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第32話・十一日目・3

 小麦粉を落としてきれいさっぱりした英吉さんと、俺と馬場くんは湯船につかった。 …まあ、こういう状況だし、いっしょに風呂に入っても何もされないだろう。 「実はね…、先生がまだお元気だったころ、僕にポツリと言ったんだよ」 “家宝は、わしの大切な物の中にある。家宝を出すには、そいつを壊さなくてはならないかもしれん” 「僕には、家宝のありかはわからない。けど、先生が大切にしていた物の中にある、ということだけは知ってるんだ」  弥勒院さんが大切にしていた宝を、俺たちが壊すかもしれない。それで、俺たちに家宝を見つけてほしくなかったのか。 「先代の遺言だから、毒島さんの“家宝を見つけないと”って気持ちもわかるから、反対はできなかった。だから行方不明者が出て、しかも黙っていなくなる、ということがあれば、残った君たちのモチベーションも下がると思ったんだ。それに、毒島さんもたたりを気にして、宝探しを中止してくれる…。だから、あのわらべ歌の呪いを利用した」  英吉さんの計画はこうだった。米澤さんに、“パソコンや携帯電話をいじりたいだろう?”と誘惑した。毒島さんの所から、米澤さんが持ってきていたパソコンと携帯電話、ゲーム機やスナック菓子類を米澤さんに返した。米澤さんは、仕事が終わったときに英吉さんの部屋にこっそり来て、ゲームをしようと考えた。  だが英吉さんは、米澤さんにアルバイトを放棄してこのまま帰れば、百万円を渡すとそそのかした。 「最初は断っていた米澤くんだけど、こっそりパソコンを使ってしまった以上、契約違反になるねと、ちょっぴり脅したんだ」  米澤さんは家に帰りづらい。そう英吉さんに言うと、しばらく部屋にかくまってあげると英吉さんが言った。 「最初は家に帰ってもらう予定だったから、部屋にかくまったりしてバレないかヒヤヒヤしたけどね」  頭に乗せたタオルで、英吉さんは顔の汗を拭う。今まで隠していたことを洗いざらい話したその表情は、穏やかでさっぱりしていた。  俺は英吉さんに聞いてみた。 「じゃあ、大介も同じように話を持ちかけたんですか?」 「ああ、近いうちにそうしようと思っていた矢先、僕の作業場にピアスを落としたかもと、大介くんが入って来てね、ちょうど僕の部屋の引き戸が開いていたから、米澤くんがいることがバレたんだ」  大介は英吉さんに詰め寄った。訳を話した英吉さんは、大介にも同じ話を持ちかけた。 「アキラちゃんを裏切れないって、最初は突っぱねてたんだけどねー」  大介の心を動かしたのは、百万円ではなかった。 「家宝が見つからずに終わったら、晃くんとの仲を取り持ってあげるし、晃くんの匂いの秘密も教えてあげると言ったんだ」 「…あいつめ」  馬場くんが眉を寄せてうめいてる。また、後で揉め事にならなきゃいいけど…。 「大介くんも、ストーカーに追われてるとかで家には帰れないって言ってたから、僕の部屋にいるけどね」  そして英吉さんは、トイレのそばに飾られていたあのわらべ歌の押し絵を、端をわざとちぎり、蔵に入れておいたんだ。俺たちに注目させるように。二人が失踪したとき、伝承のわらべ歌の呪いに関係してだと思わせるように。伝承が関連すれば、毒島さんも警察沙汰にしにくい。宝探しに異常な反応を見せるこの地方だから、できた計画だった。  そのわらべ歌も、実は宝探しの呪いというのは真っ赤な嘘らしい。ほかの人々は呪いだたたりだと信じているが、英吉さんが調べた文献によると、昔、殿様の埋めた宝を探しに出た者が行方不明になったというのは本当で、宝を見つけた者が独り占めを目論み、ほかの仲間たちを殺して山に埋めたそうだ。犯人は宝を奪って失踪。だから、誰一人帰らなかったんだ。  その後、山に入った子供たちが崖から落ちる、スズメバチに刺される、毒性のある野草や果実などを食べて中毒を起こすなどの事故が相次ぎ、大人たちはわらべ歌を作って子供たちに聞かせ、好奇心で山に入ると行方不明になると言い聞かせた。  そうして育ってきた子供たちが、“宝探し”や“山”を忌み嫌うようになったとか。だから、昭和四十五年の事故死も、単なる偶然だったんだ。  英吉さんがお湯をすくって、バシャバシャと顔に当ててこする。 「本当にごめん…。僕はどうかしてた」  二人とも危害が加えられていたわけではなく、無事に英吉さんの部屋にいる。俺はそれだけでよかった。  馬場くんが二人を許してくれるだろうか。そういえば馬場くんは何で―― 「馬場くん、何で英吉さんの部屋に米澤さんと大介がいるって、わかったんだ?」  まさか、俺みたいに二人が特別な匂いがする…とかはないよな。 「英吉さんは、作業場にいるときは必ず奥の部屋の電気を消しているんだ。それが米澤さんが消えた日から、丸窓から電気が点けっぱなしなのを見たから」  凄い! 素晴らしい観察力! さすが毎日、英吉さんの作業場に行ってるだけのことはある。  だから俺に、英吉さんがだらしない人やうっかり屋に見えるか、なんて聞いたんだ。電気の点けっぱなしをするような人かという意味で。  馬場くんはきっと、教授をやる傍ら探偵業でもすればいいと思う。 “よくわかったね”、と英吉さんは苦笑する。 「もしかしたら、気づかれるんじゃないか…と、君たちが来るころには豆電球にして、電気スタンドを使ったこともあったけど」  それでもガラス越しには、うっすらと明かりが見える。けど、普通そこまで気にしたりはしない。馬場くんの観察力が優れていなければ、絶対にわからなかっただろう。 「熱いね、もう出ようか。あの二人を自由にしてあげないといけないし、毒島さんや源さんにも謝らないと」  皆で風呂から上がり、冷蔵庫の牛乳を飲んだ。失踪事件が解明した後の牛乳は、格別だ。 「英吉さん」  眼鏡をかけた馬場くんが、英吉さんに向き合う。 「家宝を見つけさせてください。もし見つけても、何かを壊さないといけないのなら、俺たちは決してそれ以上触りません」  馬場くんは頭を下げた。  英吉さんは、牛乳瓶を手に考えこむ。  俺も頭を下げる。 「俺からもお願いします。毒島さんだって、弥勒院さんが大切にしていた物を、博物館のためだからって壊したりはしないでしょう」 「二人とも、顔を上げて」  にっこり笑った英吉さんが、大きくうなずく。 「わかった。家宝探しを、君たち四人に委ねよう。吉報を待ってるよ」

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