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第41話・十六日目

 火曜日、いよいよ最終日となる。蔵いっぱいあった本や書画は、ほとんどが整理済みだ。とても長いようで、あっという間の十六日間だった。 「アキラちゃーん」 「何、大介?」 「明後日、デートしよー」  何を言い出すのかと思えば…。 「デートなら行かない」 「じゃあさ、フツーに遊びに行こ! せっかくバイト代も入るんだしさ」  どうせフツーに遊びに行ったって、後で“デート”って言われるに決まってる。 「それなら、四人で行こうよ。カラオケとかボウリングとか」  大介は丸椅子に座ったまま、膝の上で頬杖をつき、唇を尖らせる。 「うーん…、どうせなら二人っきりになりたいんだけどなぁ…」  ほら、やっぱりデートのつもりじゃないか。  ふくれっ面だった大介が、急に笑顔になる。 「ま、四人で出かけんのもいいかな。カラオケしてボウリングして、焼き肉食って」 「ぼ、僕…カラオケもボウリングも、したことなくて」  米澤さんが遠慮がちに言う。柳行李の前に座っている馬場くんも、 「俺もない」 ――って、フツーの若者らしくないことを言う。 「オレ教えてあげるからさ、行こっ。何事も経験じゃん」  大介のリードで、早くも明後日の再会が約束された。住む所はバラバラでも、こうして会えるから寂しくない。いつかまた、この四人で博物館になった弥勒院家に来れるだろうか。  昼食を挟み、午後の作業で全て終わった。時刻は午後三時。終わったと同時に、毒島さんがおやつを持ってきてくれた。 「毒島さん、全部終わりましたよ!」 「これはこれは…。皆様、お疲れ様でした」  毒島さんが持ってきてくれたのは、冷たいわらび餅だった。  梅雨明けまで、あと一週間はあるだろうか。雨の日が少なくなってきたようだ。午後の気だるい暑さに、冷たい和スイーツは何よりのご褒美だった。  その日の夕食は俺たちを労うため、と応接間に面した池がある庭でバーベキューパーティーだった。バーベキューセットは、近所の人が貸してくださったらしい。クーラーボックスにはビールやチューハイの缶が、ぎっしり詰まっている。  今日は毒島さんも英吉さんも源さんもいっしょだ。皆でビールやチューハイで乾杯をする。 「かんぱーい!」 「お疲れ!」 「お疲れーしょーん!」  烏龍茶の缶を片手に、毒島さんが俺たちに頭を下げる。 「皆様、この半月間まことにありがとうございました。博物館ができましたおりには、ぜひとも遊びに来てくださいませ。皆様は特別に入場料は無料とさせていただきますので」  なんと、博物館にVIP待遇で入れるとは。古書のことはよくわからないけど、“あ、これは俺が検品したやつだ”とか、思い出しながら見るのも楽しそうだ。  肉や野菜の焼けるいい匂いがしてきた。さっそく、焼けた肉を源さん特製バーベキューソースにつけて食べる。 「うまい! 肉がすっごく柔らかい!」  バーベキューなんて、何年ぶりだろう。いや、こんなにうまい肉は久しぶりどころか初めてかも。  源さんによると、なんと近所の家の牛だそうだ。さばいて熟成された肉を、譲ってもらったそうだ。ほかに、味噌や醤油などもほとんどの家で作っているそうなので、それを買うらしい。無添加で体によく、おいしいからだ。  田舎はお店が少ないため、野菜や米、鶏も育てている家庭が多いそうだ。  久しぶりといえば、お酒も久しぶりだ。  米澤さんは缶チューハイ一本で顔が真っ赤っか。大介はさすが元ホスト、ビール三本でも顔色が変わらない。変わらないのは馬場くんも――と思ったら、烏龍茶を飲んでいた。アルコールがダメなのか。  宴もたけなわになったところで、英吉さんから発表があった。 「皆、聞いてほしい。屏風の中から、家宝が全て出たんだ」  慎重に糊を剥がし、中の紙も傷まないように気をつけて取り出していたため、かなりの時間がかかったそうだ。屏風の絵はまた、英吉さんが元通りに貼るらしい。 「実はあの屏風、最初は先代が作ったけど、先生は一度中身を出していたんだ。そして、先代のようにもう一度家宝を屏風に戻したんだ」  壊すことをためらった弥勒院さんは、決心して屏風の絵を丁寧に剥がし、元通りにしたんだ。先代とまったく同じ腕前で。 「出てきたのは二十枚以上の紙で、初代の弥勒院兼光(かねみつ)が書いた記録なんだ。今は作業場にある資料と照らし合わせて、本当に初代弥勒院の自筆なのか、毒島さんと検分中なんだ」  いったい、どんな記録なんだろうか。日本が震撼するほどのものって。  俺たちへの御披露目は、明日の午前中、出発前になるそうだ。 「できれば…作業の様子を、先生に見ていただきたかったな…」  英吉さんは、寂しそうに笑う。そういえば、いつの間にか毒島さんがいない。きっと、弥勒院さんのお世話なんだろうな。もう、お医者様から“覚悟なさってください”と言われて、最期の最期まで尽くすつもりなんだ。  弥勒院さん、二週間お世話になりました。あなたの弟子は、あなたの腕と心を受け継いだ、素晴らしい方です。  こうして、弥勒院家での最後の夜は過ぎていった。

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