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◇4話◇

【逆ノ目郭】―――。 先ほど、己の不注意で落とした地図を拾って渡してくれたあの男の人―――鈴女・【蓮華】と呼ばれていた人に再び会えるかもしれない、と大和は好奇心を刺激されてしまったのだ。 逆ノ目郭とやらは、おっかない所だと目の前にいる陽砂は言っていたが―――それによる恐怖心よりも、先ほどの鈴女・【蓮華】と呼ばれていた男の人に対する好奇心の方が勝ってしまった。 (それに―――おらはまだあの男の人に礼を言っとらん……兄も―――いや、兄だった人も……己に良くしてくれた人には礼を言いなさいと言っとった……) だからこそ、大和はろくに疑いもせずに―――差し出してきた陽砂の手を握り返した。それすなわち、働く場所の入れ替えという端から見れば危険な行為を受け入れてしまったということ―――。 そんな事は考えもせず、付き人が戻って来る前に慌てて人目のつかない場所へと移動した二人は互いに着物を交換し、大和は淡紅色の着物へ ―――陽砂は所々糸がほつれている襤褸を身に纏い、しれっと付き人の前へと再び戻って来たのだ。 「よし、おめえは神室屋で働くんだ……わしと共にこっちに来い。それと、おめえは……感謝しろ、逆ノ目郭の禿さん直々に迎えに来て下さった。変わった上禿さんや……仕事が終わったからいうて迎えに来たいなどと。まあ、それはいい……ほれ、睡蓮さん―――こいつが新しく働く禿やき……宜しく頼んます」 戻ってきた付き人の脇に、先ほどはいなかった筈の別嬪な人がいるのに気付いた大和は見る見る内に、まるで蛸のように顔を赤く染めてしまった。 睡蓮と呼ばれた人は、周りの客達が一斉に振り向いてしまう程に見目麗しく―――先ほどの鈴女・【蓮華】と呼ばれていた男の人にも負けずとも劣らない程の別嬪さんだからだ。 ※ ※ ※ 陽砂や付き人と別れた後―――大和は睡蓮と呼ばれていた人(上禿)と共に【逆ノ目郭】へと向かって歩いて行く。カラ、カラと出店に飾ってある何十個もの風車がそよ風になびいて良い音色を奏でているが、そんな事など目に映らないくらいに緊張していた大和は睡蓮に申し訳ないと思いつつも無言で黙々と後についていく。 と、ふいに―――前を歩いていた睡蓮がピタリと足を止めて此方へと遠慮がちに振り向いた。その顔は、どこか寂しげで―――かといって泣きそうな訳でもなく僅かに笑みを浮かべている。 「なあ……ちょいと―――無愛想じゃない?これでも、新しい人が来るって知って……嬉しいんだけどな……挨拶くらいはしてくれても……いいんやないの?」 「え、えっと……その……でも……でも……あまりにも睡蓮さんが綺麗で―――その……緊張して……っ……」 いきなりそんな風に言われてしまうと、単純な大和は自分の素直な気持ちを隠せずに慌てふためきながら睡蓮に言ってしまった。 そんな大和の様子を見て、くすりと笑った睡蓮は懐から何かを取り出して―――それを大和の手に握らせる。 とげ、とげした形の桃色や黄緑色の針みたいなお菓子を―――大和は初めて目にした。貧困街では食べ物すらろくに手に入らなかったので当然と言われれば当然なのだけれど、それでも―――こんなお菓子を目にするのは珍しい。 「これ、星屑糖いうの―――。顔が綻ぶくらいに甘いから食べてみてや。新人禿さんに私からの餞別……あ、郭に行ったら周りの皆がうるさいやき……ないしょやよ?」 にっこり、と微笑みながらそう言ってくる睡蓮に―――大和の心はどく、どくと高鳴るのだった。

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