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第35話・十三日目・1
蔵書が次々と分類され、英吉さんの仕事もどんどん増えていく。
俺たちは作業に集中し、休憩時間や自由時間は暗号解読に費やそうと決めた。
「ねー、馬場くん。結局、シルクロードがどうのと言ってた本ってどれ?」
埃を払うのを手伝ってくれていた馬場くんが、俺の方を向く。
「ああ、あれは真っ赤な嘘だ」
「ウソォ~ッ?!」
「敵を欺くには何とかって言うだろ」
だからって、あれだけもっともらしいことを並べたてるとは…。
馬場くんは教授どころか探偵どころか、詐欺師が向いてたりして。
「英吉さんを引っかけるのに、でっち上げただけなんだ。晃にも本当にあるかのように話したのは、英吉さんの前でボロが出ないためにだ」
ボロが出る? つまり…。
「晃にあの計画を話してしまうと、馬鹿正直さから目が泳いだり挙動不審になると思ったから、悪いけど晃にも騙されてもらった」
「悪かったな、馬鹿正直で」
頭にフワリと手のひらが乗った。馬場くんが微笑んでる。
「俺はお前のそういうところが好きだ」
汗が噴き出しそうなほど、顔が熱くなった。落として褒める、ずるいぞそんなの。
と、咳払いが聞こえた。
「はい、そこー。仕事中ですよー」
大介が俺の後ろから腰を抱きしめる。余計熱いんだけど。
「なら大介も仕事しろ」
シッシッ、と手を振る馬場くんに、大介は余裕の笑みで対抗する。
「謎解きでもしようかなと思って。家宝が蔵の中にあるなら、探すんだったら午後五時までの蔵にいる時間がベストじゃん」
“なるほど”と、馬場くんは顎に手を添え考える。
「“摩訶”はやっぱり、摩訶般若波羅蜜多心経だと思うんだ。この蔵にある経本だ」
柳行李の中から、馬場くんは桐の箱を取り出した。箱の蓋には、『摩訶般若波羅蜜多心経』と縦に書かれた紙が貼ってある。
「箱に入った経本って、だいたい紙の箱だったりするけど、こんな立派な箱に入れるなんて、元の持ち主はよっぽど大事にしてたのかな?」
「だろうな。経本の幅と合わないから、これに合わせて作られた箱というより、空いた箱に入れたんだろう」
そんな大事なお経の本の、どこにヒントがあるんだろう。
馬場くんが、そっと蓋を開けた。表紙は布張りで、これにも中央に『摩訶般若心波羅蜜多経』と書いてある。
この中に、“廃山の鋼鉄に引く”を意味するものがあるのだろうか。
皆で輪になって座り、馬場くんの様子を見守る。
馬場くんが手袋をはめた指先で、文字を一つずつたどる。でも、それらしき記述はやはり見当たらない。
「馬場く~ん…。もしかしたら、馬場くんのでっち上げどおりにシルクロードを指してて、英吉さんの所に持って行ったシルクロードの本が正解、じゃないかな」
「いや、だとすると暗号の順番がおかしくなる。教えのもとに二つの山を伝うなら、“おしえのもとに いざひらけ ふたつのやまを はいざんのこう――”としなければならない」
あ、そうか。俺はそこまで考えはしなかった。けど、英吉さんまでよく騙せたな。
蓋を手に取って眺めていた大介が、裏側をほじくろうとしている。
「何してんだよ」
「うーん…、桐の箱だから、あの皇室からもらったっていう杯と同じ仕掛けがあって、外れないかと思ったけど…違ったー」
上等な桐の蓋を爪で一生懸命ほじくる大介の勇気は、大したもんだ。
「あっ!」
馬場くんの大きな声に、あとの三人が飛び上がる。
「何だよ馬場くん、大きな声出して~」
「教えのもとに、つまり“もと”っていうのは下ってこと!」
桐の箱の底を調べる。よく見ると、板の厚みの割に底の位置がおかしい。
「厚底だ…」
米澤さんが、ピンセットを馬場くんに渡す。ギザギザの滑り止めがついた先が細いタイプでは、紙をいためてしまう。俺たちが借りているピンセットは、先が四角く平たくなっている。切手収集家が使うタイプだそうだ。
「馬場くん、これ使って」
ピンセットを引っかけると、底の薄い板が外れた。やはり、底は二重になっていた。
その中から出てきた物を見て、俺たちは驚愕する。
「まさか…、ここにあったなんて」
失われていたわけではなかった。先代が、暗号のために抜き取っていたんだ。
そこには豆本の、『三國志』十二巻と十三巻があった。
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