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第34話・十二日目
途中、米澤さんと大介がいなかったけど、作業はもう半分を超えていた。ラストスパートに向かって、作業のペースを上げた。
大介に、埃を払った和綴じの本を渡す。
「大介、これお願い」
大介が手を伸ばす。けど、つかんだのは本じゃなくて俺の手首だ。
「あんまりペース上げなくていいじゃん。もっとアキラちゃんといっしょにいたいからさ」
「は…離せよ大介」
腕をブンブン振っても、大介の手は吸いついたみたいに離れない。
「アキラちゃんと離れてて、寂しいって思ったんだ。もう離れない」
「だから今は仕事…いててっ」
「じゃあさ、アキラちゃんがオレといっしょに住んでくれるなら、離してあげる」
大介の顔が近づいてきた。息がかかるほど近くに。
そのとき、俺の両肩がつかまれた。思い切り馬鹿力で大介から引き離される。
「今は仕事中だぞ」
馬場くんにではなく、大介は俺に返事する。
「あ、じゃあ、この話は仕事が終わってからね」
今度は背後から、馬場くんの顔が近づく。眼鏡が光ったような気がした。
「大介と同棲なんかしたら許さないぞ」
ええーっ?! 何だよこの修羅場!
丸椅子に座って真面目に検品中の、米澤さんののんびりした声が聞こえる。
「どっちと付き合うにしても、仕事が終わってからでいいじゃないか。晃が困ってるだろ」
だから米澤さん、俺がどっちかと付き合う話になってるんですけど?!
「だめだ。早く晃に誰を選ぶか決めてもらわないと、英吉さんも晃を狙ってるからな」
大介が目をしばたたかせる。
「なにー?! 英吉さんまで?! …ウソだろ…そんなこと一言も…。じゃあ、オレとアキラちゃん取り持ってくれるっていうのは?」
「嘘だな。大介をうまく引き離すために、そう言ったんだろ」
脱力してストンと丸椅子に座り、大介は頭をかきむしった。
「クッソ~! してやられたな! 後で劇的な再会を演出してあげるとか言われて、すっかり騙された~! もう、元ホストの名折れだよなー」
大介は茶髪をかきむしっていた手を止め、俺を見上げた。
「アキラちゃん、まさかと思うけど、源さんからは何も言ってこない?」
「その…」
源さんのあの一生懸命自分を抑えている誠実そうな態度を思い出すと、説明しづらくてどうしても目が泳いでしまう。
「その…源さんも…俺がいい匂いするって…」
「なにぃ~っ!」
大介の大声に思わず耳を塞いだ。
「じゃあ、ここって馬場ちゃんと英吉さんと源さんっていう狼の巣窟じゃんか!」
その狼に大介が入ってないのはなぜだ?
俺の両肩がいきなりつかまれ、強く揺さぶられる。
「早くここから出よう! 何なら蔵の作業だけ早く終わらせて、家宝は見つかりませんでした、って帰ろうぜ!」
「お…落ち着けよ大介」
「そうだぞ」
と、大介の肩をつかんで止めてくれたのは米澤さん。
「誰かが暴走するようなら、何ともない僕が止める。同じように何ともない毒島さんだって、英吉さんや源さんが晃に何かしたら、黙っていないと思うし」
そうだ、英吉さんが米澤さんと大介を騙して軟禁していたことを、監督不行き届きだと言っていた。責任感が強い毒島さんだから、まあ俺が危ない目に遭いそうになったら、抑えてくれるに違いない。
「晃が心配なのは、俺も同じだ」
後ろから馬場くんが、眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。…馬場くんも狼の一人なんだけど…。
「けど、英吉さんと約束したんだ。家宝の場所を必ず見つける。けど、その物を壊したりしないって。万が一、この暗号が外部に知られて解かれたら、アカの他人なら躊躇なくその物を壊すかもしれない。だから、俺たちでそれを阻止するんだ。弥勒院さんの宝を、死守するんだ」
…何となく馬場くんがたくましく見える。
胸が痛い。
…って?
俺…、馬場くんといっしょにいて安心できる、とか思ってる。
いや、これは恋とかそんなんじゃないぞ。頼れる友達ってだけだ。
いずれ馬場くんはこのバイトが終われば、俺に対する恋愛感情が無くなって、ただの友達になって、ゆくゆくは彼女ができて結婚して――
馬場くん…結婚するのかなあ…。
いや!
今のナシ!
今の胸の“キュウッ”としたのはナシ! みんなが俺に言い寄るから、毒されてるんだ、きっと!
「どうした晃?」
「わっ!」
殻に閉じこもって自問自答してたら、いきなり眼鏡が俺の目の前に現れた。
「いや、何もないっ! そうだな、弥勒院さんや英吉さんのためにも、家宝を見つけないとな!」
事件を通して、何となく結束が固まった(ような気がする)俺たちは、また暗号解読に燃えるのだった。
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