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第10話
「透、トオルー。起きて」
「んん……」
「もう朝だから。授業遅れちゃうよ」
「やだ……」
「行きたくないなら行かなくてもいいから。ちゃんと起きて考えてから決めて」
誰かが何かを言っている。でもいつも起きるときに聞こえる目覚ましの音はまだ聞こえないから、これはきっと夢なのだろう。
「起きてー。……ったく、こんなに寝起き悪いのによく遅刻せずにいられたな」
これは誰だろう。翔?侑斗?思い浮かぶのはこの2人だけれど、どちらもピッタリはまらない。今までに聞いたことがなくて、でも安心する不思議な声。
「透、起きろ」
あ、でも声が低くなった。怒ってる……?起きろ、起きるってどうやってやるんだっけ。
「目ぇ開けて、ほら」
とりあえずその声の指示に従ってみる。眩しくて、知らない輪郭が見えて、脳がやっと働きを取り戻した。
「あっ、ごめん!起きれなかった……」
いつもなら少しの物音だけで目が覚めてしまうタイプなのに。こんなにも深い睡眠を取ったのは初めてで、自分自身に驚いていた。
「いいよ。それで、学校はどうする?俺としてはあんまり行かせたくないんだけどね」
そう笑う彼の言葉に、休んでもいいんじゃないかという甘えの気持ちが出てくる。でも今日休んでしまうと、もう二度と学校に行けない気もしていた。
「僕は……甘えたくはないから」
それに、「強い僕が好き」だと言ってくれたのは、目の前の人だから。
「うん、それでこそ透だ。でも辛くなったら帰っておいで。合鍵だけ渡しておくよ」
「合鍵……?1人暮らしなんじゃ」
「あぁ、失くしたとき用に作ってたんだよ」
そう言って渡してくれた鍵。またここに戻ってきてもいいと言われているようで嬉しくて、ぎゅっとそれを握りこんだ。
「逃げれる場所があるって安心感だけでも人は戦える勇気が出るものだから」
「……ありがとう」
侑斗に会ったら、翔に会ったら。まだ答えは出ていないけれど、頑張れそうだ。
「じゃあ、急いで準備しよっか」
いつの間に買ったのか食卓には菓子パンが置かれていて。砂糖まみれのそれは身体には悪そうだったけれど、とても甘くて美味しかった。服も奈津のを貸してもらえて、同じ服を着ていくという事態にはならなくて済む。歯ブラシも新品があるからと言って貸してくれて、どこまで準備がいいのかと驚く。
「行ってきます」と「行ってらっしゃい」を交互に言い合った。それが新鮮でくすぐったくて、挨拶1つでこんなに変わるのかと知った。
奈津との生活は、小さな優しさで満ちている。
歩いて数十分。すぐに大学に着いてしまう。
「ロッカー室行く?それとも誰かに会う前に、もう次の講義の教室に行っておく?」
「ロッカー室、行く」
「それは1人がいい?」
この時間なら、もしかしたら侑斗がいるかもしれない。どうせこれから二度と会わないことなど無理なのだから、早めに片を付けたい。
そう思ったことまで、奈津には伝わってしまっているのだろうか。
「1人がいい。でも、できれば近くで待っていてほしい」
「……もちろん」
1人だけで頑張りたい。でも、守っていてほしい。辛くなったら慰めてほしい。
今までには絶対になかった、甘えられる人がいるからこその思考。
それを人は、退化と呼ぶかもしれない。奈津さえも、弱くなったと形容するかもしれない。それでも僕は、これを成長だと呼びたかった。
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