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◇6話◇

※ ※ ※ 「ほれ、着いたやき……気を強うして中に入るんよ―――そうでないと、ここでは……生きていけんやき」 「す……睡蓮―――さん?」 【郭目ノ逆】と筆で描かれた看板を興味津々に見上げていた大和だったが、紫色の暖簾が垂れさがり客が絶え間なく集って賑わっている入り口の前でぴたり、と足を止めた睡蓮が朗らかな様子だった先ほどまでとは打って変わって憂鬱そうな表情を浮かべながら忠告してきた。 それは、まるで―――戦場に向かう戦人のような重々しい雰囲気だったため、今まで郭街の華やかさに目を奪われて若干期待に胸を膨らませていた能天気な大和でさえも憂鬱な気分を抱いてしまう。 「―――平気、平気や……めんこい新人禿の大和は私が守ってやるやし……生まれて初めて出来た友達を見捨てるような真似はしないから安心しいや……さあ、行こか」 「…………」 ぎゅう、と固く握ってくる睡蓮の暖かい手を大和は出来るだけ柔らかく握り返すと―――すう、と心の片隅に抱いている言い様のない不安を吹き飛ばすかのように深呼吸してから生まれて初めて出来た友達の睡蓮と共に【逆ノ目郭という新世界】へと飛び込んで行くのだった。 ※ ※ ※ 「何や……この汚ならしい糞餓鬼は……っ……おい、まさかこんな餓鬼が新しい禿とかいうんじゃないやな?あっちは認めんぞ。それに、おめえ……睡蓮……何十年とここで上禿として働いてるんに、おめえは満足に禿の買い取りさえ出来んのか―――この無能!!あっちはな、知ってるんや……おめえがこの郭の旦那である狸爺に色目使って花魁になろうと企んでるのをな」 「し、新月・黒真珠花魁様……っ……お止めになってくださいっちゃ!!睡蓮様が―――苦し気でございますっちゃ……」 【逆ノ目郭】に一歩足を踏み入れた途端に大和や睡蓮に襲いかかってきたもの―――。 それは、とある一人の花魁の分かりやす過ぎる悪意だった―――。 新月・【黒真珠花魁】と呼ばれたその人は大和と睡蓮を一瞥するなり氷のように冷たい微笑を浮かべて手に持っていて火がついている最中の煙管を怯えた様子で体を小刻みに震わせている睡蓮へと投げつけたかと思うと、そのまま般若のような怒りを露にしつつ睡蓮へとずか、ずかと近づいた。そして、新月・【黒真珠花魁】は睡蓮の顔が凄まじい恐怖と不安とで歪みきっている事などお構い無しに美しい桃色の髪の毛を掴むとぎりぎりと音がしてきそうな程に強く引っ張ったのだ。 大和が新月・【黒真珠花魁】のあまりの迫力に気圧されつつ何とか友達となったばかりの睡蓮を助けようとがく、がくと震える膝をどうにかして震い立たせて生まれて初めて出来た友達を救おうと一歩踏み出そうとした時―――、 「おやおや、一体何の騒ぎやの……もうすぐで御客が来る時間やというのに―――ほれ、ほれ……みんな支度に戻りなさい……新月・【黒真珠花魁】―――むろん、あんたさんもや」 「……っ…………く、くそ……弦月・【水仙花魁】か―――おめえもこの卑怯者の睡蓮の奴を庇うんか……何せ、おめえは……睡蓮の―――」 ぱしっ……!! 「いいから、つべこべ言わず―――早う戻りや!!旦那さんに、このこと喋ってもええのんか!?」 「…………」 弦月・【水仙花魁】が静かな怒りをその美しい顔に滲ませつつ、それでいて丁寧な口調で睡蓮を苛めている新月・【黒真珠花魁】をたしなめていた。しかし、不意に黒真珠の頬を叩く音が辺りに響き渡ると―――暫しの間、沈黙が流れた。 それから少しの間、気まずい雰囲気に包まれてしまう―――。 しかし、最終的には新たに大和の前に現れた弦月・【水仙花魁】という人が現れた事によって―――艶やかな黒髪に全身を真っ黒の着物に包まれているという出で立ちの新月・【黒真珠花魁】は舌打ちをすると、不貞腐れている様子を微塵も隠そうともせずに大和と睡蓮の前から姿を消すのだった。

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