20 / 47
第20話・六日目・3
「弥勒院さんのお食事は、源さんが作ってるんですよね?」
「ええ、おかゆとか、味噌汁やスープの具を潰したものとか…。魚をすり身にしたり、豆腐はつぶしたり。卵はかき玉汁にしやすね。咀嚼が難しいらしくて」
源さんは、作るだけじゃなく食べさせたりといったお世話もしたいそうだ。だが、どういうわけか、毒島さんがそれを許さないらしい。
「もう、あっしのことはわからないと思いやすが…。見知らぬ赤の他人として見てくれても構いやせんので、せめてお食事の世話だけでもしたいんですがね」
弥勒院さんは命の恩人だし、お世話を毒島さんだけに任せっぱなしというのが歯がゆいらしい。
「…そうですか…。毒島さんは、なぜ弥勒院さんの介護を一手に引き受けられてるんでしょうね。疲れるじゃないですか」
「いえ、たまにヘルパーを呼んでいるので、そのときにはお休みなんでしょう」
なぜ、毒島さんは弥勒院さんの世話をたった一人で引き受けているんだろう。英吉さんも源さんもいるから、分担すればいいのにな。
でも、毒島さんに聞いても理由は教えてくれないだろう。英吉さんや源さんでさえ、詳しい理由は知らないんだ。よそ者の俺たちに教えてくれるはずはないだろう。
ザバッ、とお湯が激しい音を立てた。源さんが湯船から出て、シャワーをサッと浴びて出て行く。何だか急いでるみたいだけど。俺ものぼせてきたし、もう出よう。
俺もシャワーを浴びて、風呂から出た。
脱衣所で腰にタオルを巻き、牛乳を一気飲み。ああ、いいなあ。銭湯みたいで。
源さんは寝間着を着ると、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、一気に飲んだ。
そして、扇風機の前にじっとたたずむ。涼んでいるのかと思えば、何やら考えごとをしているようだった。うつむいた顔を覗くと目元が真剣で、何か悩んでいるような。弥勒院さんのことで、悩みでもあるのかな。
「あの~…源さん? どうしましたか?」
「晃さん…」
源さんは、ゆっくりとこちらを見た。
「我慢できねえっす!」
気がつくと、俺は源さんのたくましい腕に抱きしめられていた。
ええええ~っ!
源さん、何してんの?!
「ずっと…我慢してたんでやすが…晃さん、本当にいい匂いがして、たまらなくて…!」
ぐえっ、源さんは力持ちだ。ヤクザ時代には相当強かったんだろう。どんなにもがいても、筋肉質の腕はほどけない。
頭の上から、低い声が聞こえる。
「本当にすいやせん、これ以上のことは…決してしないんで…! 今だけ、こうさせてくだせえっ」
ドスのきいた声で、背中にモンモンが入った人からお願いされれば、断ることができない。それに、よほど理性で抑えているせいか、源さんからはあまり性的なものは伝わらない。きっと誠実そうな源さんのことだから、言葉どおりこれ以上のことはしてこない、そんな気がしたんだ。
あの後、源さんは本当にすまなさそうに何度も俺に謝った。
皆、共通して言えることは、俺がいい匂いだってこと。俺には自覚がない。英吉さんが言うには、ここから離れればいいみたい。でも、バイトを途中で投げ出すわけにはいかない。源さんはああいう感じだし、大介も馬場くんも英吉さんも、いくら何でも変なことはしてこないだろう。
それよりも、明日は重大な日だ。謎解きのために皆で池を散策し、源さんの手伝いをする日なんだ。
ゆっくり体を休めるため、俺は消灯時間を待たずに布団に入った。
まさか、あんな事件が起こるとはつゆ知らずに――
ともだちにシェアしよう!