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第12話
どんな言葉が飛んでくるだろう。
どう翔の機嫌を直せばいいだろう。
そうやって戦う気満々でいたのに、僕の予想は大きく外れた。
……こんなに弱い翔は、初めて見た。
「トール……?本当にトールなの……?」
僕の顔に手を触れて覗き込んでくる翔。
それは憔悴しきっているかのようで、泣いたのか目も赤くなっている。
「よかった……帰ってきてくれたんだね」
今まで僕に対して、高圧的な態度を崩さなかった翔が。そんな彼がこんな風になるなんて。
「もう戻ってきてくれないかと思った……今までごめんね。本当にごめん。でも俺だって、トールを繋ぎ止めるのに必死だったんだ」
あまりにもいつもと違う調子に、申し訳なさが芽生えそうになってくる。
そんなはずない。翔は僕の自信を打ち砕きたいだけだ。そう思うのに、翔のあまりの必死さに心が揺らぐのを感じる。
「許してくれなんて言わない。でもどうか、俺がトールを騙し続けてたのは、トールを想ってのことだってことも理解してほしい」
それは、翔らしい傲慢な言い分。僕はこんなにも傷付いたのに、どうしたら僕のためだと思えたのだろう。
僕には翔が理解できない。
「僕を想ってって、どういうこと」
そう質問を投げかければ、翔は待っていましたとばかりにパッと顔を上げた。
「俺はトールが好きだった。ずっとずっと、子供の頃から好きだった。でも兄弟だから、好きだなんて伝えられなかった」
反対に僕は、顔を背けたくなる。思考を背けたくなる。だってそんなこと、言われても仕方がない。はいそうですか、と受け止められる問題ではない。
「でもトールはすぐに人を信じちゃうから。すぐに人を好きになっちゃうから。人間関係で傷付くことがないように、俺が守ってやらなきゃと思った」
それにその言葉も、本当か嘘かなんて読みきれない。昨日からずっとこんなことの繰り返しだ。翔の周りには、嘘が溢れすぎている。
でも翔の言う「トールはすぐに人を信じちゃう」は本当で、今だって嘘だと言い切りたいのに耳が言葉を拾う。そんな自分が嫌になる。
「だから信用できる俺の知り合いだけでトールの周りを固めた。……まぁ1人、信用できなかったみたいだけど」
なんて暴論なんだろう。でもだからこそ、普通に謝られるより真実味があった。翔なら平気でこんなことを考え、良かれと思って実行してしまうかもしれない。
「でも、もうやめる。こんなにもトールの負担になってたなんて知らなかった……ごめんね」
信じてしまいそうだ。翔の言葉だというのに。
棒立ちのままの僕を包み込んだ翔の腕の中で、諦めるようにそう思った。
「ご飯作るから、ちょっと待っていて」
するりと翔が離れていっても、僕は動けないままになる。いつも座る椅子へも辿りつけないまま、動けないでいる。
自分が何を考えているのか、それとも何も考えていないのかが分からなくなる。
キッチンの方から物音が聞こえてきて、しばらくすると美味しい匂いも漂ってくる。
「食べようか」
促されてやっと動けるようになって、あまり好きではない食卓へとつく。
「今日は何かあった?」
毎日欠かさず聞かれたその質問を今日はされることもない。
居心地がいつもより悪くないのは、その質問がないからなのか。それとも、僕が翔の言葉を信じつつあるからなのだろうか。
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