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第38話・十四日目・2

「英吉さんの話だと、家宝を出すのに大切な物を壊さないといけないらしいけど、この屏風がそうだとしたら、これを壊して何になるんだろう」  皆の視線が、屏風に集まる。物言わぬ屏風は、二次元の平面で合戦を繰り広げながらも沈黙を貫いている。  大介が屏風の前で腕を組み、独り言のようにつぶやく。 「壊す…のはこれじゃなくて、最後に出てくる“二つの山”じゃん?」  だとすると、この絵の中に二つの山を差すヒントが?  米澤さんも、大介の隣に立って腕を組む。二人とも、まるで美術品を鑑定する人みたいな、真剣な表情だ。 「弥勒院さんが、この屏風以上に大切にしている何かがあるのかも…」  また、昨日と同じように四人でそれぞれ一面ずつ担当して、ヒントを探す。 『ナントカを探せ』っていう絵みたいな感じだが、俺たちはこの細かい絵の中から何を探せばいいのかわからない分、難易度が高い。 “山”のヒントになるもの。やっぱりそんなの、この絵のどこにも見当たらない。  しばらく四人でじっと絵を見つめていると、真後ろから背中を軽く叩かれた。 「はい、終了~」  振り向くと大介がいた。 「わっ! 顔近い!」 「こんな武将たちとにらめっこしても始まんないっしょ。あとで英吉さんに、何か心当たりはないか相談してみねー?」  今日の作業終了後、みんなで英吉さんの作業場に行くことになった。 「あー…、思いっきり目を使ったら疲れちゃった。休憩、休憩っと」  と、大介は長持の上に座った。…てか、どこに座ってんだよ。 「ん?」  長持ちに座ったまま、遠くを見るように手を目の上にかざす。大介が見ているのは、屏風だ。 「んー…」  長持ちの上に立った。毒島さんに見つかると怒られるぞ。 「山だ! 二つの山だ!」  新大陸でも発見したみたいに叫ぶ大介に、馬場くんも興奮気味に尋ねる。 「山ってどこなんだ!」 「あれだよ、あれ!」  大介が指差す先は、件の屏風。 「あの屏風、上から見たらMの字じゃん」  大介の指が、アルファベットのMを描く。 「二つの山。だから、最後の二つの山って、やっぱりこれを開くんじゃね?」  なるほど! 俺は思わず拍手をしていた。 「凄いよ、大介」  腰に手を当て、大介がふんぞり返る。 「ふふん、アキラちゃん、惚れなおしたかー」  だから、そもそも惚れていない。  その後、俺は源さんの手伝いに戻った。  三時のおやつを持ってきてくれた毒島さんに許可をもらって、屏風を英吉さんの作業場に運ぶことになった。 「…この中に…かい?」  英吉さんは手袋をはめ、屏風の絵を撫でている。  馬場くんが眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。 「はい。これ以上暗号が無いとなると、最後の関門はこれです。この中に何か隠されているのでは、と思いました」  英吉さんはどうやら、何がどう隠されているのか、慎重に調べているようだ。  次に、懐中電灯を当てる。 「…確かに、何か入っているね。薄い紙のようだ」  そこに家宝のありかが書いてあるのか、地図があるのか。  栄吉さんは大きなため息をつく。 「先代は、これを開けと言ったのか…。この絵を屏風にしたのは先代だと聞いていたけど、何でまた…こんな手のこんだことを」  何でも、大正時代の名のある画家の作で、かなりいい値段がつくという。いくら家宝が値段のつけようがないほどのお宝とはいえ、そのためにこの絵を切り開かせようとするなんて…。 「いや、違うな」 「英吉さん…?」 「先代は、この絵を切らせようとしたんじゃなくて、きれいに剥がしてまた元通りにできるか、修復師としての腕を試そうとしたんじゃないかな」  先代は遊び心だけじゃない、息子の腕前を試そうとしていたのか。 「英吉さん、弥勒院さんはそれに気づいたんでしょうか?」  眼鏡の奥の目が、細められた。 「多分ね。けど実行しなかったのは、何か理由があるのかな…」  栄吉さんは、そばにあった椅子に座る。 「おそらく見事な屏風だから、外してしまうのが嫌だったんじゃないかな。時々、蔵書の研究をさせてほしいと、うちに学者が来てたんだけどね――」  弥勒院家の蔵書は、特殊なお香のおかげで保存状態がいい。お香のことを知らない学者が、その保存状態のよさに舌を巻き、本自体を調べたいと申し出てきたが、赤外線だの何だのと当てられる扱いが気に入らず、断ったそうだ。 「先生は、あるべきものをあるべき姿で愛でるのがお好きだからね。けど、屏風の中身はこの僕が責任を持って、出してみせる。もちろん、屏風として元通りにするよ」  不思議だ。まだ会ったこともない弥勒院さんが、若いころには英吉さんみたいな感じだったのでは、と思いこんでしまう。それほど、英吉さんには自信が満ちあふれていた。

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