんだよ」 「わからないけど――」  馬場くんは、俺の肩を抱き寄せた。 「惹きつけられる匂い」  俺はフレグランスの類は使っていない。いったい、どんな匂いなのか。昨日から皆、同じシャンプーと石鹸を使っているから、あまり体臭に差はないと思うけど。  米澤さんまで、俺に鼻を近づける。けど、すぐに離れてくれた。 「そうかな~? 特に何も匂わないけど」  多分、米澤さんが正解だ。大介も馬場くんもどうしたんだろう。  その後、体を洗っていたら、大介が泡だらけのタオルを俺の背中に押しつけた。 「俺が背中流してあげるよ」 「あ…ありがと」  大介はタオルでゴシゴシ擦らずに、手のひらで優しく、泡を使って洗ってくれる。 「背中だけじゃなくて…ここもいい?」  大介の手が前に回ってきて、胸元をまさぐる。 「い、いいよ…自分で洗えるから」 「ねえ」  耳元に唇を這わせ、大介がささやく。 「もっと下の方…もいいかな?」  俺は大介の手を振り払い、立ち上がってシャワーの湯を浴びた。 「いいわけないだろっ。大介どうしちゃったんだよ、さっきから」  何だか冗談の域を越えている気がして怖かった。本気で俺に何かしようとしている。 「アキラちゃんに惚れた」 「はあ?! だって、大介は昔彼女いたって…だから、そっちの人じゃないだろ?」  大介も立ち上がり、俺の両手首をつかんで壁に押しつけた。

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