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第13話・四日目・1
木曜日、四日目になった。
蔵の中に、金属製の蓋付きの大きな長持がある。人ひとりなら余裕で入りそうだ。蓋の埃を払い、そっと開けてみると、巻物がたくさんあった。忍者が持つような大きさのものから、まるで社会科の地図のような大きいものまで。その巻物自体には埃は無く、取り出して馬場くん、米澤さん、大介にそれぞれ渡した。
「…これは伊勢志摩の夫婦岩だな」
馬場くんが広げた紙は、縦に細長い。掛け軸かな。
「めおといわ?」
「ああ、年賀状のモチーフなどに使われる、三重県の有名な岩だ。海上に大小二つの岩が飛び出していて、注連縄で繋がれている」
大介が掛け軸の方に首を伸ばして絵を見た。
「そういや、暗号に“めおといし”ってあったじゃん。それと関係あんのかな?」
この絵にヒントが――馬場くんが絵を眺める。だが、暗号の神様は降臨せず、馬場くんはため息をついて首を振る。
ほかにヒントになる絵はないか、皆で手分けして絵を一枚一枚広げていく。だが、『二つの山』など暗号に関する絵は見つからなかった。
「おかしいな」
馬場くんが丸椅子に座り、膝の上で頬杖をつく。
「あの暗号の詩、五七調にしたいためか、“廃山の鋼鉄に引く”という部分を“廃山の鋼 鉄に引く”と分けているだろ? 和歌としてはお粗末だ」
なるほど。馬場くんの見解では、古書に詳しく和歌集なども目にしている職人としては、歌人でないにしても下手すぎる歌の作りということらしい。
俺も知識が無いなりに考えこんでいると、大介が大声を上げた。
「うっわー! これすげー! ねえねえアキラちゃん、これ見て」
どれどれ…? と、大介が広げた絵を見た俺は、驚きのあまり腰を抜かしそうになった。
「な…何これ、何でこんな絵があるんだよ!」
「すげ~だろ。無修正ホモ」
後ろから馬場くんが覗きこみ、眼鏡の位置を直しながら平然と言う。
「春画だな、しかも衆道の」
ちょんまげ頭の男性が着物をはだけ、同じく着物がはだけている男の子を後ろから抱きしめ、挿入している。挿入されている側は、まげを結ってはいるが月代を剃っていない。
描写がかなりリアルで、ボカシもモザイクも何も入っていない。
「江戸時代ごろの、若衆茶屋の様子だろう」
「何喜んでるんだよ…」
ウキウキしている大介と焦っている俺とは対照的に、馬場くんはいつもの冷静さで、米澤さんは呆れてため息をつく。
「こういう絵、もっと無いか米っちもいっしょに探そうぜ!」
何だか、主旨がズレている。俺たちは暗号を解くため――いやいや、今は蔵の整理が先だ。
こうして作業を進め、長持の中の絵を全部確認した。だが、謎は一向に解けなかった。
関連の絵を重ねるんだろうか、書いた人の名前にヒントが、果てはあぶり出しだろうか(それはマズい)と案が出たが、結局は何もわからなかった。
夕食の後、恒例の謎解き会議。俺は応接間に一番乗りした。
さっきまで降っていた雨は止み、フランス窓の外は三日月が出ている。三日月はあるけど杯が無いなあ、とぼんやり眺めていると、いきなり後ろから抱きつかれた。
こんなことする人は…。
「アキラちゃん、なに物思いに耽ってるの?」
茶髪がうなじをくすぐる。俺の匂いを嗅ぐように、大介が耳たぶに鼻を近づける。
「は、離れろよ」
大介は離れるどころか、浴衣の合わせから手を入れてきた。
「ちょ…やめろって」
ぞわぁっと鳥肌が立ち、俺は大介の腕から逃れようともがいた。
「どうしよう…アキラちゃん」
「どうしようって…何が?」
「あの春画見た後からさ…なんか、興奮しちゃって」
あのホモ絵か! てゆーか、大介はノーマルじゃなかったのか!
「あの絵と同じこと、アキラちゃんにしたい」
「俺はごめんだ!」
冗談じゃない! 何で男に突っこまれなくちゃならないんだ!
俺は死に物狂いで大介の腕から逃れた。
「後でアキラちゃんの部屋に夜這いに行っていい?」
「いいわけないだろっ」
そんなやり取りをしていると、馬場くんと米澤さんが応接間に来た。
「大介、強要はよくないぞ」
背が高い馬場くんは、威圧的に大介を見下ろして睨む。
「わかってるよ。これでも元ホストだからね。相手を夢中にさせて、落とせばいいんだからさ」
大介の挑戦的な目が見上げる。だがそれは一瞬だけで、大介はにっこり笑うと馬場くんの肩を軽く叩いた。
「お互い、フェアにいこうねっ。アキラちゃんを取り合っても、オレと馬場ちゃんはダチ公だし。だから、馬場ちゃんが見ていないところでは極力、手は出さないからさ」
「極力って何だ」
「も、もうやめようよ二人とも。消灯時間がきて謎解きできなくなるよ」
何とかその場をおさめて、すぐに暗号の紙とにらめっこしたが、依然謎は解けない。
そこに、英吉さんが入ってきた。英吉さんも風呂が済んで、浴衣姿だ。
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