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第19話・六日目・2
米澤さんが、今度は寂しそうにではなく、満面の笑みを見せた。
「最初は正直、逃げ出そうかと考えたんだ。でも、こうして皆と仲良くなったのが嬉しいんだ。僕、今まで友達いなかったし」
大介が米澤さんの肩を抱く。
「もー、オレたち米っちとは親友じゃん、マイバディー! このバイト終わっても、皆で遊びに行こうぜ!」
「うん…。この生活がいつか終わるのは残念だけど、また、皆で会えたらいいな」
ここの生活は楽しいけど、パソコンが無いのはつらい。家に帰ればパソコンは使えるが、また両親に説教される日がくる。米澤さんのジレンマだ。
大介が米澤さんの肩をポンポンと叩く。
「じゃーさ、米っちバイトでいいから何か探せよ。ちゃんと自分の意見を言えるようになれば、真面目だから、どこでも勤まるよ」
今まで他人を拒絶していたところはあったかもしれない。でも、ここでは誰も米澤さんを悪く思わない。自分に合った就職先が、絶対に見つかるはずだ。
バイトが終われば皆バラバラだけど、ずっと友達でいたい。…馬場くんと大介は、どう思うかな。英吉さんは、ここから離れて一週間もすれば変わるだろうって言ってたから、普通に友達付き合いできるよな。
そう信じとこう…。
今日は誰にも遭遇しないよな。
風呂のたびにビクビクしてる。夕食前にサッとシャワーは浴びたけど、やっぱり檜風呂に入りたい。
とりあえず、米澤さんと毒島さん、源さんは大丈夫だろうから、その三人なら安心かな。
と、湯船につかっていると、源さんが入ってきた。
少し驚いた顔の源さんは、穏やかに微笑んで会釈する。体がゴツい人だなと思ってたけど、やっぱり筋肉質だ。鍛えてたのかな。ますます漁師に見える。
「すいやせん、お邪魔しやす」
「あ、いえ、こちらこそこんな時間に…。今日の夕食もおいしかったです」
源さんは体を洗いながら、はにかんだ笑みを見せた。
「それはよかった。そばは手打ちなんですがね、皆さんのお口に合いやしたか」
源さんの料理は家庭料理でありながら、その腕はプロを越えている!
…しかし、さっきから気になることが…。
「源さん、明日からよろしくお願いします。お昼と夕食をお手伝いしますんで、いろいろ教えてください」
「いやあ、あっしはプロではなく、元々は趣味で料理をしてたんで、教えることがあるかどうか」
謙遜するけど、源さんの料理はどれもおいしい。デザートにシャーベットが出たこともあったけど、それも源さんの手作り。凄いなあ…。
…うん、凄い人なんだけど…。
その…源さんの背中…。気づかないフリをするには、無理がある。
体を洗い終わった源さんは、湯船につかった。
「あっしのこの背中、見て驚きやしたでしょ?」
源さんの背中には、咲き乱れる桜の花と、今にも襲いかかりそうなリアルな虎が彫られてあった。どう見ても、お洒落タトゥーには見えない。
にっこり笑ってくれているけど、どうしても目が泳いでしまう。
「あー…、えっと…、はい。…そういうの、本物を見たのが初めてで」
額の汗をタオルでぬぐい、源さんは天井を見上げた。
「あっしはね、若いころヤクザだったんですよ」
どひゃーっ! 本物のヤクザ!
源さんは漁師ではなくヤクザだったのか!
じゃあ、頬の傷は…刀か何かで…。
「あ、あの…、源さんはどうして、この家に…?」
元ヤクザに、平安時代から続く名家。繋がりが全くわからない。
「昔、もう二十年以上になりやすが、敵対していた組の幹部のタマを、あっしが取りやしてね」
魚をさばくようにあっさりとそんな恐ろしいことを言う源さんは、経緯を話してくれた。
「受刑中に、あっしの妹が向こうの組のモンに手ぇ出されやしてね…。軟禁状態で覚醒剤漬けで…ソープランドに売られて…最後には自殺したと」
源さんの表情が曇る。妹さんがそんな酷い目に…無理もない。
「それを出所してから知りやしてね、あっしは組のモンが止めるのも聞かず、今度は幹部じゃなく組長を仕留めようとしやした」
結果、組長を討つことはできず、返り討ちにあった。満身創痍で港から海に飛びこみ、敵を撒いた後は海沿いを歩いて逃げ延び、ここから南の海岸にたどり着いて気を失ったそうだ。
倒れている源さんを発見したのは、弥勒院さんだった。弥勒院さんは何も言わず、負傷した源さんを家に連れ帰り、手当てをしてくれたそうだ。
「傷が癒えたときに、あっしは土下座して旦那様に頼みやした。“家事一切を手伝いやすから、ここに置いてくだせえ”と」
源さん…、悲しい過去があるけど、いい人に見つけてもらってよかった。
「あれから十年になりやす。思えば、当時の旦那様は、すでに認知症が出始めていやしたが、そんなふうには見えず、とてもお優しい方で」
そうだ、弥勒院さんは現在、認知症が酷くて俺たちは会えない。毒島さんが、弟子の栄吉さんにも合わせないそうだ。やはり源さんもかな…。
「弥勒院さんには、最近お会いしましたか?」
源さんは、首を横に振る。
「いえ…、寝たきりになってからは、一度も合わせてもらえやせん。もう、長年いっしょに暮らした毒島さんのこともわからないとかで」
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