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第11話
講義開始20分前のロッカー室。
それはいつも僕らが待ち合わせている時間だ。
「おはよ、透」
「侑斗……おはよう」
予想通り、そこに侑斗はいた。心の準備はしていたはずなのに、声が震えてしまう。
「ん?どうした?元気ない声してる」
侑斗は今までの関係を続けようとしてくれているのだと思った。だから僕もいつも通りに返す。
「いや、そんなことないよ。むしろ昨日はいつもよりよく寝れたみたい」
「それは、ストーカー野郎の家に泊まったから?」
だが「いつも通り」は、ものの数分で形をなくす。その声には棘があり、明らかに僕への敵意が込もっていた。
「侑、斗……?」
「昨日翔さんが、どれだけ傷付いたと思ってる?最愛の兄が誘拐されて、一睡も出来なかったと知っているのか?」
翔、さん。そして昨日の翔を知るような言動。本当に彼は今まで嘘をついていたのだなと、ただただ事実として感じる。
先に知ってしまっていたからなのか、そこまで悲しいとは感じなかった。
「僕は自分の意思で出てっただけ。誘拐なんてされてない」
でも、翔だけが苦しい思いをしたとは言われたくない。奈津が僕を誘拐した、なんて言わせたくない。
「奈津は、僕のことを救ってくれた」
侑斗と違って、僕のことをちゃんと救ってくれた。騙してなんていなかった。
「透は、翔さんのことを見ようとしていないだけだ」
今までの穏やかな侑斗からは想像がつかないほどの強い睨み。今までとは180度違う意見。
「……あのストーカー野郎だって、どうせ自分に都合のいいことしか伝えてないんだろ」
どうしても侑斗は、奈津を悪者にしたいみたいだった。
「まぁいいや。あとは翔さんと直接話してよ」
ちらりと時計を確認して、侑斗はそう提案をする。ロッカー室を出る直前に、こう言い残して。
「今日はちゃんと家に帰って謝りなよ。翔さんが、周りに八つ当たりを始める前に」
それは僕に翔の恐怖を思い出されるには十分な言葉たちだった。
家に帰りたくない。
僕に謝ることなんてない。
でも周り……奈津に危害が及ぶのは嫌だ。奈津なら跳ね返せるかもしれないけれど、それでも何かあったらと思うと怖い。
「奈津……」
もらった合鍵を握りしめて、お守りがあるから大丈夫だと自分に言い聞かせる。それに未だ、「兄弟」という呪縛からは解放されていない。
「お待たせ」
「柳瀬が出てきたのになかなか出てこないからびっくりした。大丈夫だったか?泣かされてない?」
心配性な奈津は、きっと翔の家に戻ると言ったら止めてくれるだろう。僕が戻る原因に自分が絡んでいると知ったら、「そんなこと気にするな。俺はどうなってもいい」くらい言ってしまうだろう。
「大丈夫だったよ。思ったより平気だった。今まで通り、っていうのはもう無理そうだけど」
「そっか……頑張ったな」
だから言わない。さりげなく消えるなんてことが僕に出来るかは分からないけれど。
今日の講義は専門ばかりで、ずっと奈津の隣で過ごした。侑斗を見る度に複雑な気持ちにもなったけれど、隣に奈津がいれば無敵な気がした。
大丈夫。これなら翔とだって戦える。
最後の講義が終わって、僕は席を立つ。
「どこ行くの?透」
「図書館。ちょっとレポートしてから帰るよ」
「あぁ、それなら俺も一緒に」
「奈津は先に帰ってて」
あとで連絡は入れるからこの場は見逃して、と心の中で願う。決意が鈍る前に折れてほしい。
「透、何か隠してない?」
「何も」
僕だって皆みたいに、嘘がうまくならなきゃ。
「……わかった」
そう言って反対方向に歩いて行った奈津を見送る。1つ大きく息を吸ったあと、僕も自分の家へと歩き出した。
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