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第27話・九日目・2

 午後の作業が始まった。たった二人でも、作業は進めないといけない。俺はいつもの倍のスピードで動く。それでも本を傷つけないよう、細心の注意をはらっている。馬場くんも埃を払うのを手伝ってくれる。 「あのさ、馬場くん。誘拐や拉致だったとして、犯人がいるとしたら、目的は何だと思う?」  埃で汚れた眼鏡を拭き、馬場くんは考えこむ。 「宝を横取り、という目的でなければ、逆に宝を見つけてほしくない、だろうか――」  馬場くんがそれっきり黙る。俺の方をチラリと見て、何か話したそうにしていたが、口をつぐんでうつむく。  そんなことが何度か続く。 「何、馬場くん? 何か思いついた?」  言いにくそうに眉を寄せ、馬場くんがやっと口を開く。 「いや、その…。外部の犯行だとしたら、犯人はどこから来たんだ? 二人がいなくなった時間、門の閂は下りていたし、勝手口の鍵もかかっていた」  つまり、密室状態だ。塀を越えた、という可能性もあるだろうけど、犯人が一人ならまだしも、米澤さんや大介を抱えて塀を越えるだろうか。それはあり得ない。  これだけ大きな屋敷だけど、毒島さんが見回りぐらいするだろう。それに今は俺たちもいる。数人の目をかいくぐり、大の大人を人知れず拉致するなんて。  わらべ歌の呪い、というのが怖くて“誘拐説”を立ててみたけど、やっぱり矛盾していた。  そもそも、犯人の動機もわからない。米澤さんや大介をさらって、何の得があるんだ。身の代金だろうか。テレビや新聞には、そんな情報はない。実際に誘拐事件だったとしても、人質の身の安全のため、犯人逮捕まで報道はされないだろうけど。 「…考えたくはないんだが」  馬場くんはまた、顎に手を当て言いにくそうにする。 「二人が短期間に黙って去るのは変だ、かといって侵入者の形跡もない。となると…内部の人間の犯行だな」  その言葉に衝撃を受けた。立っていたら、めまいでふらついたかもしれない。まさか…! 「内部って…、毒島さんか英吉さんか源さん?!」 「米澤さんと大介が自分から出て行ってないとすると、それしかないだろう」  あり得ない。毒島さんも英吉さんも源さんも…そんなことをする人とは思えない。 「その三人だけじゃない、俺と晃も容疑者になる」 「なっ…!」  本当にめまいがしそうになった。俺は馬場くんに疑われてる?!  だが、馬場くんの目元が穏やかになった。 「安心しろ。俺は晃を信じてる」  めったに笑わない馬場くんが微笑みかけてくれる。眼鏡の奥の目は優しくて――不覚にもキュンとした。馬場くんが信じてくれてる、それだけで嬉しい。 「俺も、もちろん違うんだが――動機があるとすると、家宝を見つけたときの報酬を多くもらいたかった。大介が晃に言い寄るのが、面白くなかった」 「そんな…。馬場くんが二人を監禁したとして、いずれ作業が終われば二人が馬場くんを訴えるだろ。そんな後先考えないことは、馬場くんにはできない」 「そう、だから二人を口封じ――殺害した」  違う、馬場くんはそんなことをしない。俺は勢いよく首を横に振った。 「そんなわけないだろ。それに馬場くんがここに来た目的は、金じゃなくて古書に興味があったわけだし」  馬場くんがここに来たのは、大金が欲しかったからではなく、古書に興味があったからだ。家宝を探すのだって、四人で手分けした方が効率よくできる。 「ああ、その通りだ。けど、最悪の事態になったとしたら、警察はこの家にいる者全員を疑うだろう」  そんな事態だけは、絶対にあってほしくない。願わくば、二人とも家で無事にいますように。 「馬場くん…もし…弥勒院家の誰かが犯人として、動機は何だと思う?」  動機が思い当たらない。毒島さんは四人で手分けして作業を早くしてほしいだろうし、博物館のために家宝だって見つけてほしいだろう。 「もしも、毒島さんが犯人だったとしたら――」  馬場くんは、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。 「最初、俺たちに報酬を出す予定だった。だが、それが惜しくなった――あるいは、不測の事態がおきて金が入り用になった」  だからって、あの毒島さんが人を監禁したり殺害したりするだろうか? 「じゃあなぜ、行方不明みたいなことにしたんだ? “嫌気がさした、と言って帰った”と言ってパソコンとかの持ち物を隠せば、こんな事件めいたことにならないんじゃ」 「そう、俺もそう考えた。だから毒島さんは該当しないだろうと思うが、あくまでも可能性だ」  馬場くんは無表情で答える。それは決して冷たいからじゃなく、可能性を考えるために、あえて無表情にしているんだ。気持ちが入ったりすれば、あの人たちを犯人に仕立て上げるのはつらい。  それでも、毒島さんの疑いはほぼ晴れた。残るは英吉さんと源さんだ。 「英吉さんは、他人に蔵書を触られたくない、何らかの理由で家宝を見つけてほしくない。あと、俺までいなくなった場合は、晃を手に入れるため――か」  また、背筋に冷たいものが走る。俺が原因とかやめてくれ。  しかし馬場くん、自分も被害にあうかもしれないというのに、何で冷静なんだ。  そんな冷静な馬場くんに、俺なりの推理を話してみた。 「蔵書を触られたくないなら、毒島さんに交渉して何がなんでもアルバイトを採用させないと思うよ」 「確かに。それに、家宝を見つけられて困るという理由も無いな」  それに英吉さんは、俺から発する匂いは、一時的なもののように言っていた。なら、俺にそこまで固執するとは思えない。  とすると、次は…。 「源さん…は、理由がないよね」  馬場くんは考えこんだ後、結論を出した。 「無理やりなこじつけだが、急に料理や洗濯の人数が増えて嫌になった」  俺はまた、首を思いきり横に振る。 「まさか! 洗濯はともかく、料理はわざわざそばを打つ人だよ? それにカレーだって、カレー粉を使ってはいたけど、生姜やスパイスなどで工夫されてた。料理が趣味らしいし、嫌になったってことはないよ」  馬場くんは大きく息を吐いた。それは考えが行き詰まってというより、安堵のため息のようだった。 「そうだな。源さんもシロだ」  どうしよう。あのことを話そうか。もしもヤクザが源さんの居場所を突き止めて、源さんが脅されていたとしたら。 「あ…あの…、源さん…、実は昔…ヤクザだったらしくて」  馬場くんなら口が固そうだから、話しても大丈夫だろう。俺は源さんが昔ヤクザで、銃で撃たれて海に落ちた後、この近くにたどり着いて弥勒院さんに助けられた、という話をした。 「もし、源さんに復讐するために、ヤクザが米澤さんと大介を人質として捕まえて、源さんが脅されているとしたら…」 「源さんは逆に被害者、ということになるな。けど誠実そうな人だから、人質を取られたりすれば、すぐに行動に移すだろう」  そうだ。源さんは優しい。俺たちは知り合って間がないけど、それでも人質に取られて黙っていることはしないだろう。 「じゃあ、この家に容疑者はいないよね」  馬場くんの返事がない。さらに難しい顔をしている。 「馬場くん…?」 「俺たちは一人、忘れている」 「だ、誰?」  容疑者となりうる人物。それは――  馬場くんはまた、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。

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