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第39話・十五日目・1

 俺たちが弥勒院家に来てから、丸二週間がたつ。作業は順調にいけば明日で終わる。暗号はもう、解く部分がない――と思うのだが。  ここでの滞在も、残り少ない。俺は源さんに感謝の意味をこめて、今日も台所の手伝いをさせてほしいと申し出た。  英吉さんの作業具合が気になる。毒島さんによると、精神を集中させる作業だから、英吉さんは作業場にこもりっきりなのだそうだ。食事はお弁当にして、クーラーボックスに入れて外に置いておくため、俺は源さんを手伝ってお弁当を作った。  昼は肉じゃがと、あさりとオクラのからし和え、冷や奴だ。冷や奴は時間がたつと水分が出てしまう。豆腐を野菜の残りやこんにゃくなどと白和えにしておいた。  源さんは、『古銭の間』に昼食を運ぶ。俺は、離れにいる栄吉さんの所まで、クーラーボックスを運ぶ。 「英吉さーん、お昼置いときますねー」  なるべく日の当たらない軒下に、クーラーボックスを置いた。カラカラと、引き戸が開く音。 「やあ、晃くん。わざわざごめんね。ありがとう」 「いえ、作業が大変そうだからと、源さんが食事をお弁当にしてはどうかと提案したんですよ」  あまり睡眠を取っていないのか、なんとなく疲れた様子だ。もともと色白だけど、少し顔色が悪いような。眼鏡の奥の目も、なんだか落ち窪んでいそうで。 「無理しないでくださいね」 「ありがとう。…そうだ、今の状態を見てみる?」 「いいんですか?」  あの屏風が剥がれかけているところ。いったい、どんな風になっているんだろう。  作業台の上には、屏風だけしかない。ほかの道具は箱に入れて床に置いてある。電気スタンドも床の上だ。  屏風の蝶番を外し、“二つの山”は平らになっている。一見、ただ真っ直ぐな屏風に見えるけど―― 「糊は端だけにつけられていて、中はびっしりと紙が敷きつめられているんだ。まだ少ししか、糊が剥がれていないけどね」  英吉さんは手袋をはめ、左上をそっとめくる。角から三十センチほど、糊を剥がす作業が終わっているそうだ。下には、文字が書かれた紙が入っていた。 「糊の無い部分一面に敷きつめられていて、縦にしてもズレないようにキッチリと絵で覆われている。先代の腕は凄いね。僕なら、ここまでの技術はないよ」  大切な宝のため、隠された紙は糊付けされていない。それなのに長い間ズレることなく、この屏風の中で守られていたんだ。改めて弥勒院家の偉大さを知る。 「中の紙は文字が書かれているんですよね。何が書いてあるんですか?」  ペンライトが光る。英吉さんがペンライトを、屏風の隙間に当てる。 「無理やり引っ張り出せないから、まだここから覗くしかできないけど…。どうやら朝廷での話のようだね」 「家宝のありかを書いた地図などではないんですね?」 「そう。つまり、これ自体が家宝っていう可能性大だね」  朝廷での話で、日本が震撼するほどのもの。いったい何だろう、少しワクワクしてきた。  けど、作業の邪魔をするわけにはいかない。 「じゃあ、もう俺行きますね。お仕事頑張ってください」  作業場を出ようとする俺の腕が、いきなりつかまれた。 「英吉さん…?」 「寂しいね…。君はもうすぐ、ここを去るんだ…」  残念そうに言う英吉さんは、悲しそうな表情になる。 「あ…はい、でも、また遊びに来ます。博物館になってからも――!」  いつの間にか、英吉さんに抱きしめられていた。熱い吐息がこめかみに当たる。 「あ、あの…」 「…離したくない…」  肩の辺りとお尻をまさぐられ、さすがにこれはヤバいと思い、俺は英吉さんから逃れるために必死にもがいた。 「やめてください、英吉さんっ。俺は、そんな気は――」 「馬場くんのことが好き?」  その言葉に、心臓が思い切り跳ねた。何でだろう…。 「いや、その、好きとか…そんな」  確かに、米澤さんや大介がいなくなったとき、馬場くんがいてくれて心強いって思った。それに、仏頂面の馬場くんが時折見せる笑顔とか優しさとか…キュンとくるときがある。  でも、恋愛感情とまではいかないような――自分でもよくわからない。  英吉さんの両手が俺の肩に乗る。やっと俺の体を離してくれた。 「君を見ているとね、何となく馬場くんが好きなのかなって。馬場くんを見ているときの様子とか」  なに俺、変な態度に出てた? 米澤さんや大介と変わりないと自分では思ってたぞ。 「あんまり進展しないようなら、僕がさらっちゃうけど?」  ふふっと穏やかに微笑むけど、冗談ではなさそうだ。俺は“失礼しました”と、慌てて作業場を出た。

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