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第6話
「好きな子が自分のこと以外で困ってるのを見るのは趣味じゃないんだけどなぁ……」
そう言って篠崎はポケットから携帯を取り出す。何の気もなしにそれを眺めていれば、急にその携帯が喋り出した。
「翔、まだあの話って有効?」
「あの話?」
「お前の弟の親友になって、情報を集めてほしいって頼んできた話」
「あぁ」
違う。これは携帯が喋っているのではなく、篠崎と翔の声の録音だ。
「あれはもう大丈夫」
「ふーん、そう。……それは、もうその立場の子がいるから?あの子かな、柳瀬侑斗君」
「そうだけど、なんで?」
静かに威圧するような、低音に変わった声。ここには翔は居ないのだと分かっていても、体が震えそうになる。
ただそれは同時に、翔が篠崎には本性を明かしているという証明でもあった。
「そんな怒んなって。ただ暇になったからお前に協力してやろうかなって思っただけ」
「そう」
「……もし、侑斗君のことがバレた時の保険も要らない?」
「要るとしても、俺と繋がりのある奴は置けない。今は柳瀬以外に適任は居ないよ。君が何の目的で俺のトールに近付こうとしてるのか知らないけど」
「はは、そっか。じゃあまたな」
そこで途切れる録音。篠崎は携帯をポケットに隠して、こう言った。
「理解した?」
首は動かせない。その録音を、どこか遠くの話だと思って聞いていたからだ。だってその録音が本当なら、侑斗は……。
「柳瀬侑斗は翔の信奉者だよ。君の情報を翔に横流しするために、君の親友になった。今までにもあっただろう。柳瀬侑斗にしか話していないはずなのに、いつの間にか翔にバレてたこと」
信じたくないことを信じさせるように。現実を押し付けてくるように、彼は話す。
聞きたくない。知りたくない。
そう思って走り出そうとしたのに、気付けば僕は、篠崎の腕の中に居た。
「俺は、透が好きだよ。俺だけは嘘じゃない」
このタイミングの、狡すぎる告白。
「時間がない。君が俺に助けを求めてくれるまで待つつもりだったけれど、俺のことがバレたなら翔が黙ってはいない」
篠崎は、信じていいの。今度こそは本当なの。本当に侑斗は、僕に嘘を吐いていたの。それはいつから。最初出会ったその瞬間から……?
翔の話をする時の僕を、侑斗はどんな気持ちで聞いていたの。
わからない。何も、答えが見えない。
「混乱してるのは分かる。だから、1日だけでいい。透の混乱が収まるまででいいから……俺の家に来てほしい。あの家で、翔に見られながらで、正常な判断なんてできないだろう」
でも、帰らなきゃ。何があっても、20時には帰らなきゃ。翔を怒らせてはいけない。翔を怒らせる度に、僕の周りからは人が減ってしまうから。こう言ってくれる篠崎だって、明日にはもう、僕の近くには居ないかもしれない。明日にはもう、他に好きな人ができるかもしれない。
好きなんて言葉は、信じられない。
「でも、帰らなきゃ……」
自分でも分かるほどに自信のない声。
「なんで?理由によっては、俺は透を帰さないよ。無理にでも連れて行く」
反対に篠崎の声は、自信に満ち溢れている。
「泣くほど酷いことをされているのに、それでも透はあの家に戻りたいの?」
「戻るの」ではなく、「戻りたいの」と問う意地の悪さ。そんな風に言われたら、答えられなくなる。
「だって……何を信じたらいいか分からない。貴方のことも、信じられない」
答えられない代わりに、本心が口から漏れた。それくらい侑斗のことは信じていた。……でも、確かに繋がるのだ。あの時だって、彼女ができた時だって、侑斗以外には話さなかった。それでも翔は知っていたのだから。
「これから、信じてくれればいい」
一層強く抱きしめられるのが伝わる。信じられないはずなのに、なぜかとても安心した。
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