9 / 47
第9話・二日目・2
毒島さんが持ってきてくれた冷たい玉露でひと息つき、俺は天井を見上げて考えた。
外部との接触はできず、屋敷に閉じこめられ、任務を完了するまでは出られない。
「これって、まるで脱出ゲームじゃん」
“えっ?”と三人が一斉に俺を見た。
「だって、作業が終わるまで屋敷から一歩も出られなくて、ついでにお宝探しまでしてさ。何だかゲームだよな」
「なるほど! 脱出ゲームかあー」
と、初めて聞く米澤さんの元気な声。大介も冷茶を飲みながらうなずく。
馬場くんだけ、意味がわからず丸椅子に座ったまま固まっている。
「脱出ゲームって何だ?」
米澤さんの、これまた初めて見る明るい笑顔だ。
「ネットとかで見たことないかな、馬場くん。暗号を解いたり謎解きして、閉じこめられた部屋から脱出できればクリアっていうゲームだよ」
「…見たことないな」
馬場くんがパソコンを使うのは、古文に関しての調べ物ばっかりだろうか。
お茶を飲み干し、大介が立ち上がった。
「あのさ、お宝って一人が見つけりゃ百万だろ? でも争うよりは皆で力合わせて、二十五万ずつもらった方がよくね?」
――嬉しい! 大介も同じこと考えてたなんて!
「俺も昨日、毒島さんから話聞いたとき、競争でギスギスした関係になるより、協力した方がいいなって思った」
「アキラちゃんも?」
湯のみを置いて馬場くんも。
「奇遇だな」
最後に米澤さんも。
「…僕も…。もう、人間関係がややこしくなるの嫌だし」
そして昼食後、四人での暗号の紙を広げて考えてみる。
「三日月の夜に杯――後で、毒島さんに頼んで、屋敷中にある杯を見せてもらおうか」
俺の案に、馬場くんもうなずく。
「そうだな、物を見ていないうちから、推測はできない」
大介が茶髪をボリボリとかく。
「これだけ大きな屋敷じゃん? 食器の数なんか多そうだし、杯だけでも数が多そうだよな~」
暗号の文字を太めの指でたどっていた米澤さんが、顔を上げた。
「まゆづき――三日月に関係ありそうな模様が書いてあるのを厳選してみるとか」
「米っち、それだ! 三日月…っていうと…クロワッサン?」
米澤さんがため息をつく。
「こんな純和風の家に、クロワッサンの絵を描いた杯があると思う? せめて、伊達政宗の弦月の兜とか」
眼鏡のブリッジを上げ、馬場くんがつけ加える。
「だとすれば、伊達家の家紋が入った杯だな」
ほかにも弓、きれいな眉=美人の絵、刀、と案が出たので、俺が紙の裏にクロワッサン以外の物を書き留めた。
午後の作業も滞りなく終わった。途中で食べた羊羹がとてもおいしかった。毎日ああやっておやつが出るなんて最高!
風呂で一日の埃を落とそうと作務衣を脱いでいると、背後にべったりと大介が寄り添ってきた。
「アキラちゃんさあ、何かいい匂いしない?」
俺のうなじに鼻をつけ、すうっと息を吸われると、鳥肌が立った。
「冗談やめてよ大介」
「いや、マジでさ」
今度は俺のウエストに手を回してきた。おいおい、冗談でもやり過ぎだぞ。
「ずっと嗅いでいたい匂い」
うなじに顔を押しつけ、回した手に力をこめる。逃げられなくて俺は、隣にいた米澤さんに助けを求める。
「何とかしてよ、米澤さ~ん」
「大介、離れてやれよ。晃が嫌がってるぞ」
“しょうがないな”と大介は離れてくれたけど、今度はつむじ辺りに鼻を押しつけてきた奴がいる。馬場くんだ。
「本当だ…。いい匂いがする」
まさかの馬場くんまで、そんな冗談を。蔵の中で本の埃をかぶってたから、埃臭いだけだぞ。
「いい匂いって、何なんだよ」
「わからないけど――」
馬場くんは、俺の肩を抱き寄せた。
「惹きつけられる匂い」
俺はフレグランスの類は使っていない。いったい、どんな匂いなのか。昨日から皆、同じシャンプーと石鹸を使っているから、あまり体臭に差はないと思うけど。
米澤さんまで、俺に鼻を近づける。けど、すぐに離れてくれた。
「そうかな~? 特に何も匂わないけど」
多分、米澤さんが正解だ。大介も馬場くんもどうしたんだろう。
その後、体を洗っていたら、大介が泡だらけのタオルを俺の背中に押しつけた。
「俺が背中流してあげるよ」
「あ…ありがと」
大介はタオルでゴシゴシ擦らずに、手のひらで優しく、泡を使って洗ってくれる。
「背中だけじゃなくて…ここもいい?」
大介の手が前に回ってきて、胸元をまさぐる。
「い、いいよ…自分で洗えるから」
「ねえ」
耳元に唇を這わせ、大介がささやく。
「もっと下の方…もいいかな?」
俺は大介の手を振り払い、立ち上がってシャワーの湯を浴びた。
「いいわけないだろっ。大介どうしちゃったんだよ、さっきから」
何だか冗談の域を越えている気がして怖かった。本気で俺に何かしようとしている。
「アキラちゃんに惚れた」
「はあ?! だって、大介は昔彼女いたって…だから、そっちの人じゃないだろ?」
大介も立ち上がり、俺の両手首をつかんで壁に押しつけた。
ともだちにシェアしよう!