12 / 14

第12話

どんな言葉が飛んでくるだろう。 どう翔の機嫌を直せばいいだろう。 そうやって戦う気満々でいたのに、僕の予想は大きく外れた。 ……こんなに弱い翔は、初めて見た。 「トール……?本当にトールなの……?」 僕の顔に手を触れて覗き込んでくる翔。 それは憔悴しきっているかのようで、泣いたのか目も赤くなっている。 「よかった……帰ってきてくれたんだね」 今まで僕に対して、高圧的な態度を崩さなかった翔が。そんな彼がこんな風になるなんて。 「もう戻ってきてくれないかと思った……今までごめんね。本当にごめん。でも俺だって、トールを繋ぎ止めるのに必死だったんだ」 あまりにもいつもと違う調子に、申し訳なさが芽生えそうになってくる。 そんなはずない。翔は僕の自信を打ち砕きたいだけだ。そう思うのに、翔のあまりの必死さに心が揺らぐのを感じる。 「許してくれなんて言わない。でもどうか、俺がトールを騙し続けてたのは、トールを想ってのことだってことも理解してほしい」 それは、翔らしい傲慢な言い分。僕はこんなにも傷付いたのに、どうしたら僕のためだと思えたのだろう。 僕には翔が理解できない。 「僕を想ってって、どういうこと」 そう質問を投げかければ、翔は待っていましたとばかりにパッと顔を上げた。 「俺はトールが好きだった。ずっとずっと、子供の頃から好きだった。でも兄弟だから、好きだなんて伝えられなかった」 反対に僕は、顔を背けたくなる。思考を背けたくなる。だってそんなこと、言われても仕方がない。はいそうですか、と受け止められる問題ではない。 「でもトールはすぐに人を信じちゃうから。すぐに人を好きになっちゃうから。人間関係で傷付くことがないように、俺が守ってやらなきゃと思った」 それにその言葉も、本当か嘘かなんて読みきれない。昨日からずっとこんなことの繰り返しだ。翔の周りには、嘘が溢れすぎている。 でも翔の言う「トールはすぐに人を信じちゃう」は本当で、今だって嘘だと言い切りたいのに耳が言葉を拾う。そんな自分が嫌になる。 「だから信用できる俺の知り合いだけでトールの周りを固めた。……まぁ1人、信用できなかったみたいだけど」 なんて暴論なんだろう。でもだからこそ、普通に謝られるより真実味があった。翔なら平気でこんなことを考え、良かれと思って実行してしまうかもしれない。 「でも、もうやめる。こんなにもトールの負担になってたなんて知らなかった……ごめんね」 信じてしまいそうだ。翔の言葉だというのに。 棒立ちのままの僕を包み込んだ翔の腕の中で、諦めるようにそう思った。 「ご飯作るから、ちょっと待っていて」 するりと翔が離れていっても、僕は動けないままになる。いつも座る椅子へも辿りつけないまま、動けないでいる。 自分が何を考えているのか、それとも何も考えていないのかが分からなくなる。 キッチンの方から物音が聞こえてきて、しばらくすると美味しい匂いも漂ってくる。 「食べようか」 促されてやっと動けるようになって、あまり好きではない食卓へとつく。 「今日は何かあった?」 毎日欠かさず聞かれたその質問を今日はされることもない。 居心地がいつもより悪くないのは、その質問がないからなのか。それとも、僕が翔の言葉を信じつつあるからなのだろうか。

ともだちにシェアしよう!