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第45話・翌年の春・1
あれから、八月に叔父さんは退院し、店もリニューアルして開店した。だが、俺は翌年の二月いっぱいまで働かせてほしいと頼んだ。
そして四月。
「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」
大正モダン風のアンティークなインテリア。弥勒院さんが気に入っていたという絵をいくつか、額縁に入れて飾ってある。フランス窓からは石灯篭や池が見える。
「オムライスとミックスサンドですね、かしこまりました」
作務衣にたすき掛け、前掛けをした俺は厨房で腕を振るう。
ここは『弥勒院古書博物館』に併設されたカフェ、『ミルクホール』。弥勒院家の応接間を利用したカフェで、応接間としては広いけど、厨房を設えて大きな冷蔵庫を置けば、あまり座席数を置けない。だから、俺一人でなんとかやっていける。
入り口は、博物館の出入り口とは別になっているから、博物館に入らないお客さんでも来店してもらえる。もちろん博物館のお客さんも、半券があれば当日に限り博物館に出入り自由なため、途中の休憩に来てくれる。
さすがに土日はお客さんがひっきりなしで、そういうときは源さんが手伝いに来てくれる。
メニューはオムライスやカレーライス、サンドイッチにハンバーグ定食といった昔懐かしい洋食で、飲み物はコーヒー、紅茶、ココア、ミルク、オレンジジュース、レモンスカッシュ、クリームソーダ。
そして目玉は名物『小町パフェ』。バニラと抹茶のアイスに小倉あん、生クリームとさくらんぼをトッピングしている。小ぶりのパフェだから、食後のデザートに注文してくれる人が多い。
不思議なことに『弥勒院古書博物館』は、古書マニアのおじいちゃんだらけかと思いきや、女性客が多い。
どうやらお目当ては、弥勒院家の家宝、初代弥勒院兼光と男だった小野小町との秘め事をしるした手記だ。ガラスケースに、現代語に訳された文とともにズラッと並べられている。博物館の開館直前に新聞社に公表したら、取材が殺到した。
だいたい三割ぐらいが若い女性客で、小野小町が男だったことが、どういうわけだか女性にウケている。
カフェでも、小野小町の話題が出る。小野小町は世界三大美女の一人と言われるから、美青年に違いない。弥勒院兼光もダンディで素敵なおじさまだったらなあ…というのが、もっぱらの議題だ。
小野小町が男であって“驚いた”というより、“嬉しい”といった感じだ。女性の感想はよくわからない…。
「アッキラちゃ~ん、会いたかったあ~」
お客さんに料理をお出しした後、いきなり大介に抱きつかれた。茶髪にピアスなのに、紺色の制服に帽子に白手袋。いつ見ても違和感があるなあ…。
毎回こうやって抱きつかれる。やめろって言ってもやめないから、最近ではそのままにしてる。
「いらっしゃい、何か食べる?」
フレグランスが香る大介は、俺に顔を近づける。
「んー…ハンバーグ定食と、アキラちゃんが食べたい」
「あ、ハンバーグ定食ね。ちょっと待ってて」
大介の肩を軽く叩いて離れると、今度は手を握られた。
「デザートはアキラちゃんね」
まったく…。大介はすぐこれだから。
あれから、東京へ行くと言ってたはずの大介は、なんと『弥勒院古書博物館』の送迎バスの運転手をしている。それだけだと生活できないので毒島さんの口利きで、町役場から依頼されて、免許を返上したお年寄りの代行運転などをしている。この町はお年寄りが多く、依頼も多いとか。ほかにも、寄り合いなどの席で酒を飲んだため、車を運転できなくなった人のための代行運転もあるとか。
ほらほら、女性客の注目の的になってるぞ。元ホストの大介はイケメンで目立つんだから。実際、大介はイケメン運転手として女性客たちに人気だ。女性客に笑顔でウィンクしながら“足元に気をつけてね”とか、”また来てね”なんて声をかけたりするから余計だ。バスはホストクラブじゃないんだぞ。
「相変わらずだな、お二人さん」
と言ってカフェに現れたのは、米澤さん。駅前にコンビニができて、そこで働いている。日曜や祝日に米澤さんが休みの日には、お土産屋さんを手伝いに来てくれる。大介と米澤さんは同じアパートに住んでいて、コンビニも町役場も近いんだ。
小野小町の件で話題をかっさらった『弥勒院古書博物館』のおかげで、バスの本数も増えた。駅前には、マンションや商店街が作られる計画もあるそうだ。
「米っち何してたんだよ。オレのバスに乗って来たってのに」
「毒島さんに挨拶してたんだよ。あ、晃、僕カレーライスね」
「カレーは飲み物じゃないよ、米っちー」
楽しそうに言う大介に、“うるさいな”と米澤さんが笑う。その間も大介は手を離してくれない。…厨房に入らないと何もできないじゃないか。
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますから」
と、眼鏡のブリッジを押し上げながら言うのは、作務衣姿の馬場くんだ。
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