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第8話

「透……?」 携帯を掴んだまま固まっている僕を見て、篠崎が不思議そうに名前を呼ぶ。 「しのざき、でんわ……」 やっとのことで出した声は、自分でも驚くほどに弱い声だった。 「電話?」 そう言って僕の手を緩く包んだ彼が、スルリと器用に携帯を抜き取る。そこに表示されたものを見て、彼は少しだけ目を見開いた。 「すごい着信数。アイツでもこんなに慌てることあるんだな」 どうか上手く対処して。翔を怒らせないで。 そう願って見上げた先で、篠崎と目があった。 「そんな心配しなくても大丈夫だって」 彼は液晶画面をワンタッチし、携帯を耳へとあてる。話すのは篠崎のはずなのに、なぜか僕の心臓がバクバクと鳴っていた。 「もしもし?」 それに対する相手の声はない。あまり音量を大きくしていないから聞こえないなのか、はたまた相手が声を発していないだけなのか。 「居るよ、ちゃんとここに。俺が無理やり連れて来ちゃった」 そんな篠崎の言葉に前者だったのだと気付く。少しだけ聞きたい気持ちもあったけれど、聞こえなくてよかったとも思った。 「意外だった?お前でも読みきれないことがあるんだな」 おそらく翔の機嫌は氷点下だろうに、それでもヘラヘラした姿勢を崩さない篠崎。本当に彼なら守ってくれそうな気がして、いくらか気持ちも落ち着いてくる。 「警察に通報なんてお前もできないだろ?たとえ被害者でも、透に注目が集まっちゃうもんな」 自分の名前が出てビクっとすると、そんな僕に気付いたのか篠崎が手を握ってくれた。 それでも「警察」という単語が耳に残る。何の連絡も入れずにココへ来てしまったのは自分で、この状況は「誘拐」と捉えられても仕方がない。改めて自分がしていることの重大性に気付いて、篠崎に迷惑をかけているのではと怖くなった。 「ちゃんと返すさ。全部を知った上で、それでも透自身が帰りたいって言ったらな」 「もちろん。お前が蒔いた種だろ。じゃあな、おやすみ」 悩んでいるうちに会話は終わっていたようで、篠崎は携帯を机の上へと置く。それからはもう震えなくなったようだった。 「終わった、のか……?」 「微妙。俺としては話はつけたつもりだけど」 「えっ」 「電源切っちゃった。だから大丈夫だよ。透は何も、気にしなくていい」 不安を感じていたことを見抜かれたのか、念を押されるようにそう言われる。 そのさりげない優しさがありがたくて、泣きそうになった。それでも本当にその言葉に甘えていていいのか、不安になった。 「迷惑に、なってない……?」 きっと優しい彼は、迷惑なわけがないと言ってくれる。それを知りながらも、確認を取れずにはいられなかった。 「透こそ。俺に無理やり連れて来られたとは思わないの?」 でも彼は否定するだけでは終わらない。僕のことを考えて、僕の心配をしてくれる。 「思うわけ、ない」 だから自信を持ってそう言えた。 「よかった」と彼が笑ってくれることに、僕も嬉しくなる。 「じゃあ寝ようか。嫌なことは寝て忘れちゃった方がいい。ベッド使っていいから」 そう言われるけれど、まだ寝たくない。まだ彼と居たい。顔を見ていたい。 でも明日も学校だから、彼は寝たいのかもしれない。それなら。 「図々しくてごめん……。でも、僕は一緒にベッドで寝たい」 翔とするように、同じベッドで眠ればいい。近くで彼の顔を見ながらなら、翔に怯えずに寝られるかもしれない。 そうしたらきっと、今までにないほどよく眠れるだろうから。

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