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第26話・九日目・1

 火曜日の、しとしと雨が降る朝。朝食の時間になっても、大介は来ない。今まで夜型の生活をしてきた大介だから、一度ぐらい寝坊してもおかしくはない。  けど、米澤さんの例もあるから嫌な予感がして、大介の部屋に様子を見に行った。  ふすまの外から、声をかける。 「大介、起きてる? もう朝食の時間だよ。今朝はスクランブルエッグに、ウインナーがついてるよ」  食べ物でつられる大介ではないな。“開けるよ”と断ってから、ふすまを開けた。  八畳間には、布団も無いし大介もいない。トイレも探してみたけど、いなかった。まさか一晩中、ピアスを探して――いや、そんなわけはない!  俺は慌てて『古銭の間』に戻った。 「馬場くん! 大介がいない!」  馬場くんは眼鏡の奥で目を見開いた。 「大介までいなくなったのか?!」 「トイレとか応接間も見たけど、いないんだ! まさか…まさか、大介まで…!」  どうしてだよ、どうして米澤さんも大介も、黙っていなくなるんだ! 「お…俺、毒島さんに知らせてくる!」  俺は毒島さんの部屋に向かった。毒島さんは部屋にいない。そうか、朝食なんだろうな。本当なら、俺たちは食べ終わっている時間だ。  台所から一番近い和室では、毒島さんと栄吉さん、それに源さんが食事をしていた。 「どうなさいましたか、野崎さん」  のんびりした口調の毒島さんに、俺は慌てて報告をした。 「あ、あの! 大介までいなくなったんです!」 「何ですって!」  と、源さんが箸を置き、 「まさか、大介くんまで?!」  と、英吉さんが立ち上がり、 「うーむ…」 と、毒島さんは考えこむ。 「毒島さん…?」  どっこらしょ、と毒島さんが立ち上がる。 「いえね、今朝は雨だったので掃除はしていませんが、新聞を取りに行ったときは門の閂は下りてました」  つまり、その時間に大介はいたってこと? 「米澤さんがいなくなったときも、閂は下りていたでしょう? でも、米澤さんは姿を見せないじゃないですか! おかしいですよ!」  英吉さんがふすまを開け、部屋を出る前に振り返って言った。 「僕は庭を探します。毒島さんと源さんは、屋敷内をお願いします!」  玄関の傘立てには番傘があった。俺と栄吉さんは番傘を差し、庭に出た。 「晃くん、玄関から向こう、枯山水や池のある方を見てくれないかい? 僕は蔵の近くと離れの周辺を探すよ」  二手に別れて捜索をするも、大介は見つからなかった。  なぜ、大介まで消えたんだろう。俺は雨の中、冷めた朝ご飯が待っている弥勒院邸に戻った。  蔵での作業中、はじめは俺も馬場くんも無言だった。俺が埃を払って検品も兼ね、馬場くんは検品も兼ねてジャンル分けする。効率は格段に悪くなった。 「大介…何でいなくなったんだろ」  そんな俺のつぶやきを聞き、手馬場くんは冷静に眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。 「毒島さんによると、米澤さんのときと同じく、携帯や衣類などもそのままらしい。部屋には、コンタクトレンズの洗浄液もそのまま残っていた」 「絶対、おかしいよ。大介はストーカーに追われてたから、帰るはずはないだろうし…」  馬場くんは検品していた本から顔を上げた。 「米澤さんはゲームをしたがってたし、大介は都会暮らしがいいって言ってたけど、帰ったとは考えられない。おまけに荷物もそのまま。これってやっぱり…」  本を閉じ、馬場くんは“文学”と書かれた柳行李に入れる。 「やっぱり…たたりなのかなあ」  そうしてみんな きえちゃった  歌どおり、俺や馬場くんも消えるのか…? そう考えると、この蒸し暑さなのに背筋が凍りそうだ。 「二人もいなくなる、ということは…あの小学生の事件もあるし」 「やめてよ、馬場くん!」  思わず頭を抱えて叫んだけど、もとは俺が“たたりなのかなあ”なんて言ったせいだ。 「ごめん…馬場くん…、俺…混乱してて」  驚いている馬場くんに謝った。馬場くんは“気にするな”と言ってくれたけど、それでもあのわらべ歌の呪いの不安は消えない。 「じゃあ、事件に巻き込まれた、という路線で考えてみようか」  失踪事件、いや、誘拐事件だろうか。だとすれば、犯人は何の目的で――  俺は丸椅子をズルズルと引きずり、馬場くんの正面に座った。 「ここの家宝の存在を知った誰かが、家宝を独り占めするために二人を監禁した!」 「じゃあ、俺か晃が犯人になるだろ」 「そうじゃなくて、ここんちに盗聴器か何か仕掛けてあって、それを聞いてる第三者」  馬場くんは顎に手を当て考える。 「だとすると、修復を依頼する博物館関連の人や古本屋…。いや、それなら家宝を俺たちに見つけさせ、後から横取りした方が効率よくないか?」  あ、そうか。俺たちは少しずつ暗号を解いていた。ならば四人で効率よく見つけさせた方が、手っ取り早い。  となると、犯人の目的は違う所にあるのだろうか。馬場くんがまた、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。 「もうこれは毒島さんに頼んで、警察に連絡してもらうほかないな」  毒島さんは、近い内に交番で尋ねてみると言っていた。もう、その段階まで来たのかもしれない。  けど、どういうわけか、毒島さんが動いてくれる様子はなかったんだ。

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