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◇5話◇

「いやや……そんなに見んといてや―――照れてしもうやないの。それより、あんたの名前――なんていうんや?」 「え、あ……っ……おらの名前は―――」 と、顔が自然と綻ぶくらいに甘い星屑糖を口のなかでころ、ころと転がしながら―――大和は己の名前を言うのを躊躇ってしまった。言わずもがな、先ほど陽砂と働き場所の交換をするべく着ている者を交換し身分を偽ったからだ。 (陽砂とおらが立場を交換したなんて知れたら―――きっと大事になっちまう……だけど……) ちら、と大和は側にいる睡蓮を一瞥した。 黄緑色の着物を身に纏い、白の帯を腰に巻き―――おそらく地毛ではないであろう桃色の髪を腰下で一纏めに結わいてある睡蓮の姿はとても美しい。そして、何よりも飴玉のようにまん丸い少し茶色がかった瞳をくりくりさせ興味深そうに此方を見つめてくる様子が貧困街で生まれ育ち録に他人との交流すらできなかった大和にとって愛らしく感じてしまうのだ。 「さっきから……ずっと、答えを待っとるのに―――教えてくれんのやね……新人禿さんは薄情や」 「や、大和だ……っ……おらの名前――は大和いうんや」 薄く紅が塗られている睡蓮の唇が僅かに突き出て、悪戯っぽい口調で大和へと言い放った直後―――とうとう、我慢出来ずに己の名前を告げてしまった。 先ほどから、ずっと―――大和の心臓はばく、ばくと飛び出しそうに高鳴っていた。それは、今までに感じた事のない感覚で睡蓮を見る度に胸がときめいてしまう。 所謂、一目惚れというやつなのだけれど、かつて貧困街で暮らしていた時には恋愛沙汰とは無縁の惨めな生活を送っている大和にとって___これが初恋だった。 ふと、照れくささから思わず上を見上げてしまった大和は―――何の考えもなくこう睡蓮へと言ってしまう。 「月が―――とても綺麗やな」 「そ、それ……口説き文句やないの?申し訳ないけど―――うち、心に決めた想い人がいるやき……何も言えんわ。だけんど、仕事仲間と―――お友達としてなら受け止めるやき……これから宜しくな。新人禿の大和や―――」 こうして、大和の初恋は早くもがら、がらと音を立てて崩れ落ちていき―――その後、気まずい雰囲気に包まれてしまった事により逆ノ目郭に向かう足取りが一気に早くなるのだった。

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