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第28話・九日目・3
「この家の主人、弥勒院さんだ」
驚きのあまり、丸椅子から落ちそうになった。
「弥勒院さんはあり得ないだろっ。認知症が酷くて寝たきりなんだから」
あまりにも突拍子のない答えだが、馬場くんは眉一つ動かさず推理を語る。
「俺たちは誰も、弥勒院さんに会ったことがない。最近では毒島さん以外、英吉さんも源さんも会っていない。正確には、会わせてもらえないんだ」
ヘルパーさんを呼んでいるらしいが、それでも毒島さんがたった一人で食事や下の世話、体を拭いたり薬を飲ませたりなどをしている。栄吉さんや源さんに手伝ってもらおうともせず。
ただでさえ重労働なのに、お年寄りの毒島さんには余計にきついはずだ。なぜ、一人で全部世話を引き受けているのだろう。
「弥勒院さんは果たして、寝たきりなのだろうか? 実は元気で、認知症のフリをしている。もしくは、毒島さんと協同して何か企んでいるとか…」
そりゃあ、物語では車椅子の人が実は歩けるとか、盲目の人が実は見えている、なんてこともあるけど。それはあくまでも物語の中だけで。
第一、弥勒院さんがそうだとして、どんな目的があるんだ。
「あるいは、弥勒院さんはとっくに亡くなっていて、何らかの理由で生きていることにされている、とか…」
そっちにしても、理由がわからない。
「馬場くん…どっちにしても、嘘をつかなきゃいけない理由がわからないよ」
また、馬場くんの大きなため息。今度は安堵というより、謎に行き詰まったためのものだ。
「そうだな。とりあえずは可能性、として考えてみた。俺の推理は全部無理がある。ということは、米澤さんと大介が自分たちから出て行ったと考えるのが妥当か」
この密室状態からどうやって外に出たのか、謎だ。
それに、そんな素振りを全く見せていなかった二人が、なぜ出て行ったんだろう。何か不満があったのか。そうなると、心配になるのは…。
俺は馬場くんをチラッと見上げた。
「何だ?」
「馬場くんは…帰ったりしないよね」
「当たり前だ」
フッと、馬場くんの表情が和らぐ。
「俺はここのバイトが楽しい。博物館ができたら、ぜひ見に来たいと思ってる」
そうだよな、古書好きな馬場くんだから、このバイトは天職なんだよな。馬場くんがいてくれるのは心強い。もし、俺一人になったりしたら――そう考えただけで涙が出そうになる。
「それに、晃といっしょにいられるのが嬉しい」
「よ、よせよ」
面と向かってそんなことを言われ、思わずそっぽを向いてしまった。
「晃…」
ちらりと馬場くんの方を見ると、らしくなく顔を赤らめている。
「俺と…付き合ってほしいなって…真剣に考えてる」
「いや、お付き合いって男同士だし、俺そっちの人じゃないし、無理だから!」
赤い顔で身を乗り出し、馬場くんが迫ってくる。
「俺だって、そっちの気はなかった! 晃が初めてなんだ。真面目に付き合いたいと思ってる。いっしょに食事行ったり、映画見に行ったり、テーマパークや水族館に遊びに行きたい」
って、普通に友達同士のレジャーだよな。
「それって、友達といっしょじゃね?」
「違う! 友達だったらキスはしない!」
「キスまでレジャーの一環になってんのかよ!」
…支離滅裂だ…。馬場くんは真面目なだけに、大介のようなあしらい方は通らないだろう。
このまま話し続けてたら、押し倒されかねない。話は切り上げて、俺たちは作業に専念した。
その日の作業終了後。
夕食と風呂をすませ、応接間にいた。ソファーの上で膝を抱え、見るともなしにテレビをつけていたけど、番組の内容なんて頭に入って来ない。米澤さんと大介のことが心配で。今ごろ、どこでどうしているんだろう…。
すると英吉さんが入ってきた。作業に使う古新聞を取りに来たんだ。すかさず俺は立ち上がり、話しかけた。
「英吉さん、お願いがあるんですけど」
毒島さんに、警察に連絡してもらうように説得してほしいと頼んだ。英吉さんの穏やかな表情が、一転して曇った。
「毒島さんはおそらく、警察に行かないと思うよ。何か…あるまで…多分」
その“何か”とは、最悪の事態のことだろうか。
「そんな…! 人の命がかかってるんですよ、たたりだとか宝探しがタブーだからとか言ってる場合じゃないと思います!」
ほうっと、英吉さんは深いため息をついた。
「その気持はわかるよ。僕だって…本当は警察に電話したいんだ」
そうできないのが余程歯がゆいのか、英吉さんは唇を噛む。
「命を救うためって言えば、毒島さんも承諾してくれるはずです! それにあの新聞記事では、山の捜索に動いたのが行方不明になってから二日後らしいじゃないですか! もう少し早く探せば、子供たちも助かったかもしれないのに」
あの子供たちだって、もう少し発見が早ければ助かったかもしれない。村八分にされることと人の命、どちらの方が重要なんだろうか。
「警察を呼べば宝探しが発覚する。毒島さんは、そのことをとても恐れているんだ。実はね、君たちバイトを雇うのだって、毒島さんはかなり悩んでいたんだ」
弥勒院さんの容態を考えると、早く蔵を整理しないといけない。英吉さんは修復作業がある。源さんは家事がある。だが、毒島さんは高齢だ。一人で蔵を整理するのも大変だ。近所の人に禁忌である宝探しを、手伝ってほしいなんて言えるわけがない。
毒島さんは顔には出さないし、米澤さんや大介の件でも、態度は冷静だった。その裏で、毒島さんは苦しんでいるかもしれない。宝探しをさせたせいで、こうなったと…。
こんなときに、俺は何もできない。こうなれば、規則違反をおかして電話を使うか、警察にかけこむかのどちらかしかないのか。
「…そうだね、僕もダメもとで毒島さんにお願いしてみるけど…。長い年月、この地で有名だった一族が、“宝探し”のせいで村八分になるかもしれないんだ。毒島さんも慎重になると思うよ」
反論したかったけど、できなかった。人の命と名誉、どちらが大切なんだ、と。けど、田舎のしきたりなんて、俺にはわからない。もっと根深いものがあるかもしれない。
今はただ、米澤さんと大介の無事を祈るばかりだ。
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