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第23話・七日目・3
神隠し、誘拐、内緒で外に出て事故に遭った、考えは悪い方に行く。
「米っち、いつの間にいなくなったんだろうな…」
大介のつぶやきに、俺は頭の中で整理してみた。
米澤さんは、昨日の午後十一時以降、誰も見ていない。今朝の朝食の時間に、いないことがわかった。
午後十一時から翌朝七時半の間、ということになる。
毒島さんの話では、掃除をしたとき、門の鍵はかかっていたそうだ。じゃあ、米澤さんはこの屋敷のどこかにいる?
としか思えないけど、ご飯も食べずに隠れる理由がわからない。
馬場くんが眼鏡のブリッジを指先で上げる。眼鏡の奥の目は、やや伏せ気味だ。
「…事故に巻きこまれた、とかでなければいいが…。まさか…」
俺もその“まさか”に気づいた。
「わらべ歌のたたり」
思わずつぶやいてしまった言葉に、大介が反応する。
「何二人とも、そのわらべ歌のたたりって」
俺は大介に、英吉さんから聞いた話をした。昔、殿様が山に埋めた宝を掘り起こそうとした人たちが全員行方不明になったこと、それ以来宝探しはこの近辺でタブーであること、実際に小学生が崖から転落死したこと。
あのわらべ歌の押し絵は、大介も覚えていた。確かに、トイレの前にあったと。
大介の手から箸がぽろりと落ちた。
「こえー! まるで都市伝説じゃん! じゃあ、米っちは宝探しのたたりでいなくなったってこと?! んなのねーよ、ただの迷信だろ! じゃ、次は俺たちの誰だよ、“そうしてみんな消えちゃった”の歌詞どおりってことかよっ」
口からご飯粒を飛ばし、大介が反論する。
「い…いや…俺も馬場くんも、たたりなんて信じていないし…ねえ、馬場くん」
馬場くんは茶碗を持ったままうつむいている。せめて俺に同意してくれよ。
そんな重苦しい空気のまま、昼食は終わった。
午後の時間は謎解きに使った。応接間のソファーで、馬場くんと大介と俺の三人、暗号の紙をながめて頭をひねる。
“こだから うまれ とお かさね”。子宝は生まれたが、それを十枚集めるという見当がつかない。この広い屋敷で、あと九枚も集めるのか。
ところで――
「十枚集めて、いったい何になるんだろう」
そんな疑問を口にしたら、大介が俺に寄り添って肩を抱いてきた。
「ほんとだ、一円玉十枚に“おしえのもとに”ってゆー、次のヒントがあると思えないんだけど」
十枚の一円銀貨が何を教えてくれるんだ。池の底から見つかった一円銀貨には、何の細工も無い。さっぱりわからなくてイライラしてしまう。大介が俺の耳に息を吹きかけるから、余計にだ。
馬場くんが冷静な顔で、大介を俺から引きはがす。
「この銀貨は古銭に関連している、という考え方はどうだろう?」
「古銭って…額の中の?」
“そうだ”と、今度は俺の隣に座った馬場くんに肩を抱かれた。
「例えばだ。そこの硬貨の製造年を五十音にあてはめて、十文字のアナグラムを入れ替える、というのは?」
大介がまた俺に近づいて、耳に息を吹きかける。
「暑苦しいよ、二人ともっ。ところで、池から出てきた銀貨も入っているとすれば明治三十六年だから、五十音にあてはめると――」
しばらく沈黙が続いた。うつむいて指を折って数えていた馬場くんが、顔を上げた。
「『や』だな。明治は四十五年まで、大正は十五年。額の中の古銭に昭和時代のものは無いと考えると…『ん』の文字は無いのか」
…だとしても、無数に組み合わせがある。
「じゃ、暗号には濁点とか無いの~?」
大介の疑問に、馬場くんはまた指を折る。
「大正時代の年号が濁点に当たるとすると、『ど』まで入るぞ」
何とか、言葉は見つかるだろうか。とりあえず、あと九枚は見つけないと。
『古銭の間』の額に同じものが一枚でもあれば、何か手がかりがつかめるだろう。俺たちは『古銭の間』に向かっ――馬場くん、腰を抱き寄せるのはやめてくれっ。大介、お尻触るのはやめてくれっ。ああ、抑え役の米澤さん、何でいないんだー!
三人並んで額縁を見上げる。…ちょっと二人とも、俺にくっつき過ぎだけど。
一円銀貨は見当たらない。別の硬貨ばかりだ。あとは、額面が十銭から百円までの様々な紙幣。
二つの額に、硬貨は合計十二枚入っている。毒島さんに許可をもらい、額縁を下ろして中を確認してみた。
硬貨は台紙と同じ色の丸い穴が開いた厚紙におさまっていて、紙幣は写真なんかを飾るときに使うフォトコーナーみたいな三角の紙で四隅を固定してある。
皆で白手袋をはめて、一枚ずつ何年製造か調べてみた。
「馬場ちゃーん、これ、大正十五年」
「こっちは明治二十三年」
馬場くんに製造年を書き出してもらい、平仮名にあてはめた。
そ、ぬ、や、は、ち、ぜ、ぎ…
いくら並べ替えてもまともな言葉にはならず、俺たちは徒労に終わった。
大介がバタッと、畳の上に大の字に倒れる。
「ちっくしょ~、わかんねえよー。米っちはいなくなるし、暗号は解けねーし。暗号とかじゃなく“どこそこのタンスの中”とか書いてくれりゃいいのに」
遊び心があるにしても謎過ぎる。先代は、もしも弥勒院さんが見つけなかったら…ということを考えなかったのか。
大介の愚痴は続く。
「“とおかさね”って、十枚重ねて何になるんだよ。ただの十円じゃんか。値段がつけられないお宝のありかのヒントに十円って何だよ、みみっち…」
いきなり、大介が起き上がった。外した額縁の前にしゃがむと、烏帽子を被ったおじさんの肖像画があるお札を、そっと外す。額面は“十円”だった。
「ビンゴだよ…アキラちゃん、馬場ちゃん!」
十円札は、数ある紙幣の中でたった一枚しか飾られていない。そしてその十円札があった場所には、半分に折られた白い紙があった。台紙に小さな切込みがあり、そこに挟まっている。
「凄いよ、大介!」
「ハッハッハ~、惚れなおしたかアキラちゃん」
と言って大介は俺の肩を抱き寄せるけど、生憎だが惚れなおすどころか、元々惚れていない。
眉間にシワを寄せている馬場くんが、畳まれた紙を広げた。
「摩訶…?」
そこには墨で“摩訶”とだけ書かれていた。
また謎ができた。次のヒントは何を指すのか全くわからない。俺たちは顔を見合わせ、その場に固まった。
本当に、摩訶不思議な謎だ…。
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