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第15話・五日目・1
蔵の中には本だけじゃなく、掛け軸や屏風などの絵も多数ある。額に入った書道の文字なんかもある。
今日もまた、絵の点検をする。
俺の身長より少し低いぐらいの、どデカい桐の箱があった。蓋を開けると、和紙で包まれていた。和紙をそっとめくると、大きな屏風だった。全く傷んだ様子が無いから、これはもう一度封をするかな。
「それ、『三国志』の赤壁の戦いだよね」
「そうなの、米澤さん?」
「うん、間違いない。こっちが孫権と劉備の連合軍の船で、端にいるのが軍師の諸葛亮孔明、反対側にいるのが魏の曹操孟徳」
古代の中国の歴史をもとにした、有名な物語。緻密な線で、たくさんの船が見事に描かれている。少し色褪せてはいるが、描かれた当初はもっと鮮やかだったんだろうな。絵のことはよくわからないけど、そんな俺でも見入ってしまう。
大介がニュッと現れて、俺の肩を抱いた。
「米っち、すげー物知り!」
「そんなんじゃないよ。これもゲームがきっかけで、興味を持っただけ」
米澤さん褒めるなら、米澤さんの肩を抱けばいいのに。
屏風はほかにも源平合戦、関ヶ原の戦いなど日本の戦や、ペリーの黒船来航など歴史を描いたものばかりだ。
よくありがちな風神雷神とか虎の絵とかはなく、歴史物語のみだ。
こういうのも展示するんだろうな。きれいに梱包されてあるから、中身は全然傷んでない。皆で手分けして、また丁寧に包みなおした。
午後には額におさめられた書を点検する。これも立派な額のおかげで、端が少し黄ばんでいる以外は問題ない。けど一つだけ、額に入っているにも関わらず、端が少し破れている絵があった。
正方形の額に収められた絵だ。綿をくるんだ布を貼りつけてふっくらさせた、押し絵だ。着物を着た女の子が、手毬を持っている。上の余白には歌のような文字が墨で書かれていた。状態はきれいだが、端の方が少し破れていた。女の子の押し絵に破損があれば英吉さんに修復は頼めないかもしれないけど、台紙にあたる紙だから修復可能だろうか。
だが俺たちはその絵よりも、余白に書かれた歌のようなものが気になった。
〈とのさまの
たからはなあに
きんぎんこばん
あなをほれ
みっつのやまの
あなをほれほれ
そうしてみんなきえちゃった〉
「なんだろ、これ」
思わず出た俺の言葉に、あとの三人も“さあ?”と首をひねる。その後馬場くんは、食い入るように絵を眺めていた。
「どうかした? 馬場くん?」
「いや…これ…俺たちが来た日、廊下に飾ってあった絵じゃないかな」
俺たちが弥勒院家に来た日、あまりにも部屋が多すぎて迷子になりそうと思ったけど、絵や壺が飾られていて、それが目印になりそうだなと思った。けど、結局はどこにどの絵や壺があるなんて覚えていなくて、自分の部屋の近くにある壺しか覚えていない。
「間違いない、これはトイレの前にあった絵だ。壺のデザインにしても絵にしても、雄々しいものが飾られているイメージだったから、珍しいなと思っていたんだ」
馬場くんの記憶力は鋭い。歌の内容の神秘性からも、どことなく不思議な印象はある。けど、ただの子供の絵とわらべ歌だろう、と修復するための柳行李にしまい、次の作業にうつる。
「額っていえばさー」
大介がふと、つぶやく。
「飯食ってる部屋に、お金が入った額縁があるじゃん。あれも展示するのかな?」
「毒島さんに聞いたけど」
横から馬場くんが、眼鏡の位置をなおしながら言う。
「先代が、父親――つまり、弥勒院さんのおじいさんからもらった昔のお金と、先代自身が持っていた古いお金を、ただ飾っているだけらしい。マニアなら数万円は出すレアな貨幣もあるが、コレクションというほどのものではないため、展示というより通路かどこかにディスプレイするだけらしい」
なるほどね。昔のお金は珍しい。展示するほどの価値ではないにしても、二つの額はただのディスプレイとしてなら、人目を引くだろう。
屏風の修復は必要なさそうだけど、額縁の書が色あせていた。それに、あの押し絵も端がちぎれていた。離れの英吉さんの所に運ぶのだが。
「うっ…! こいつは重いな」
柳行李を持ち上げた馬場くんが、うなるように言う。額縁ごとだから、いつもの本よりも重い。
「俺も手伝うよ」
「ありがとう、晃」
馬場くんが先頭に立ち、二人で柳行李を持って蔵を出た。渡り廊下まで向かい、俺はそこで気づいた。
(英吉さんの所に行かないといけない…!)
また、変なことをされそうで怖い。今は馬場くんがいるから大丈夫かな。けど、英吉さんが俺に何かして、馬場くんがそれ見て怒って…。てなことになると面倒だ。とにかく、何事も起こらないように祈るしかない。
離れの部屋に着いた。そこは修復作業をする部屋と、英吉さんが生活している部屋がある。木の引き戸の前で馬場くんが声をかける。
「失礼します。修復の必要な物をお持ちしました」
作業場の中からは返事がない。
そっと引き戸を開けてみると、作業場の電気は点いていたが、英吉さんはいなかった。
「奥の部屋にいるのかな?」
作業場の奥はトイレや洗面所のほか、英吉さんが寝泊まりをしている部屋がある。
「いや、電気が消えているから違うな」
部屋に入る木製の引き戸には、直径十センチほどの丸いガラスがはめられている。部屋にいるなら電気を点けているだろうが、ガラスの向こうは暗い。
カラカラッ、と引き戸が開いた。振り返るとそこには英吉さんがいた。
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