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第37話・十四日目・1

 今日は日曜日。だけど特別に作業日だ。遅れを取り戻す分、休み返上で頑張ることにした。  それでも蔵の片付き具合からして、俺たちがこの弥勒院家に滞在するのは、もうあと何日もない。それまでに家宝は見つかるんだろうか。骨董品の類に興味はないけど、せっかくここまで来たんだ、ぜひとも見てみたい! 『古銭の間』で朝食を取っていると、大介が俺に尋ねた。 「アキラちゃんさー、ここ出たら次の仕事どうすんの?」 「うーん…」  味噌汁を飲みながら、考える。 「親戚のおじさんの店が再開できるまで、何か別の仕事探さないとなあ…。馬場くんは大学に戻るとして、米澤さんはどうする?」  二杯目のご飯をかきこんでいた、米澤さんの手が止まる。 「僕は…とりあえず家には帰らないとな…。仕事先も探さなきゃ」  隣の大介が、米澤さんの肩を叩く。その拍子に、米澤さんが箸でつかもうとしてた玉子焼きがツルンと皿から落ちた。 「そーだ米っち、帰るときに求人誌買って、両親には“次の仕事探す”って言えよ! そしたら何も言われないだろーし」  落としちゃったおわび、と大介が自分の玉子焼きを一切れ、米澤さんの皿に乗せた。 「あ…ありがと。そうしてみるよ」  ほうれん草のバター炒めを食べながら、馬場くんが大介に聞く。 「そう言う大介はどうするんだ?」  戻っても、ストーカー女が待ち構えている。そんな大介の今後は。 「オレさー」  ご飯の残りをかきこみ、味噌汁を飲んで大介が答えた。 「知り合いが東京にいるから、そこを頼ろうかなって」  俺は思わず大介に聞き返した。 「ええっ?! 大介、東京行っちゃうんだ?!」  ニンマリ笑って、大介が俺を見る。 「寂しい? 何ならアキラちゃん、オレといっしょに東京行こうよ」 「いや、俺は…」  隣の馬場くんが、俺の肩を抱き寄せる。 「だめだ。将来、俺と晃がいっしょに住むんだからな」  何で勝手に決めるのー!  いよいよ、残りの本棚が二つになった。一日ずつやるとして、今日と明日で終わるだろう。  俺は日曜日のお約束、源さんの手伝いをするから、蔵の作業はあとの三人に任せた。  そして十時の休憩時間、俺も蔵の皆といっしょにアイスコーヒーを飲むことにした。  ギギギッと重い扉を開ける。俺の後ろから、お盆を持った毒島さんが蔵に入った。 「お疲れ様です。お茶の時間でございます」  そろそろ梅雨明けの時期。雨は少なくなり、徐々に真夏らしい暑さになる。扇風機しかないこの蔵で、冷たい飲み物は嬉しいだろう。  わざわざ豆から挽いて作られた香りのいいアイスコーヒーを飲み、馬場くんが毒島さんに尋ねた。 「弥勒院さんは、あの『三國志』の屏風を大切にされていましたか?」  包装を外し、毒島さんが屏風を懐かしそうに眺める。 「ええ、旦那様はこれがお気に入りでしてね。絵が大好きで、ほかに歌舞伎の『勧進帳』を題材にした絵や、屏風になっております源平合戦など」  毒島さんの脳裏には、まだ元気なころの弥勒院さんが、屏風を眺めていた姿が浮かんでいるに違いない。 「掛け軸など、旦那様が季節やそのときの気分で替えられるのですが、どれにしようか選ぶときなど、まるで子供がおもちゃを選ぶように無邪気なご様子でしたね…」  不思議と、俺にもその様子が浮かんでくるようだ。床の間の前で、いくつもの掛け軸を広げ、目尻にシワをためてニコニコ笑顔で選んでいるおじいちゃん。  少し前に、米澤さんと大介がいなくなったとき、馬場くんと“内部の犯行では”と疑ったとき。もしや弥勒院さんは生きていて、毒島さんと二人で何か企んでるとか、すでに弥勒院さんは亡くなっていて、毒島さんがそれを隠してる――なんて考えもしたけど。  毒島さんの話しぶりからすると、そんなのはただの邪推だったって思う。毒島さんは、本当に弥勒院さんやこの家が好きで、一生懸命なんだ。もしかしたら、弥勒院さんのお世話を最期まで自分でしたいだけで、源さんや英吉さんの手を借りないのかな。  まだ、最後のヒントはわからないが、弥勒院さんがこの屏風を大切にしていたということが判明しただけ、収穫だった。  コーヒーを飲み終え、俺は疑問に思っていたことを口にした。

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