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第10話・二日目・3

「ちょ…ちょっと、大介?!」 「今日から“そっち”の人。てゆーか、アキラちゃんだけの人」  大介の顔が近づいてきた。目がマジだ! 早く逃げなきゃ唇を奪われるー! 「よせよ、大介」  馬場くんが大介の肩をつかんで止めてくれた。 「あ…ありがと…馬場くん」  安心したのも束の間、今度は馬場くんに腰を抱き寄せられた。 「晃は渡さない」  何でー?!  俺、急にモテ期ー?!  つーか、男ばかりー?!  俺は馬場くんの腕からなんとか離れると、すっかり疲れ果てて湯船につかった。米澤さんが二人から俺を守るように隣に座ってくれた。 「二人とも、晃が好きなのはいいけど、喧嘩はやめようよ。せっかく、仲良くできると思ったのに…」  米澤さん! “晃が好きなのはいいけど”って何?!  せっかくの広い檜風呂なのに、疲れが全然取れなかった…。  夕食後、暗号解読のために応接間に集まった。毒島さんと源さんにお願いして、屋敷中の杯を集めてもらった。  お屠蘇を飲むような三段重ねの杯に、お猪口、ぐい飲み、脚付きのグラスまで。お酒を飲む器全てが、応接間のテーブルを埋めつくす。テーブルだけじゃ足りなくて、源さんが別の部屋から文机を運んできてくれた。  何でも、頂き物が多いとか。さすが名家だな。  皆で確認したけど、三日月、弓、美人、伊達家の家紋、刀、(もちろんクロワッサンも)に相当する絵はなかった。 「いったい、どの杯なんだろう…」  江戸切り子のグラスがキラキラしててきれい。思考が止まってしまい、手持ち無沙汰にグラスを眺める。  杯をじっと見つめていた米澤さんが、顔を上げた。 「そういえばさ、あの紙には“さかづき”って書いてあったよね。“す”に濁点じゃなくて“つ”に濁点」  漆塗りの三段重ねの杯を手にしている大介も、顔を上げる。 「えっ? 米っち、杯って“す”に点々だっけ?」 「平仮名で書くときは、“す”に濁点だよ。旧仮名遣いかな」  馬場くんも顔を上げ、ずれた眼鏡の位置をなおす。 「先代はおそらく明治生まれだろう。旧仮名遣いで書いても、おかしくはない」  暗号に関係ありそうな杯は見つからない。それに、おかしいと思っていたことがあったんだ。 「あのさ…」  俺は疑問を口にした。 「杯を覗くって何だろう? 飲み干す、とかならわかるけどさ」  三日月の夜に、杯をじっと見てるって何だろう。  馬場くんが、顎に手を当てて考えこむ。 「…そういう情景が出てくる、散文詩か何か…。酒を酌み交わす、月を眺める、ならあるけど、杯を眺めるのは――やっぱり思いつかないな」  馬場くんの深い引き出しにも、相当する文章は無かったようだ。 “あっ”と、毒島さんが思い出したように膝を叩く。 「杯はもう一つあります。実用的なものではないのですが」  先に立って歩く毒島さんに、俺たち四人もついて行く。ついた先は、俺たちが食事をする部屋、『古銭の間』だ。  毒島さんは、床の間の前で正座をして、一礼する。懐から出した白い手袋をはめると、掛け軸の下に飾られた、立方体の桐の箱を両手で捧げ持つ。くるりと百八十度回転すると、俺たちの前に箱を置いた。そして、箱に向かって両手をついて、もう一度頭を下げた。畳に額がつくほどだ。 「こちらは旦那様が、平安時代の皇室に関する書物を皇室に献上なさったとき、お礼にと皇室より賜りました銀杯です」  すげー!  そんなやんごとなきお方から、物をもらうなんてハンパねー! 「お…おい皆、正座だ」  馬場くんに言われて、俺たちは横にずらりと並んで正座した。箱に向かって頭を下げる。 紫色の紐がほどかれ、蓋が開いた。中には、黒いビロードみたいな布に覆われた、銀色に輝く杯。一人前のサラダボウルみたいなカップには、菊の浮彫がある。その下には細い脚。お酒を入れて飲む器というより、ミニチュアの優勝カップだ。 「こちらに、何かヒントになるようなものはございますか?」  菊だから、全く月には関係ない。暗号どおり眺めてみても、何もない。 毒島さんが、蓋の裏をいじっている。何をしているのかと思えば、蓋の裏を開けていた。二重になっているようで、その中には“下賜”と書かれた、二つ折りの上等の和紙が入っていた。どうやら、墨の成分で銀が変色しないようにとの配慮らしい。  今度は懐から老眼鏡を出し(あの作務衣の中はどうなってんだ)、毒島さんが中を読み上げるけど、やはり暗号とは関係なさそうだ。  結局、その日は何もわからずじまいのまま。弥勒院さんはどうして、暗号を解いたのに宝を隠したままなんだろう。  考えただけじゃわからない。先は長いんだ、必ずお宝を見つけてやる!

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