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◇7話◇

※ ※ ※ あれから騒ぎを聞きつけて、慌ただしく駆け付けた旦那さんと呼ばれてる太った狸のような見た目の男が大和を含め、皆を叱りつけたおかげで何とかその場は落ち着きを取り戻した。 これから、御客が来る時刻だという事もあったからかもしれないが―――あれ以上、騒ぎが大きくなり可憐な見た目の睡蓮が切なそうな顔をするのを大和は見たくはなかったのだ。その睡蓮は、これから上客のもてなしをしなければならないという満月・【菫花魁】とやらの身支度を手伝わなくてはならないため、そそくさとその場から立ち去ってしまった。 それは、他の皆(花魁や禿)も同じようで―――これから新人禿として働く大和の事など、どうでもよいといわんばかりにどた、どたと足音を響かせつつ――各々の仕事をこなすために去って行ってしまった。 気付けば―――静寂に包まれる玄関に残されたのは大和と弦月・【水仙花魁】の二人きりとなっていた。 「あんさん―――名は何と言うんや?」 「え、えっと…………」 睡蓮に尋ねられた時と同様に、陽砂と入れ替わっていた事情があるためはっきりと答えられずに躊躇していると―――弦月・【水仙花魁】は先ほどの上品な笑みとは比べ物にならないくらいにぎろり、と鋭い目付きで大和を睨み付け、そして新月・【黒真珠花魁】に負けず劣らずの険しい顔つきをしつつ大和を一瞥してきた。 「あんさん、男なら名前くらいはっきり答えや!!それとも、何かやましい事でもあるんか!?」 「……っ……や、大和……です―――」 本当の名を答えずにはいられなかった―――。 其れほどに、弦月・【水仙花魁】の剣幕が凄まじかったのだ。それと同時に、大和は水仙花魁と貧困街で暮らしている兄の姿を重ねてしまう。兄も、目の前にいて大和を叱りつける水仙花魁のように―――凜とした人だった、と懐かしさが込み上げてきて思わず涙ぐんでしまう。 そんな大和の様子を気遣ったのか、それ以降は水仙花魁が大和へ厳しい顔つきを向ける事はなかった。代わりに、弦月・【水仙花魁】はゆっくりと大和に近づくと―――まるで親が子を慰めるかのように頭に大きな手を置いてぽん、ぽんと撫でた。 「なんや、きちんと答えられるやないの―――言っとくけどな、そういう弱々しい態度や煮え切らない態度を逆ノ目郭でとっとるとな……いつか必ず後悔するでありんすよ。ここは、弱者には甘くない。逆ノ目郭はな、そういう世界なんや。新人禿なら尚更の事―――自分を強く保たないとあかんでありんすよ。だけんど、これから働く仲間やしな―――さあ、わっちと一緒に清水しに行こか」 「せ、清水―――ですか?」 「簡単な事でありんすよ。皆に舐められんように、行水するだけや。着物はともかくとしても、まず―――その肌の汚れや匂いをどうにかせんと。幸いにも今宵はわっちには御客は来ないでありんすからな」 (何だか……この人こそ、おらを舐めてないか―――) と、心の片隅でそう思ったものの―――このまま玄関に一人でいても仕方ないと思い直した大和は弦月・【水仙花魁】に若干の苦手さを感じつつ共に行水場へと向かって黒絨毯が敷き詰められた長い廊下を歩いて行くのだった。

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