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第21話・七日目・1

 日曜日の朝、休日だけど食事の時間は同じで、食卓には味噌汁やご飯、アジの開きに青菜のおひたしなどが並ぶ。いつもと同じ、朝食の風景。  だが、米澤さんがいない。 「もー、米っち、休みだからって寝てんのかな?」  そう言う大介も、寝ぼけ眼でボサボサの茶髪をかき、大あくびをしている。  馬場くんが立ち上がった。 「俺が呼んでこよう」  米澤さんを迎えに行った馬場くんを待つこと五分。 『古銭の間』に来たのは、馬場くん一人だった。 「米澤さんがいないんだが」 「トイレか何かじゃね?」  大あくびが止まらない大介は、気だるそうに言う。 「まさか、休日だしのんびりできると思って朝風呂とか?」  そう言った俺に、あくびが大笑いに変わった大介がツッこむ。 「それ、ないない。米っち、朝は何か食ったら目が覚めるって言ってたから」  馬場くんが眼鏡のブリッジを指先で上げる。 「風呂の可能性はあるかな。トイレは見たけど、誰もいなかった」 「俺、風呂を見てくるよ」  俺が捜索係を買って出た。  風呂場を見たけど、源さんしかいない。源さんはデッキブラシで、風呂場の床を掃除していた。 「おはようございやす、晃さん。昨日は本当に…」  掃除の手を止めた源さんに、俺は慌ててお辞儀をした。 「お、おはようございます。いえ、それはもういいんですが…。実は米澤さんが見当たらなくて、お風呂にでもいるのかなと」 「いえ、米澤さんはお見かけしておりやせんが」  どうやら、風呂ではないらしい。源さんにもう一度頭を下げ、『古銭の間』に戻ってきた。  もう、味噌汁は冷めている。せっかく、源さんが早起きして作ってくれているのに。 とりあえず、先に食べて米澤さんを待つことにした。皆が食べ終えても、米澤さんは来なかった。食器を下げに来た源さんは、味噌汁は残念ながら捨てるけど、おかずは置いとくので、米澤さんが戻ってきたらすぐに知らせてほしいと言った。  米澤さん不在のまま、応接間に集合した。米澤さんのことは心配だけど、仕事は進めなくてはならない。  毒島さんに尋ねても、米澤さんを全く見かけていないとのことだった。雨が降っていない日は、毎朝毒島さんは庭掃除をする。そのとき門の閂は下りていたそうだ。台所に近い勝手口も鍵がかかっている。  さらに、毒島さんからの情報によると、預かっていた携帯電話やノートパソコンなどはそのままだと言う。黙って帰ってしまった、という可能性は低い。  米澤さんが消えた。俺たちはショックから立ち直れないまま、作業をしなくてはならない。あの大介でさえ、真剣な顔つきで黙ったままだ。  米澤さんのことは後で考えるとして、まずは池の捜索と掃除だ。毒島さんに、鯉たちを別の水槽に移してもらった。裸足になって池に入り、底にある栓を抜くと、水は勢いよく渦を巻きながら吸いこまれていった。  そこはデコボコした人工の石だ。鯉たちが怪我をしないよう、人工の柔らかめな素材を使っている。デコボコにしたのは、外から見たときに自然な感じになるから、という理由だそうだ。  めおといし。馬場くんの推察が正しければ、この池のどこかに大小の石があるはずだ。  洗剤を撒き、デッキブラシで擦りながら、デコボコの石を注意深く見る。  そのとき―― 「あっ、何これ。ほかの所と感覚が違うっ」  妙に出っ張った所があった。周りよりほんの少し山型に飛び出た石があり、四~五センチほど右にも、小さな山型の石がある。絵で見た夫婦岩に似ている。それに―― 「…これは明らかに、人工的に作られたものだな」  そう、不自然なんだ。きれいな山型だ。鯉たちが怪我をしないよう、先は尖っていない。 三人で小さな山二つを見下ろすが、ここから先はどうしていいのか、わからない。 「なあ、馬場ちゃん。“めおといし”がこれだとしたら、次の暗号に関係するだろ? この石が、どうやって次に繋がると思う?」  大介の言うとおりだ。次の暗号は“こだからうまれ”だ。ただの山型の人工的な石二つが、何を意味するのかわからない。  ここから子宝が生まれるってことは、石を割るんだろうか。  ホースの水で洗剤を流した後、馬場くんが石の前にしゃがんだ。  山を撫でさする。左右に回してみても、無理やり引っ張っても、石はびくともしない。まさに、動かざること山の如し、だ。  似た色合いの石を削り、強力な接着剤でつけているのだろう、というのが馬場くんの見解だ。じゃあ、子宝はどこから生まれる?  そのとき、俺はふと思いついた。 「あ、ファンタジーでよくあるやつ、二つの石や像なんかの影が重なって、その影が示す所に何か――」 「こんな小さな石で、影が重なるか?」  そりゃそうだ。深くもない池で、鯉たちの邪魔にならない程度の石では、影らしい影はできないだろう。 「あっ!」  石の間を撫でていた馬場くんが、急に声を上げて手を止めた。 「ここ、小さなくぼみがある! マイナスドライバーなら入りそうだ」 「オレ、毒島さんに借りてくる!」  大介が毒島さんからマイナスドライバーを借りてきてくれた。馬場くんが石の間のくぼみにドライバーを差しこみ、テコの原理を応用してグイッと持ち上げた。  ポコンッと円形の蓋が外れた。夫婦石の間には、円形のくぼみが作られていて、そこにぴったりと蓋がはまっていたんだ。開ける方法は、ドライバーなどの薄い金具を使うしかない。手では開けられない。池に水が張られたとき、浮力が働いて蓋が浮かないよう、きっちりとはまっていたようだ。  そして、中から“子宝”が生まれた。

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